Amazonプライム年会費「1000円値上げ」が話題です。ただ、現時点でのSNS投稿を覗く限り、「これを機に解約する」という意見はそう多くない模様。このサービスの立ち位置が、実は日本経済にも効いてくるとか…。なお、画像はニューヨークのアマゾン宅配光景。
REUTERS/Brendan McDermid
アマゾンジャパン(以下アマゾン)が有料会員サービス「プライム」の年会費を1000円引き上げて5900円にすると発表した。
同社のサービス展開は多岐に渡り、それぞれの売上高が国際収支統計のどの項目に計上されるのか、筆者は個別には把握していない。
それでも一般論として、例えば、有料会員に提供される動画・音楽配信サービスの売上高は、サービス収支のうち「その他サービス」を構成する「知的財産権等使用料」、より厳密にはそこに含まれる「著作権等使用料」に該当するということは言えるだろう。
下の【図表1】に示すように、近年、著作権等使用料の赤字は拡大傾向にあり、それが知的財産権等使用料の黒字拡大の足かせになっている。
【図表1】知的財産権等使用料の推移とその内訳。グレー部分が著作権等使用料で、赤点線で囲ったように赤字が拡大傾向にある。
出所:日本銀行資料より筆者作成
アマゾンに限らず、アメリカの巨大テック企業や欧米のコンサルティング会社など外資企業が日本で上げる収益の一部は本国に送金される。
そうしたお金の流れは、インターネット広告やコンサルティングに関する収益であれば「その他業務サービス」の細目である「専門・経営コンサルティングサービス」に、クラウドサービスの収益であれば「通信・コンピュータ・情報サービス」に、それぞれ海外への支払いとして計上され、貿易赤字と同様に円売りとなる。
今回のアマゾンジャパンによる年会費引き上げも、近年拡大傾向にある「その他サービス」収支の赤字、ひいてはサービス収支の赤字をさらに拡大させることになるだろう。
「言い値」で受け入れるしかないサービス
2022年以降、世界中でインフレの嵐が吹き荒れ、日本でも身近な食料品や衣料の値上げが相次いでいる。ただ、それらとプライム年会費の値上げは多少異なる。
それは、今回のようなプラットフォームサービスの値上げは「言い値」で受け入れるしかないケースが多いということだ。プライム年会費についても、「仕方ない」と感じた利用者が多いのではないか(筆者も同様だ)。
同社のECサイト利用時に無料で配送してもらえるとか、動画配信の多くを無料で視聴できるとか、プライム会員が利用しているサービスは生活に深く根付いており、値上げを理由に解約するユーザーは多数派にはならないと推測される。
しかも、世界的に賃金は上昇傾向にあるので、プラットフォームサービスの各種価格設定は今後上がりこそすれ、下がることはないと考えられる。
なお、日本におけるプライム年会費は8月24日に実施される値上げ後もなお、アメリカ(139ドル、約2万円)の3分の1以下にとどまる。フランス(69.90ユーロ、約1万1000円)やドイツ(89.90ユーロ、約1万4000円)など欧州諸国と比べても、日本の年会費はやはり5〜6割安い。
サービス価格を設定する際の出発点となる賃金上昇率について、日本と海外の格差が大きいから、このように他国との年会費にも極端な差が生じるわけだが、あまりにも差が大きくなると(収益を維持するため)是正されることになる。
ゆえに今後もさらなる値上げの可能性が予想される。そしてそれは、その他サービス収支ひいてはサービス収支、経常収支全体にも影響を及ぼすことになる。
筆者はこれを「新時代の赤字」と呼び、注目し、また懸念してきた。
2022年のサービス収支は約5.4兆円の赤字だった。過去を振り返れば、6兆円台の赤字もあったので、未曽有の事態とまでは言えない。
しかし、注目もしくは懸念すべき状況であることは間違いない。
下の【図表2】を見れば分かる通り、10年ほど前までは「旅行」収支の大幅赤字がサービス収支赤字の主な要因だった。それが黒字転換を果たすのと前後して、「その他サービス」収支の赤字拡大が加速し、現在ではサービス収支の大半を占めるようになっている。
【図表2】サービス収支(折れ線グラフ)とその内訳(棒グラフ)。2023年については上半期の数字を使った。
出所:日本銀行資料より筆者作成
旅行収支の黒字転換には、第二次安倍政権時のビザ発給要件の緩和なども寄与したが、おそらくそれ以上に、物価変動を加味した通貨の相対的な実力を示す「実質実効為替相場(REER)」の下落・低迷を続けている影響の方が大きい。
円のREERは足元でも半世紀ぶりの安値水準で推移しており、訪日外国人観光客(インバウンド)にとって旅行先としての日本には割安感がある。
一方で、先に触れたような「デジタル、コンサル、研究開発」分野がけん引するその他サービス収支の赤字縮小、黒字転換が実現しそうな合理的理由は見当たらない。
前掲の【図表2】を見れば分かる通りだが、日本のサービス収支はインバウンド需要が何かの理由で減退すれば(つまり、旅行収支黒字が失われれば)急拡大する可能性が高い。
新型コロナの世界的大流行のような決定的な事態はそうそう起こるものではなくても、海外の経済・金融情勢次第で黒字が縮小するリスクは十分ある。
それに比べると、その他サービス収支に含まれるコンサルやクラウドサービスなどの需要は、景気動向によって契約規模など変動はあるかもしれないが、支払いが急速に消失するといった展開は想像できない。
「仕方ない」感の強い今回のプライム年会費値上げも、そのように変動しにくい支払いの文脈に位置付けられるだろう。
人工知能(AI)の劇的な進化などのトレンドも影響して、今後数年のうちにサービス収支赤字が過去最大を(場合によっては繰り返し)更新する可能性は否めない。
そのように拡大を続けるサービス収支赤字と、従前から存在する貿易赤字が重なり、(外国企業の株式配当金や債券の利子、日本企業の海外法人からの利子・配当金など)第一次所得収支の黒字でカバーできなくなった時、日本経済の発展段階は新しい局面に入ることになる。
プライム年会費の値上げからは、日本経済を待ち受けている展開の前触れやそれに伴うさまざまな論点が浮かび上がってくるが、そちらは「仕方ない」では済まされないものだ。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。