ディープマインドの共同創業者。左からムスタファ・スレイマン、デミス・ハサビス、シェーン・レッグ。
DeepMind
創業1年のスタートアップ企業インフレクションAI(Inflection AI)は、マイクロソフト(Microsoft)とエヌビディア(Nvidia)が主導する13億ドル(約1890億円、1ドル=145円換算)の資金調達を発表し、話題となった。
2023年5月にチャットボット「Pi(パイ)」を発表した同社は、アルファベット(Alphabet)のAI研究機関、ディープマインド(DeepMind)の共同創業者であるムスタファ・スレイマン(Mustafa Suleyman)によって設立された。スレイマンは2022年初頭、ディープマインドの応用AI責任者の職を退いている。
AIの実用化に取り組んでいるディープマインド出身者はスレイマンだけではない。
Insiderの推計によると、ディープマインド出身でスタートアップを立ち上げた者は200人近くおり、仮想通貨(暗号資産)からクライメート(気候)テックまで、さまざまな分野のベンチャー企業で数百万ドルを調達している。
彼らディープマインド出身者は、完全に水面下で活動している。
2022年以降、一握りのディープマインド出身者が、気候変動やバイオテクノロジー、汎用人工知能(AGI)、大規模言語モデル(LLM)などの分野で、独自のAI企業を密かに立ち上げている。Insiderの推定では、ステルスモードで活動しているファウンダーはおよそ12人いる。
「当社は創業から1年後にステルスから脱却しました」と語るのは、ディープマインド出身で、現在は販売分析スタートアップであるグリフィックAI(GlyphicAI)の共同創業者であるデバング・アグラワル(Devang Agrawal)だ。
「ステルスにとどまるのはAI創業者にとって最高のツールだと思います。広く世間に知られる前に、大きなリードを作りつつ競合他社の状況を見ることができますから」
ディープマインドの外に未来を見出した理由
ステルスモードのスタートアップは通常、秘密裏に活動するため、プロダクトを公に披露したり、チームやミッションに関する重要な詳細を明らかにしたりしないことが多い。社名や所在地すら明かさないところもある。また、詳細は公開していても、プロダクトについてはほとんど語らない企業もある。
Insiderの取材に応じた何人かは、ディープマインド以外でAI分野が急速に発展しており、特に生成AI(プロンプトや入力からコンテンツを生成するAI)分野の進歩が著しかったために退職を決意したと語る。
LinkedInの推計によると、ロンドンにはディープマインドのスタッフが900人近くいる。元ディープマインドの研究者ジョナサン・ゴドウィン(Jonathan Godwin)はそのロンドンの地で、再生可能燃料や電池の製造から二酸化炭素回収までをAIで解決するスタートアップを手掛けている。2022年創業のそのスタートアップは社名をオービタル・マテリアルズ(Orbital Materials)といい、材料科学へのAIの応用に注力している。
ゴドウィンはディープマインドに入社して材料科学分野でのキャリアをスタートさせたが、二酸化炭素回収ソリューションを見つけるには、機械学習を応用するだけでなく、実際に「ラボで何かをつくらなければならない」ことに気づいたという。ならば、ディープマインドとは違う環境や中核的関心分野を持つ組織で働いたほうがよい。彼自身がスタートアップを立ち上げたのはそうした経緯からだ。
ディープマインドの画期的なプロジェクトであるAlphaFold 2(アルファフォールド2)の研究者だったサイモン・コール(Simon Kohl)も同じ意見だ。コールはディープマインドに5年間在籍した後、2022年12月に退職を決意。生物学のための生成モデルや分子間相互作用の基礎モデルを構築するスタートアップ、レイテント・ラボ(Latent Labs)を立ち上げた。
ディープマインドの従業員は研究者として、タンパク質の開発や生成モデルなど、比較的成熟した技術分野に取り組むことになる。以前はカリフォルニアでディープマインドの研究者をしていたアン・リー(Ang Li)は、新たな応用を通じてAI技術を前進させたいと考え、自らも創業することを決めた。
「AIとAGIの潜在的な影響にとって、今はエキサイティングな時期」とリーは語る。リーのスタートアップは現在設立中で、シード資金を得るために投資家と話し合い始めたところだ。事業領域はAIエージェントの活用に焦点を当てている。
それでも、研究者としての生き方はファウンダーと根本的に異なるわけではない。
「研究者は科学の最先端で仕事をしているので、研究をすることと起業することは関連しています。この新興技術分野の人たちにとっては、会社を立ち上げるのはとても簡単なことだと思います。研究者は起業家と同じく、自分のアイデアについて人々を説得する必要があるのです」(リー)
注目のAI企業に集まる大量の資金
元ディープマインダーは投資家の注目を集めることが期待できる。
MMCベンチャーズ(MMC Ventures)の投資家であるサイモン・メナシー(Simon Menashy)いわく、ディープマインドというブランドは「最先端のAI能力を連想させ」、「十分に長い歴史を持ち、多くの優秀な人材がその門をくぐってきた数少ないAI分野の基幹企業」だと評する。
ディープマインド出身者はすでにVCの投資家の注目を集めている、ともメナシーは言う。7月、ディープマインド出身者が設立したAIスタートアップのミストラル(Mistral)は、創業からわずか4週間で、VCのライトスピード(Lightspeed)から1億1300万ドル(約164億円)のシード資金を調達した。
それでも、Insiderの取材に応じたリーとゴドウィンは、投資家から多額の資金を調達できる見込みがあったから起業を決めたわけではないと語る。
グリフィックAIの共同創業者、デバング・アグラワル(左)とアダム・リスカ。
GlyphicAI
それに、彼らにはほかにもオプションがある。ディープマインドの前・現経営陣は、エンジェル投資家としてAIスタートアップへ積極的に活動しており、ディープマインドのOBを呼び寄せる潜在的な窓口にもなっている。スレイマンは少なくとも10のAI関連スタートアップを支援しているし、共同創業者のデミス・ハサビス(Demis Hassabis)は少なくとも3社に投資している。
ディープマインドのプロダクト責任者であるメーディ・ギサッシ(Mehdi Ghissassi)から資金を調達したグリフィックAIのアグラワルは次のように話す。
「多くのディープマインド幹部がエンジェル投資家として活動しています。それは間違いなく役に立ちます。しかし、彼らの価値の多くは金銭的なものではありません。彼らは最先端の研究の最前線で仕事をしてきたため、多くのアドバイスをくれるんです」
創業者たちは早期解雇の誘惑に抵抗している
オープンAI(OpenAI)のChatGPTは、実証実験的なリリースだったが、大成功してAIに対する人々の見方を変えた。このリリースを目にしたファウンダーたちは、自分も早くプロダクトお披露目したいと思うかもしれない。
しかし、ステルスモードで起業すれば、投資家にプロダクトを見せる前に柔軟に実験ができるため、ファウンダーの負担軽減につながる、とアグラワルは言う。
ゴドウィンも、AI分野でプロダクトをつくるには時間がかかると付け加え、彼のチームでは拙速に発表しないようにしているという。
ダーク・ブルー・ラボ(Dark Blue Labs)の創業者で、ディープマインドに買収された後も2020年4月まで勤務していたカール・モリッツ・ハーマン(Karl Moritz Hermann)は、「AI分野ではその性質上、ファウンダーは『BtoBの文脈で高度に専門化されたプロダクト』の構築を目指している場合が多い」と語る。
それ以来、ハーマンは2023年6月からステルスモードで2社目のAIスタートアップに取り組んでいる。水面下で働くことは「(ディープマインド)自身も採用しているステルスで研究を進めるモデル」に触発されたと話す。
「ステルスであることは理にかなっています。私たちは自分たちの野心を知っていますからね」(ゴドウィン)