マッスルデリの創業社長・西川真梨子氏と、現在のCEO・須藤大輔氏。
撮影:横山耕太郎
「大手企業のM&Aによって事業を拡大していくのは、日本のスタートアップにとっての希望になると思っています」(マッスルデリ・須藤大輔CEO)
ボディメイクなどに特化した冷凍宅配サービスを展開するマッスルデリが、国内最大手の製糖メーカー・DM三井製糖の子会社になった。買収額などは公開していない。
マッスルデリは2016年に創業し、コロナによる外出自粛の影響もあって売り上げが急伸。2021年7月には、三菱UFJキャピタルなどから2億5000万円の資金調達を成功していた。
日本の一般的なスタートアップは資金調達を繰り返し、株式上場によって利益を得ることが多くの場合のエグジット(出口戦略)とされることが多い。
一方、日本は欧米に比べるとスタートアップのM&Aが低調な点が課題とされており、岸田政権の「スタートアップ育成5か年計画」でも、国としてM&Aを増やす方針が示されている。
政府も期待する大手企業によるスタートアップの買収だが、今回の子会社化はマッスルデリにとってどんなメリット・デメリットがあったのか?
三井物産・三菱商事が出資する伝統企業
DM三井製糖は、旧・三井製糖と旧・大日本明治製糖が経営統合して生まれたメーカーだ。
DM三井製糖のウェブサイトより
「去年の秋頃に、まず三井物産グループなどの流通販路や原料素材を持つ企業に提案に行ったんです。2度目となる資金調達ではVCから資金を出してもらうというよりは、事業連携を強めたいという思いがありました」
マッスルデリの須藤CEOはそう話す。
須藤氏はその他の総合商社や事業会社も複数回ったが、実際に事業連携の話が進んだのがDM三井製糖だった。
DM三井製糖は、三井物産グループの旧・三井製糖と、三菱商事グループの旧・大日本明治製糖が経営統合し、2022年10月に誕生した国内最大の製糖会社。株式の保有率は、筆頭株主の三井物産が26.55%、三菱商事が20.01%(2023年3月31日現在)。
三井製糖の前身企業は1947年創業、大日本明治製糖の前身企業は1895年創業と、まさに日本のレガシー企業が母体となった長い歴史をもつ企業だ。
そんな大企業がなぜ、創業7年目のスタートアップに注目したのか?
「私たちはDtoCで成長してきたファブレスメーカー(生産工場を自社で持たないメーカー)。私たちの強みは商品の企画力とマーケティング、ブランディングなどで、ユーザーに届けるというところにあり、DM三井製糖にはその部分を評価してもらったと思っています」(須藤氏)
「1億、2億の調達では解決できない」
マッスルデリの冷凍宅配弁当事業は、コロナを追い風に成長した。
提供:マッスルデリ
子会社となったマッスルデリが、親会社・DM三井製糖に期待するのは、高騰する原材料の安定確保に加えて、DM三井製糖が持つ流通網・販売網を利用した販路の拡大だ。
マッスルデリはコロナ禍の在宅需要で一気に成長し、一時は在庫切れするほどの注文があった。ただ、いまは出社が増えたことや競合の参入によって会員の伸びは「落ち着いた状況」だった。
「私たちがビジネスを拡大するためには、1億、2億を調達しただけでは解決できない状況でした。今回のM&Aで生産から配送まで一気通貫で担うことができるようになれば、事業をスケールさせられると思っています」
創業社長「IPOにこだわりはなかった」
子会社化にあたりDM三井製糖から4人の取締役を迎えたマッスルデリ。
出典:マッスルデリのプレスリリ―ス
今回の子会社化によって、マッスルデリの株式の半数はDM三井製糖が保有することになった。DM三井製糖から新たな取締役も4人就任した。
子会社化によってマッスルデリが得た利益は非公表だが、デメリットはないのだろうか?
創業社長の西川真梨子氏は「一般的なデメリットとしては、社長人事を含めた経営権が親会社に移行することや、上場ができなくなることがデメリットになる」と話す。
「弊社の場合、ストックオプションについては子会社化の後でも行使できる設計にしているので、社員からの反対はありませんでした」(西川氏)
西川氏も「IPOに特にこだわりはなかった」という。
「今後を考えた時に事業拡大ができる方法を選びたいと思っていました。特に食料品の分野においては、イノベーションで世の中を変えるためには、大きな力がどうしても必要になると感じています」(西川氏)
今回の子会社のタイミングで、西川氏はCEOを退き、 CPO(最高製品責任者)に就任。須藤氏が新たにCEO就任した。
マッスルデリの新CEOに就任した須藤氏(右)は、楽天やアカツキを経て、マッスルデリにジョインした。
撮影:横山耕太郎
須藤氏は、楽天でM&Aや事業戦略の構築支援などを担当した後、ゲーム会社・アカツキを経て、2021年からマッスルデリの副社長・COOに就任した人物だ。
社長交代の理由について、須藤氏は次のように説明する。
「会社を拡大する上でそれぞれに求める能力が変わったためです。僕は過去にPMI(企業買収の後で、経営統合・業務統合・意識統合を進めるプロセス)に携わって買収企業をグロースさせてきた経験があります。
一方で西川は創業時からブランド作りや、消費者に届ける力に優れている。西川には物作りに集中をしてもらい、私がビジネスの機会を創出できればと思っています」
脱・筋肉?狙うは「シニア市場」
DM三井製糖グループは現在、特に「高齢化市場」での事業拡大を目指しており、今後も企業買収を積極的に進める方針を示している。
DM三井製糖の子会社・ニュートリーは、テルモから流動食ブランドの資産譲渡契約を結んだ。
出典:DM三井製糖のウェブサイト
今回のマッスルデリの買収についても、次のように説明する。
「国内では在宅市場への展開を見据えた介護・医療食品事業の拡大、海外では各国市場に即した製品展開を通じて、拡大する高齢化市場におけるプレゼンスを示してまいります」
「マッスルデリのM&Aを皮切りに栄養補給の付加価値食品に描くストーリーを共有できるパートナー企業を今後も募っていく方針です」(マッスルデリのプレスリリースより)
マッスルデリとしても、今後はよりシニア路線に注力する。
「“脱・筋肉”戦略に見えるかもしれませんが、もともとダイエット需要も多く、また60歳以上のユーザーの利用も増えてきています。
これまでは資金の制約もあって積極的にシニア向けマーケティングはできませんでしたが、東南アジアなどの海外マーケットを含めて展開を加速させていきたい」(須藤氏)
またこれまでの冷凍弁当の配送という形態にこだわらない製品化を進めていくと話す。
「まだ具体的な話は決まっていませんが、食事以外の商品を増やすことや、DtoCだけでなくコンビニでの販売、社食事業など構想はたくさんあります」(須藤氏)
日本では「IPOが圧倒的に多い」
岸田政権が2022年に発表した「スタートアップ育成5か年計画」では、日本ではM&Aの件数が少ないことが課題として挙げられている。
Eugene Hoshiko/Pool via REUTERS
内閣官房の資料によると、スタートアップに対する2020年のM&Aの件数は、日本だと15件だったのに対し、米国1473件、英国244件、フランス60件、ドイツ49件だった。
政府の「スタートアップ育成5か年計画」では次のように指摘されている。
「スタートアップのエグジットを考えた場合、M&AとIPOの比率に着目すると、米国ではM&Aが9割を占めるのに対し、我が国ではIPOが8割であり、圧倒的にIPOの比率が高い。M&Aの比率を高めていくことが求められる」
スタートアップの資金調達を巡っては、コロナショック、ロシアのウクライナ侵攻による世界的なエネルギー危機などの市況の悪化を受けて、VCは消極姿勢に転じ、スタートアップは「冬の時代」を迎えている。
「あれだけ投資してくれていたのに、いきなり来月から黒字化してくださいという状況が生まれ、スタートアップはリストラなどコスト作業ばかりが迫られています。
僕らコスト削減は日々していますが、今回の子会社は事業を伸ばすためのすごいポジティブな形だと感じています」(須藤氏)
その上で「今回の私たちのM&Aは、スタートアップにとって大きな意味がある」と須藤氏は強調する。
「資本のある大企業と我々のようなスタートアップが手を組みつつ、我々が得意な商品企画やマーケティングの領域についてはイニシアチブをもって任せられている状態であること。今回の私たちの子会社化を成功例にして、スタートアップのM&Aがもっと進んでいけばいいと思っています」