東京から軽井沢へ移住。BIOTOPE 佐宗邦威さんに聞く「とにかく働いて、コスパを上げる生活」をやめて分かったこと

佐宗さん

撮影:服部芽生

リモートワーク、密回避、不要不急の外出自粛—— 。

日常が一変し、新たな働き方や暮らし方が始まったコロナ禍で注目を集めたのが「地方移住」だ。

2023年6月に『じぶん時間を生きる TRANSITION』(あさま社)を発表した、戦略デザインファームBIOTOPE(ビオトープ)代表の佐宗邦威(さそう・くにたけ)さんも、コロナ禍を機に家族で東京から軽井沢へ移り住んだ一人。

東京で生まれ育ち、長く都市生活を続けてきた佐宗さんが、移住を決意した理由とは? コロナ禍によってライフスタイルが変化する中、どんな内的変化=「トランジション(転換)」が起きていったのか? 軽井沢の自宅に伺いインタビューを行った。

生産性を追求した先に、明るい未来はやってくるのか?

イメージ写真

Shutterstock / TierneyMJ

P&G、ソニーを経て2015年に独立しBIOTOPEを創業した佐宗さん。戦略デザイナーとして数々の企業のビジョン策定やイノベーション支援を手がけてきた。

起業後の約5年間は“生産性の鬼”と化し、ひたすら走り続ける日々──

常時スマホやPCのチェックを欠かさず、1日4、5件のミーティングを行い、週に3、4回ほどワークショップのファシリテーションを担当。

スキマ時間にはSNSを更新し、週末は原稿を執筆……効率化すればするほど、空いた時間に新しい仕事を入れ、仕事量は増えていく一方だったと言う。

「頭は常にフル回転で、眠れない夜もありました。“このまま続けていたらどうにかなってしまう……”そう感じていた矢先にコロナ禍となり、日常は大きく変化しました」

行動が制限される一方で、テレワークにより家族と過ごす時間が増え、日々の暮らしが豊かになっていくような感覚を覚えた。

本の中ではこのように振り返っている。

ステイホーム生活は大変なことも多かったけど、スピードを緩めてゆっくり歩くことで、自分の生活を見つめ直し、置き忘れていた「彩り」の存在に気づくことができた「スローワールド」だった。

これは僕個人の体感ではあるが、社会にとっても同じで、人口の3分の1が自宅にいるという人類の壮大な「内省の期間」だったのではないかと思う。

『じぶん時間を生きる TRANSITION』より引用

 

「まずは1年、住んでみよう」

佐宗さん

軽井沢のご自宅にて。窓からは明るい日差しが入り、鳥のさえずりが聞こえる。

撮影:服部芽生

2020年4月の緊急事態宣言の期間は、都内のマンションで家族と過ごし仕事をした。保育園も休みになり、公園で自由に遊ぶことすらできない子どもたちにとって、ここで暮らし続けるのが最善なのだろうか? という思いが強くなった。

そんな時、軽井沢にある野外保育の幼稚園を知り、見学のため家族で軽井沢を訪れた。豊かな自然に心を動かされ、妻や子どもと相談し「まずは1年」と軽井沢への移住を決めた。

「地縁もなく、この土地が自分たちに合うかも分かりませんでした。だからまずは1年間住んでみようと、賃貸物件を探して住み始めました」

実際に移住して感じたのは、“ノイズの少なさ”だった。東京ではどこを歩いても広告が目に入り情報に溢れているが、軽井沢は圧倒的に広告が少なく、緑や土が多い。

道

撮影:服部芽生

「入ってくる情報量が少なくなると、自然と脳内がクリアになり、五感が研ぎ澄まされていくような感覚がありました」

一方、移住して最初の半年ほどは目新しさもあり何をやっても楽しくてワクワクしていたが、半年も過ぎれば生活は落ち着き、課題も見えてきた。

軽井沢の標高は約1000m。気圧の影響か頭痛に悩まされることも多かったと話す。

「僕の場合は体が順応するまでに1年ほどかかりました。

周りの移住者からも、家族が体調を崩した、移住によるストレスで夫婦喧嘩が増えたなどの話も聞きます。

移住って、キラキラした楽しいイメージがあるじゃないですか。でももちろん現実生活はそれだけではない

環境を変えたら、必ず新しい変化が起こります。本の中ではそうしたリアルなところもしっかり伝えたいと思いました」

生態系の中に「住まわせてもらう」感覚

庭

庭に設置した巣箱には、さまざまな野鳥が遊びに来る。

撮影:服部芽生

インタビューを行ったのは2023年7月某日。酷暑が続く東京から、新幹線で1時間ちょっと。軽井沢駅に降り立つと、涼やかな風が心地よく、開けた空と鮮やかな緑が広がる。

軽井沢への移住は予想外のこともあったものの、実際に住んでみて土地や環境がさらに気に入り、友人・知人の輪も広がった。

自然と「ここに家を建てたい」という気持ちが高まり、移住して半年足らずで家を建てることを決めた。

妻がほぼすべての意思決定を担ったと言うが、「鳥が見える書斎が欲しい」という佐宗さんの希望通り、書斎からは鳥たちが巣箱に集まる様子を観察できるようにした。

スタジオ兼書斎

スタジオ兼書斎。移住後に始めたポッドキャスト番組の収録もここで行うことが多い。

撮影:服部芽生

「僕たち人間が主体ではなく、自然の大きな生態系の中に住まわせてもらっている、そんな感覚があります。

僕は鳥が好きなのですが、それも鳥の存在が背景にある生態系の広がりを感じさせてくれるからかもしれません。

社名のBIOTOPEは「命の(bio)場(tope)」という意味なんですが、結果的に、人間と自然がゆるやかに交わるところに住んでみたいという夢が形になりました」

庭で遊ぶ長女

移住にあたっては、家族全員の意見を尊重。子どもたちもすっかり軽井沢の楽しみ方を覚えた。取材中にちょうど小学校から帰宅した長女は、「ただいま、遊びに行ってくる!」と元気に外へ飛び出して行った。

撮影:服部芽生

未来よりも「今・ここ」に意識を向けてみる

コロナ禍を経て、この3年間で人々の価値観や考え方は大きく変わった。佐宗さんは著書の中で次のように分析する。

多くの人がオフィスから離れ、直接人と会う頻度を減らした期間は、「じぶん時間」を取り戻すという内的変化(=トランジション)が起こっていた時期なのではないかと思う。(中略)

日本人は空気を読んで、自分の行動を考えることが得意だ。しかしリモートワークではどうしても周囲が見えにくくなり、空気の読みようもない環境になった。(中略)

自分が本当に住みたい場所を探し始めたことも、子どもの未来や家族のライフスタイルについて真剣に悩むのも、「他人と比較して生きる人生」から、「自分の尺度で生きる人生」へのトランジションが起きている証拠だ。 

『じぶん時間を生きる TRANSITION』より引用

pp18

撮影:服部芽生

他人を基準にして物事を考えたり行動したりする「他人時間」から、自分のペースを大事にする「じぶん時間」へ。佐宗さんはこの変化を「時間感覚のシフト」と呼ぶ。

移住を機に、佐宗さんはより自分らしく生き、「現在を楽しむ」ことに重点を置くようになった。

「とにかく働いてどんどん効率を上げて、という働き方から、仕事、趣味、人付き合いのバランスを大切にするようになりました。

これまでは平日は仕事、土日は旅行などでリフレッシュと切り分けていましたし、『仕事のための休日』という意識があったように思います。

軽井沢に移住して、その境目がなくなりました。気負うことなく、自分にとって大事なことや大事な人たちとしっかり向き合う時間が増えましたね

庭にある一坪菜園

庭にある一坪菜園では、トマトやキュウリなどの季節の野菜を育てている。「採れたての食材を使って何を作ろうか考えるのが楽しくて」と佐宗さん。

撮影:服部芽生

世界一周の旅で気づいた、日本と世界のギャップ

本棚

移住に伴い、書籍も整理。佐宗さんにとって特別な一冊は『続・風の帰る場所』(宮崎駿)。「本を執筆する時は毎回必ず読み返しています。新たな視点を与えてくれるジブリ作品はどれも大好き。宮崎監督がどんなことを考え作品を生み出してきたのかがご自身の言葉で語られていて、読むたびに心が震えます」

撮影:服部芽生

著書の中でも、新しいじぶんに出会うには興味のあることを何でもやってみる“ニュートラルな時間”が必要だと述べている佐宗さん。

コロナ禍が落ち着いてきた2023年6月には、1カ月間の世界一周の旅へ出た。

これまでは旅行と言えば目的ややることを決めて動いていたが、今回の旅では大まかなルートを決めただけで、どこでどんな風に過ごすかはあえて計画しなかったと言う。

「仕事柄、その土地のデザイントレンドを見たい、あのスポットに行きたい、などあれこれ考えてしまうんですが、そういう時間の使い方をしていると自分が興味のあることや知識の延長線上にあるものとしか出合えない。

“今の自分”が直感的に面白いと感じることや偶然の出会い徹底的に大事にする。そんな時間を過ごしてみたいと思いました」

フラットな目で世界を見て感じたのは、日本人が見ている日本と、海外から見る日本には大きなギャップがあるということだ。

「高齢化に円安と、日本国内ではネガティブなことばかりが語られて停滞感が漂っていますが、海外の方は日本に高い関心を持っているし、どの都市に行っても『日本には伸びしろがたくさんあるよね』という話をされるんです。

仕事でもそれ以外でも、海外とのつながりを持っておくと新たなチャンスが生まれるだろうなという予感があって。

今は東京と軽井沢を行き来する生活を送っていますが、今後は海外とつながりのある活動を入れていきたいなと思っています」

人生のトランジション期にいるあなたへ

pp26

撮影:服部芽生

今後の人生のポートフォリオは?と尋ねると、「あえてあまり決めないようにしているんです」と佐宗さん。

「予測不可能な社会の中で、中長期のプランを立ててそれに向かって忠実に動くことは実はあまり意味がないのかなと思っています。

それよりも、自分の中に余白を持って、何かあった時にすぐに動けるようにしておくのが大事なのかなと」

キーワードは「コンサマトリー」だ。目的を決め過ぎず、これが何に役に立つかという考えも一旦おいておいて、“今・ここ”に集中し、今を楽しむことが大切なのではと話す。

「じぶん時間を生きたい、今の生活を変えたいけれど何から始めたらよいか分からないとモヤモヤしている人にアドバイスをするとしたら、自分の中の『未完了』を洗い出し、小さなことでもいいから『終わらせる』ことです。

そうして今あることを手放すことで、気持ちにも思考にも新しい余白が生まれます。

身軽な状態を作り、『これだ!』とピンと来るものと出合ったらそこに向かって全力で走る。今の時代、これが最も充実した時間を過ごせる生き方なんじゃないかと思っています」

庭の風景

撮影:服部芽生

最後に、本書をおすすめしたい人へのメッセージを聞いた。

「コロナ後、何もなかったかのように元の生活に戻ることに違和感を感じている方や資本主義の経済ゲームに疑問を感じている方、転職など人生の転機にいる方にぜひ読んでほしい一冊です。

本の中でも紹介している大前研一さんの言葉に、『人間が変わるための3つの要素は、時間配分、住む場所、付き合う人を変えること。“決意を新たにする”ことは最も無意味で、行動を具体的に変えることでこそ変化がある』という言葉があります。

僕自身の体験やそこから得た気づきが、これからの時代を生きるためのヒントになったり、何かを変えよう、始めようという方の背中を押すことができれば嬉しいですね」


佐宗邦威(さそう・くにたけ):BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー、多摩美術大学 特任准教授
東京大学法学部卒業。イリノイ工科大学デザイン学科(Master of Design Methods)修了。P&Gにて、ファブリーズ、レノアなどのヒット商品のマーケティングを手掛ける。ソニー クリエイティブセンターにてソニー全社の新規事業創出プログラム(Sony Seed Acceleration Program)の立ち上げなどに携わった後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を設立。著書に『直感と論理をつなぐ思考法』『世界のトップデザインスクールが教える デザイン思考の授業』『理念経営2.0 ── 会社の「理想と戦略」をつなぐ7つのステップ』ほか。


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