遊説中に銃撃されて死亡した安倍晋三元首相とともに、親台湾派として知られる麻生太郎・自民党副総裁。過去にも問題発言を繰り返してきた。画像は2008年、自民党幹事長時代の講演時。
REUTERS/Toru Hanai
自民党の麻生太郎副総裁が8月7~9日、現職の副総裁として初めて台湾を訪問。台北市内で講演し、台湾有事を念頭に「戦う覚悟」が求められていると、対中戦争に備えるべきとも受け取れる発言をした。
だが、その勇ましい掛け声とは裏腹に、自衛隊が台湾防衛のために中国軍と戦う参戦のハードルは高い。
一方、アメリカと台湾は日本政府の煮え切らない姿勢に、強い苛立ちを募らせる。
「戦う覚悟」発言の文脈
麻生氏は訪台中、台湾外交部などが主催するシンポジウム「ケダガランフォーラム」で基調講演を行い、次のように述べた。
東アジア情勢については、「日本と台湾を取り巻く環境は大きく変化した。平時から非常時に変わりつつある」と、緊張激化の現状を説明。
「大事なことは、台湾海峡を含むこの地域で戦争を起こさせないことだ。抑止力には能力が要る。そして、抑止力を行使する意志を持ち、それを相手に教えておくこと。その三つが揃って抑止力だ」と、対中抑止力の強化を訴えた。
その上で、「今ほど日本、台湾、アメリカをはじめとした有志の国々に強い抑止力を機能させる覚悟が求められている時代はない」「戦う覚悟だ」「いざとなったら、台湾海峡の安定のために防衛力を使うという明確な意思を相手に伝えることが抑止力になる」などと強調した。
抑止力強化のために「戦う覚悟」を強調したのだが、日米台の連携強化の下で対立を強調されれば、中国は「対中戦争を煽る発言」と受け取るだろう。
麻生氏は日本政府を代表して講演したわけではないものの、茂木敏充・自民党幹事長とともに、政権の中枢を担う自民党副総裁の要職に就いているだけに、発言には重みがある。
秋に向け日中首脳会談の実現を模索する岸田政権も対中関係をにらんだ対応を迫られる。
際どい「内政干渉」とも言える
講演後、麻生氏は2024年の次期台湾総統選挙に与党・民主進歩党(民進党)から出馬する頼清徳・副総統と昼食をともにした後、蔡英文総統と会談。台湾有事の際の邦人保護問題への対処を確認し、安全保障面での日台連携についても意見交換した。
麻生氏は同日の記者会見で、総統選挙について「台湾はきちんとした人を選ばないと、急に中国と手を組んでもうけ話に走ると、台湾の存在が危なくなる」と踏み込んだ発言をした。
総統選は、(現職の副総統)頼氏のほか、最大野党・国民党の侯友宜・新北市長、民衆党の柯文哲・前台北市長による三つ巴(どもえ)の激戦が予想される。
さらに、国民党の公認を受けられなかった鴻海(ホンハイ)精密工業創業者の郭台銘氏も、無所属で出馬する可能性を探っており、侯、柯両氏との協力のあり方が、選挙結果を左右する大きな「変数」になる。
民進党政権の継続支持ともとれる麻生発言は、際どい「内政干渉」とも言える。頼氏は民進党内でも必ずしも人望が高いわけではなく、他の候補者からの反発も予想される麻生発言が、選挙戦にプラスに働くかどうかは予測できない。
過去に植民地支配を正当化する発言も
麻生氏は、遊説中に銃撃されて死亡した安倍晋三元首相とともに、親台湾派として知られる。
自民党政調会長時代の2003年、党三役としては異例の台湾訪問を行い、当時の陳水扁総統と面会した。その後、首相退任後の2010年にも訪台し、当時の馬英九総統とも会談した。
また、外相時代には「台湾の教育水準が高いのは、植民地時代の日本の義務教育のおかげ」などと発言(共同通信、2006年2月4日付)。それに対し、台湾外交部の報道官は「教育も植民政策の一環であり、目的は誰もが分かっている」と述べ、植民地統治を正当化する発言として批判した。
そのような台湾への「上から目線」が、今回も総統選で民進党を後押しする形で繰り返された。
台湾有事についても、麻生氏は過去に日本の台湾防衛参加を促す発言をしている。
2021年7月、麻生氏は講演で「台湾で大きな問題が起きれば、存立危機事態に関係すると言ってもおかしくない。日米で台湾を防衛しなければならない」と述べ、集団的自衛権行使を可能とする安全保障関連法の「存立危機事態」に認定して対処すべきとの見解を提起した。
今回の「戦う覚悟」発言も、この見解の延長線上にあるとみていい。
中国外務省は麻生発言に関して報道官談話を発表し、「日本の一部の政治家」という表現を使って名指しを避けながらも、「台湾海峡情勢の緊張を誇張し、対立と対抗をあおり、中国の内政に乱暴に干渉した」と非難。日本側に厳正な申し入れをし、強く非難したとしている。
さらに、日本が台湾を植民地支配した歴史にも言及し、「中国は1895年に(台湾を日本に割譲した)下関条約を締結した清国政府とはすでに異なる。日本の一部の政治家のどこに台湾問題であれこれ言う資格と余裕があるのか」と指弾した。
麻生氏の言動を、植民地主義者による内政干渉と断罪するかのような、最近では最も激しい対日批判声明だった。
日本に「戦う覚悟」はない?
では、日本政府は台湾有事の際、麻生氏が説くように集団的自衛権を行使する「存立危機事態」と認定し、台湾防衛のために中国軍と「戦う覚悟」はあるのだろうか。
麻生氏の期待するシナリオとは真逆に、アメリカと台湾からは、自衛隊が台湾防衛のために中国軍と戦うことを躊躇(ちゅうちょ)しているとして、いら立ちを隠さないレポートや発言が相次いでいる。
米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルは7月16日、「台湾有事、日本は慎重 自衛隊の参加明言せず」と題したスクープ記事を配信した。
同記事は、米軍と自衛隊の関係者が1年以上にわたって台湾有事計画に取り組んできたものの、「計画に対する日本側の躊躇について、専門家は、日本国内での台湾問題への関心が弱まっていることに加え、中国人民解放軍と衝突する能力や勇気がないと語った」と書いた。
さらに、台湾有事の際に自衛隊が参戦すべきかどうか、日本のリーダーは公の場での議論を避けていると指摘し、「もし生命の危険を冒してまで台湾を防衛したいかと聞かれたら、90%の日本人が反対するだろう」と述べた識者のコメントを引用している。
自衛隊参戦の是非を聞いた世論調査は少ない。
公益財団法人新聞通信調査会が2022年 11月に発表した世論調査は、中国が台湾を軍事攻撃する事態になった場合の日本の関与について、「自衛隊が米軍とともに中国軍と戦う」に反対する意見が74.2%(「反対」38.3%と「どちらかと言えば反対」35.9%の合計)と賛成を大幅に上回った。
一方、日本の民間シンクタンク「日本戦略研究フォーラム」が7月中旬に行った台湾有事をめぐる机上演習に、米大統領役で参加したケビン・メア元米国務省日本部長は、「日本の首相が自国への武力攻撃だと発言するのに2週間待たなければならなかった」と、日本の対応の遅さに不満を露わにした(日本経済新聞、8月2日付)。
メア氏が指摘する「自国への武力攻撃」の認定に、麻生氏持論の「存立危機事態」が含まれるのは明らかだ。
台湾も日本の対応に不満を募らせる。
2022年12月、日台断交50年の節目に行われた「日台関係シンポジウム」における謝長廷・台北駐日経済文化代表処駐日代表(駐日大使に相当)の発言はその一つだ。
謝氏は「単純な民間の友好関係では台湾有事に対応できない」と不満を述べ、中国人民解放軍にとって日本は「第三者」ではなく「当事者」だと指摘した上で、安全保障分野で台日間の公的関係を構築する必要性を主張。具体的な協力項目として、難民救助や情報交換、軍事演習の相互支援を挙げた。
このシンポジウムには、訪台した萩生田光一・自民党政調会長も出席した。
軍事・政治交流に異議唱えぬメディア
安倍政権時代の集団的自衛権行使容認から、2022年12月の安保関連3文書の閣議決定までを振り返ると、政府が「日本を取り巻く安全保障環境の大きな変化」を繰り返し主張したことで、戦争放棄と専守防衛を基本にする憲法精神がないがしろにされてきた。
政権中枢を担う与党の副総裁が、国交のない台湾のトップと当たり前のように親密に交流し、これまで交流、経済、文化という民間交流に制限してきた関係を乗り越え、軍事、政治領域にまで踏み込んで公言する現状。
日台の政治・軍事関係の強化という、外交の基本と法的枠組みに違反しかねない有力政治家の言動を、メディアや識者が問題視しないのは、中国脅威論が広く浸透し、一種の神経麻痺を起こしているからではないか。
その一方、自衛隊の参戦を躊躇(ちゅうちょ)する背景に、世論のブレーキが働いていることがあるのだとすれば、それは健全さの証明ではないか。
2023年は日本と中国が「覇権を求めず、武力を行使しない」ことをうたった日中平和友好条約締結45周年の節目の年だ。
麻生訪台を機に、「一つの中国」という日中関係を律する政治的枠組みと、憲法規範の重要性を改めて認識する必要がある。