アメリカの政府機関に所属する科学者からなるチームが、核融合反応で投入したエネルギー以上のエネルギーを生み出すことに成功したと報じられた。これは史上2度目の快挙で、飛躍的な進歩の足がかりになると期待されている。
Damien Jemison/Lawrence Livermore National Laboratory
- 科学の複数の分野で、人類が重大な進歩を遂げる一歩手前まで来ている可能性が出てきた。
- こうした分野の例としては、人工知能(AI)、常温超伝導体、そして核融合が挙げられる。
- だが、先端科学が「ChatGPT」から得るべき教訓がある。それは、一般の人々が進歩に沸き立つのは、その進歩の意味を身をもって理解した時だ、ということだ。
今からちょうど10年前。米国のシンクタンク、ミルケン研究所(Milken Institute)の年次会議で、シリコンバレーの重鎮が顔を揃えたパネルディスカッションが開催された。この席で、ある重要な疑問が提起された。それは、「『良いもの』はどこにあるのか?」という問いかけだ。
ビリオネアの投資家で、このイベントにパネリストとして出席していたピーター・ティール(Peter Thiel)は、イノベーションがもたらしたものが、せいぜい「地球の裏側から飼い猫の写真を送ることができるiPhone」でしかない現状に疑問を持ってもいいだろうと述べた。現状がこれでは、技術の行く末についてはとても楽観的になれないというのが彼の見解だった。
ただし、ティールは「空飛ぶ車を求めていたのに、我々が実際に手にしたのは140文字(X=旧ツイッターのかつての文字数上限)じゃないか」という発言をしたこともあるので、このような姿勢を見せるのも特に驚きではない。
ティールにとってはうれしいことに、「良いもの」が今後生まれる可能性が出てきた。だが、科学者や技術者は、自分たちが開発しているものを、もっと上手に売り込む術を身につける必要があるだろう。
人工知能(AI)の可能性については、今ではインターネットを日常的に使っている人ならほぼ全員が理解したことだろう。これは、OpenAIが「ChatGPT」をリリースしたおかげだ。ChatGPTは、同社が開発した大規模言語モデル(LLM)である「GPT-3.5」および「GPT-4」を基盤とし、これを活用したチャットボット・アプリケーションだ。
LLM自体はもう何年も前から存在していたが、一般的な消費者がその重要性を理解したのは、その実力の凄まじさを、具体的な形で理解した時だった。このように一般大衆のあいだに理解が浸透したことが、AIの分野に一大ブームを巻き起こしたことには疑問の余地がない。
一方で、ChatGPTと同等の根本的な変化を社会にもたらす発見が、間近に迫っている可能性がある。これらの発見も、ChatGPTのように、一般大衆のあいだにブームを呼び起こしてもおかしくないものだ。
韓国では7月、ソウルにある研究所のチームが、常温常圧下において超伝導を起こす物質を世界で初めて発見したと発表した。岩石のような外観を持ち、「LK-99」と名付けられたこの物質が本物なら、送電時に膨大な量の電力が失われることもなくなり、最初の論文を発表した研究者の言葉によれば「人類の新たな時代」が切り開かれるはずだ。
この発見は当初から懐疑的な反応をもって迎えられた。そしてメリーランド大学凝縮物質理論センターは8月8日、Xに「非常に悲しいことだが、我々はゲームは終わったと考えている。LK-99は超伝導体ではない」と投稿した。常温超伝導体を作成する取り組みは現在も進行中だ。それでも、常温超伝導体の発見がどれだけ重大な意味を持つのか、理解している人はごく少数だろう。
さらに8月はじめ、アメリカの科学者チームが、核融合反応実験において、投入したエネルギー以上のエネルギーを生み出すこと(ネット・エネルギー・ゲイン:正味のエネルギー利得)に再び成功したと、フィナンシャル・タイムズが報じた。これは、原子力は恐れるべきものではなく、むしろ優秀なグリーンエネルギー源だとする核エネルギー利用推進派の主張に、さらなる重みを与える成果と言える。
先端科学の成果を広めるために必要な、的確な広報とマーケティング
OpenAIのチャットボット「ChatGPT」の人気は、驚くほどのレベルに達している。そして、自然科学の分野における発見を、平均的な人々にとって具体的に感じられるレベルのメリットに変換するには、同様の取り組みが必要なように思われる。
さらに、「スピードこそすべて」と考えるシリコンバレーの加速主義者たちの主張によれば、もうひとつの問題は、進歩へのあからさまな恐怖心だ。
冒頭で紹介した2013年にミルケン研究所が開催したイベントで、ティールとともにパネリストを務めたベンチャーキャピタリストのマーク・アンドリーセン(Marc Andreessen)は、8月はじめに公開されたポッドキャスト「Hermitix」にゲスト出演した際に、1970年代以降、世界は「2つの領域に分岐」し、進歩が可能な分野と、そうでない分野に分かれたと指摘した。
アンドリーセンの見方によると、インターネットからソーシャルメディアに至るすべてのものを構成する「ビット」の世界は、驚異的な前進を遂げたが、その一方で、核エネルギーなどの事物を構成する「アトム」の世界は、この数十年停滞しており、方向性を見失っているという。
「バーチャルな世界にいるなら、『すごい、驚いたな。何もかも進歩している』と感じるだろう」とアンドリーセンは指摘する。
「だが、車に乗り込んだり、何かを壁のコンセントに繋いだり、食べ物を食べたりすれば、そのとたん、1950年代に逆戻りだ」
アンドリーセンによれば、こうした停滞が発生した理由の一端は、新しい技術が社会制度と接した際に起きる現象にあるという。「それ(新しい技術)は、社会秩序を破壊するのではないかとの危惧を生む」と彼はポッドキャストで述べている。
アンドリーセンは、アトムの世界におけるイノベーションは、「実用化される前の段階で、あらゆる悪影響を考慮すべき」とされる傾向が、デジタル世界と比べてより一層強いようだと述べた。そして、カリフォルニア州などで1970年代に原子力発電所の新規建設が禁止された理由もそこにあるとの見解を示した。
確かに、どんなものであれ、新しい技術が社会に与える影響は徹底的に検証されるべきだ。OpenAIのサム・アルトマン(Sam Altman)CEOは、AIが雇用や虚偽の情報に与える影響、そして選挙の方向性を左右する可能性について、アメリカや他国の議会から厳しい追及を受けている。
しかし、仮にアンドリーセンや彼と同じ考えを持つ者たちが、核エネルギーや超伝導体についても、一般大衆に沸き立って欲しいと望むのなら、彼らが求める答えは、すぐそこにある。ChatGPTだ。進歩のメリットを理解するためには、人々は自らの目で、その具体例を見る必要があるのだ。