「NISA税」という捏造語は、なぜ生まれたか? その背景と実現可能性を整理してみた

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「NISA税」というのは捏造語だが、いずれ実現する可能性がないわけではない。

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  • 7月20日、「NISA税」という捏造語がX(旧Twitter)で話題となった。だが、こうした制度が検討されているという事実はない。
  • しかし、岸田内閣における増税路線や金融所得課税に関するさまざまな議論を鑑みると、こうした炎上が醸し出される土壌はあった。
  • とはいえ、それを踏まえたうえでも、現状においてはNISA税という制度が成立することはないと考え得る。

「NISA税」というパワーワードが7月20日、X(旧Twitter)で急に話題となった。

Xの人気ワードの動向を調べられる「Yahoo!リアルタイム検索」によると、同月19日から22日までの4日間でNISA税は、5776件も投稿されている。Xにおける過去のトレンドをランキングで表示してくれるTwittrend(ついっトレンド)においても7月20日16時、「NISA税」は突如、日本全国で4位に躍り出ていた。

もちろんこのNISA税という言葉はフェイクだ(少なくともいまのところは)。そもそもNISAとは、日本語にすると「少額投資非課税制度」。非課税とされているものに新たに税金をかけるとしたら、恐ろしく矛盾した話になる。

では、なぜこうした炎上が引き起こされたのか? 事の経緯を整理するとともに、NISA税というものが実現する可能性があるのか検証してみたい。

NISA税という言葉が発生した経緯

まず、今回の事案の発端は、産経新聞社の夕刊紙「夕刊フジ」の公式サイトへ7月19日11時34分に掲載された記事「岸田政権『サラリーマン増税』底なし…奨学金・遺族年金・失業等給付もリストアップ 『アベノミクス以前に逆戻り』専門家警鐘」にある。当該記事が報じるには、6月末に実施された政府税制調査会の資料で、税制見直しの対象として「注意深く検討する必要がある」ものの例のひとつに、NISAも挙げられていたという。

この記事自体は、多少の偏向はあるかもしれないが、むろん間違いではない。事実、当該調査会資料にて、上記の内容で「NISA口座内における上場株式等の譲渡益や配当等」と記載されている。ただし、これはあくまで、税制見直しの対象の「例」として挙げられたものひとつで、記事でも資料でもNISA税という直截な表現は使われていない。

この夕刊フジの記事を参照して、NISA税というパワーワードを付加したのが、いわゆる「まとめサイト」だ。いや、もしかしたらその先にある、5ちゃんねるなどの掲示板サイトかもしれない。いずれにしても、そこでは「【爆笑】通勤税がぶっ叩かれた岸田、報復として『NISA税』『奨学税』『失業税』などを検討へ」というような表現が使われている。ここからNISA税という言葉だけがXで独り歩きし、20日の炎上につながったのだ。

ちなみに、これらの報道を受けて岸田文雄首相は7月25日、自民党の宮沢洋一税制調査会長と首相官邸で会談した際に、このような「サラリーマン増税」を検討しているのかと確認したと報道されている。その際に宮沢氏は、「党税調でそういう議論はしたことがないし、私の頭の隅にもない」と答えたそうだ。

増税路線への不安や不満が背景に

こうした流れが発生した要因のひとつには、これまで岸田内閣が推し進めてきた増税路線に対する社会の不安や不満が挙げられる。例えば直近だと、児童手当拡充と合わせて検討されている扶養控除の削減退職所得課題の見直しに対して、ネットを中心にさまざまな批判があがった。

また、金融所得課税に関する過去のさまざまな議論も影響しているかもしれない。それは、給与所得は累進課税である一方、富裕層が多く保有する株式などの金融所得への課税は一律となっているため、是正が必要なのではないかというものだ。

この金融所得課税に関する議論については、立憲民主党の江田憲司衆議院議員も2021年10月、テレビ討論番組で「NISAへの課税」を提案し、批判が相次いだ(江田氏は後日、発言に誤りがあったと謝罪)。また、岸田首相自身、後に撤回したものの、江田氏と同時期に自民党総裁選で、金融所得課税の見直しを政策として掲げていたことがあった。

NISA税は実際に導入されるのか?

以上の内容を踏まえてNISA税なるものが実際に導入されるかどうかに関して私自身の見解を述べたい。結論から書くと、NISA税が導入されることは少なくともしばらくはないだろう。その理由は3つ挙げられる。

理由1:NISA制度の趣旨に反するため

NISA税の導入は、やはりそもそものNISA制度の趣旨に反する。NISAは、家計の安定的な資産形成の支援および貯蓄から投資への流れを進めるために国が政策的に実施しているものだ。NISA口座の金融所得を非課税とすることで、投資でより効率的に資産形成ができ、合わせて家計の貯蓄が投資に向かっていくことを期待している。実際にNISA口座は、口座開設数および投資金額が順調に増加しており、かつては投資をしていなかった若年層が投資を始めるきっかけにもなっているようだ。NISA税を導入してしまえば、家計の安定的な資産形成にとってマイナスになってしまう。

理由2:貯蓄から投資への流れは道半ばであるため

また、日本人の金融資産に占める投資の割合が低いことも、その理由に挙げられる。日銀の資産循環統計によると、家計資産における現金は1000兆円以上。貯蓄から投資への流れは、まだまだ道半ばだ。もし、ここでNISA口座内の金融所得に課題をしてしまえば、貯蓄から投資への転換を進めたい政府の意向に反してしまう。

理由3:NISAは来年からむしろ拡充されるため

さらに、現状だとタイミングも悪い。NISAは来たる2024年から、むしろ拡充されることが決まっている。具体的には非課税投資枠が増えると同時に、非課税投資期間が無期限となる予定だ。事実、NISA拡充の意図は「成長資金の供給拡大を促しつつ、家計の安定的な資産形成をさらに推し進めていくこと」だと、金融庁は述べている。このタイミングで、そこへの増税を検討するのは、現行の政府の政策にも矛盾しているはずだ。

結論、NISA税の実現可能性は低いが……

このように、「非課税所得」の見直しについて政府の議論があること、そのなかでも金融所得の見直しの議論が注目を集めていることは事実だ。しかし、NISA税が導入されるかいうと、その可能性はかなり低い。

ただ、ここで注意したいのは、NISAでは本来課税されるものを政策的に非課税にしているという点である。現状は政策目的が達成されておらず、そのためにむしろNISAを拡充する方向だ。しかし、貯蓄から投資への流れが十分に進んだと政府が判断すれば、何らかの形で非課税の方針を縮小する変更が、NISA制度に加えられる可能性もないとはいえない。

投資で資産形成することに関心のある方は、税制の議論だけでなく、その背景にある社会の変化にも注目しておくべきだ。中長期的に貯蓄から投資への流れが進めば、また新たな展開が見えてくるだろう。

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