ベルリンにある「ホロコースト記念碑」。
撮影:雨宮百子
先日の記事「日本は『魅力的な移住先にはなりにくい』。日本に暮らす外国人が語る日本の住みにくさ」には大きな反響があった。
日本では身近に感じることのない移民問題だが、ベルギー留学中の私にとって、移民や移住の問題は無関心ではいられないテーマだ。
私は7月上旬、ドイツ・ベルリンで開催されたスタートアップのテックイベント・TOA(Tech Open Air)に参加してきた。
ベルリン訪問のきっかけは、かつてドイツ人の友人から「ベルリンは、ドイツのなかでも異色だからきっと面白いよ」と勧められたことが大きいが、現地で見たのは移民を引きつけることで繁栄するグローバル都市の姿だった。
編注:TOAは、Business Insider Japanの運営元メディアジーンのグループ企業インフォバーンが日本公式パートナーを務めており、筆者の雨宮氏は現地サポーターとして参加した。
ベルリン流のスタートアップ・エコシステム
TOAに参加していた企業・Mitte Home。
撮影:雨宮百子
TOAは2012年以降、毎年ベルリンで開催されてきたテック・カンファレンス。欧州だけでなく中東、アフリカなど世界各地からイノベーターや起業家が集まる場所だ。
スタートアップと聞くと、シリコンバレーやイスラエルを思い浮かべるかもしれない。だがベルリンは、手頃な生活費、強固な支援インフラを武器に、さまざまな起業家と革新者(イノベーター)を引き寄せている。
ヨーロッパの企業の創業者へのアンケートで、会社設立で選びたい都市のトップ2にベルリンは選ばれており、JETROによると外国人による起業が5割をしめるという。
TOAで初めて聞いたのが「ゼブラ企業」という言葉だった。ユニコーン企業が一極集中の成長を目指すのに対し、ゼブラ企業は他社との協調と共存共栄を基盤に持続可能な成長を志向し、利益や成長はその成果と位置づけているという。こうした価値観を持った企業がベルリンには多く集まっているそうだ。
参加企業を少し紹介しよう。
Mitte Homeは、各家庭の水道水をフィルターし、ミネラルを添加、炭酸水まで作り出す新しいウォーターサービスを展開している。カートリッジ1つで最大300本のボトルを代替し、90kgのCO2排出を削減する。加えて、自分の飲んだ水の量などを把握できる機能もついている。
DeepNewsのCEO、マキシム・ニーチェ氏。
撮影:雨宮百子
DeepNewsは信頼性と透明性を重視した新たなニュース体験プラットフォームだ。偽ニュースや「釣りタイトル」を一掃し、関連性の高い記事とその文脈を提供する。
異なる視点を積極的に与えることで、個々のユーザーにとっては望むと望まざるとにかかわらず見たい情報が優先的に表示される「フィルターバブル」を防ぐ。
創業者のマキシム・ニーチェ氏は15歳のときに数学のアプリで起業。その売却資金を元手にこの事業を立ち上げた若き経営者だ。若手読者を対象に、メディアが信頼回復に寄与することを目指しているという。
物価の安さと英語の普及率に驚く
2015年設立の難民・移民を受け入れるカフェ兼シェアハウス。長年ベルリンに住む人々と、イランやウクライナなどの11カ国40人が生活する。
撮影:雨宮百子
繰り返しになるが、こうしたスタートアップのエコシステムを支えているのは移民だ。優秀な開発者の多い東欧からの移民などが、こうした「多様性」のあるエコシステムの形成に一役買っている。
前出のDeepNewsのCEOマキシム氏にTOAの会場でインタビューしてみると、ベルリンの魅力については「まずは他の都市に比べて物価が安いこと。そして、なによりたくさんのクリエイティブな人がいるから、欲しい人材を探しやすい」と話した。
ベルリンは移民にとっても暮らしやすい。英語さえできれば、ドイツ語ができなくても困ることは少ないという。
ベルリンに5年近く在住する日本人の知人女性から「英語で通じてしまうから、ドイツ語ができないんです」と言われ、驚いた。
私自身、1年近くベルギーに住んでいるが、各国の言語の強さを感じる機会が多く、フランス語の勉強に追われる身なだけに、非常に新鮮だった。
加えて、物価が安い。4日間の朝食としてスーパーマーケットでサラダ、2リットルの水、バナナ4本、チーズペースト、8枚入りの食パンを買ったが10ユーロ(約1600円)しなかった。
ベジタリアン向けではあるが、7個くらい入った寿司もたったの3ユーロ。同じ内容量でベルギーなら2倍以上はするだろう。これでも、在住者からは「ベルリンの物価は年々上昇している」と聞いた。
ドイツメディア、ドイチェ・ヴェレによると、2022年の政府統計ではドイツに住む約1530万人、つまり国民の5人に1人弱が海外からドイツに移住している。
さらに500万人近くが移民の両親のもとに生まれており、過去10年間にドイツに移住した人の平均年齢は29.9歳と、平均的なドイツ出身者よりも若い。そのうち27.9%が「逃亡または亡命のため」、24.2%が「仕事を探すため」だった。
東西の若者たちを結びつけた「テクノ音楽」
「ホルツマルクト」は空地だったが、ここにあった伝説のクラブ「Bar25」の関係者が開発権を取得し、自然、芸術、ビジネスが融合した空間を生み出した。
撮影:雨宮百子
ベルリンのスタートアップ文化で欠かせない存在になっているのが「テクノ音楽」だと言われている。
日本では男女の出会いの場や酒を飲んで騒ぐ場という印象が強いが、スタートアップの出会いの場でもあり、エコシステムの一端を担っているという。
もともと1990年の東西ドイツ統合の際、東西に分断していた若者を結びつける役割を果たしたのは、クラブ文化だったそうだ。
1989年にベルリンの壁が崩壊したとき、残された廃墟に若者たちが集まったことがきっかけと言われており、BBCの記事では当時を知る人物へのインタビューとして、次のような言葉を紹介している。
「ドイツはパーティーのダンスフロアで初めて再会した。もはや東と西を区別する必要は本当になくなった」(2019年11月9日配信『Berlin Wall: 'Germany was first reunited on the dancefloor'』)
東西で文化が全く違ったにも関わらず、音楽がこの2つを結びつけたというのは興味深い。
外国人起業家に日本は「選ばれる」か
移民とスタートアップの関係は、スタートアップの先進国・米国でも強い。
非営利の調査団体、米国政策財団(NFAP)によると、米国のユニコーン企業のうち、移民が創業した企業は54.8%を占める。また77.5%のユニコーン企業で、創業者や重要なリーダーシップ職の少なくとも1人は、移民であったという。
極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が指示を伸ばしている。
REUTERS/Annegret Hilse
ただし移民の増加は、良い影響だけをもたらすわけではない。
例えばドイツでは、物価高に伴う生活苦のなかで移民への支援疲れが広がり、反移民や環境保護政策への反対を訴える極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が支持を伸ばしている。
私の住んでいるベルギーでは、主にモロッコを中心としたイスラム教の移民が多い。あからさまな差別は見かけないが、文化的な摩擦もあり「次の選挙では移民排斥の党に投票する」とこぼすベルギー人もいる。
重要なのは「馴染めるか」
移民の受け入れについては、日本でも慎重な意見が多い。
人口減少が深刻だからといって、移民を受け入れればいいという単純な問題ではない。高度な技術を持つ人々は、そもそも国を「選ぶ側」にいるし、そうではない場合は国や企業が投資をし、教育を担わなければならない。教育には長い時間がかかるし、ドイツを中心として欧州は試行錯誤を繰り返している。
ただ日本にも変化は起きつつある。福岡市や神戸市、渋谷区などでスタートアップビザ制度が始まっている。この制度は、認定自治体で1年以内に起業する見込みがある外国人が対象となり、最長1年の在留資格「特定活動」が付与されるものだ。
TOAで出会った起業家のマキシム氏は、私にこう語った。
「コロナ前は日本に移住しようかと思っていたんだ。日本は信じられないくらい豊かな文化もあるし、100年以上続くファミリービジネスも多い。
全てがヨーロッパとは違うから、歩くだけで色々なアイデアがわいてくる。こうした刺激は僕にとっては非常に重要なんだ」
日本の持つ底力を悲観しすぎる必要はないものの、ベルリンを訪問して感じた「若きエネルギー」から、日本が学ぶ点はありそうだ。