対話型人工知能(AI)「ChatGPT」に株価予測をさせたら…と考える投資家は多い。実際、簡単な質問をするだけで正確に相場を予測するのは(誰もが想像するように)不可能なのだが、専門家による実験の結果、前提次第では「驚異的な」結果が得られると…。
NanoStockk/Getty Images
1998年、既存の証券取引所を通さずに証券を売買する「代替的取引システム(ATS)」全般に関する新たな規制が導入され、コンピューターを介してインターネット上での株式売買を可能にする「電子証券取引ネットワーク(ECN)」が、正式に取引所とみなされるようになった。
それを機に、株式取引を効率化してパフォーマンスを最大化する、より新しくより高度なテクノロジーを巡る開発競争が加速した。ファンドマネージャーや投資家、トレーダーたちも、市場で優位に立つために最良のツールを探し求めるようになった。
英プライベート・エクイティのPraefinium(プレフィニウム)はおよそ20年前にそうした時流を捉えた。
同社最高経営責任者(CEO)のアルペシュ・パテルは2004年、銘柄の適切なスコアリング(点数化)およびピッキング(選別)を実現するアルゴリズムを独自に開発。株式データプラットフォーム「ShareScope(シェアスコープ)」のプラグイン(拡張機能)として提供した。
シェアスコープによれば、「アルペシュ・パテル・スペシャル・エディション」と呼ばれるこの機能は、提供開始から2021年末までに最大1214%のリターンを上げた。イギリスの代表的株価指数「FTSEオールシェア・インデックス」の同期間に92%上昇した。
対話型人工知能(AI)「ChatGPT」の登場以降、投資家やトレーダーの使うツールに新たなレイヤーが加わる形となり、パテルももちろんそのトレンドに飛び乗った。
現在は、ChatGPTの基盤技術となっている大規模言語モデル(LLM)「GPT-4」を使って、ストックピッキング(銘柄選別)プロセス(に適用するアルゴリズム)を最適化する手法について、いくつかの実験を進めている。
パテルは5月にInsiderとのインタビューに応じ、次のような2種類の実験について、中間報告的な情報を共有してくれた。
一方は「ウォークフォワード」テストで、2020年12月から2021年12月までの1年間分の過去データを入力し、それをもとに、2022年12月までの1年間に最も高いパフォーマンスを発揮する5銘柄を推定させた。
もう一方は「リアルタイム」テストで、ダウ工業株30種平均の構成銘柄について、2022年5月(3日)までの1年間のデータを入力し、その後12カ月間に最も高いパフォーマンスを発揮する5銘柄を選別させた。こちらは一種の未来予測だ。
いずれのテストでも、パテルはGPT-4に各銘柄の評価や動向を示す各種の情報を与えた上で、それらを第一線の研究者や専門家による学術論文、ファンドマネジャーの知見を活用してフィルタリングするよう、テキストプロンプトによる指示を出した。
「未来を見通す水晶玉のようなものが得られるかもしれない、『ほら、今後12カ月間で素晴らしいパフォーマンスを発揮する銘柄はこれですよ』といった予言が飛び出すかもしれない、などと心底期待しましたが、結局そんな予言は得られませんでした。そして、皆さんが今後得るのも難しいと思います。
人々が勘違いしているのはそこなのです。AIが未来予測をしてくれると多くの人が考えていますが、もちろん、そんなことはできません」
上の実験を通じて判明したのは、GPT-4には次のようなことができるという事実だった。
それは、あなたがやり終えた宿題をチェックして、あらかじめ入力しておいたデータをベースに、自分では気づかなかった間違いを発見して教えてくれることだ。
パテルが実験を通じて学んだことがもう1つあって、それは、GPT-4に正確なプロンプトで指示を出すのも最重要ステップの1つであり、軽視してはならないという事実だ。
そうした新たな気づきを背景に、パテルは(5月以降も)実験を続けた。
「Julius AI」がかなり使える
従来の実験では、パテルら研究メンバーがChatGPTのテキストボックスに株式データの増分を手作業で貼りつけていたので、使用できるデータ量にどうしても限りがあった。
最近の実験では、新たなツールの登場によりそのあたりの事情が変わった。
スプレッドシートなどのデータソースと接続し、そこに含まれる情報をGPT-4のようなLLMに使えるよう変換してくれるツール(プラグイン)「Julius AI(ジュリアスエーアイ)」を導入したことで、6800銘柄以上のデータ入力が可能になり、ChatGPTの回答やその精度の変化を確認できるようになった。
データをアップロードした銘柄もしくは投資信託は、ナスダック電子取引所(NASDAQ)とニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場しているものが対象で、パテルが銘柄選別の際に重要視するファンダメンタルズも入力項目とした。
具体的には、従業員数やフリーキャッシュフローコンバージョン(営業キャッシュフローをフリーキャッシュフローへと流動資金に変える力を示す)、借入金、税引前利益、平準化EBITDA、資本的支出(設備投資)などが含まれる。
バリュエーション(株価収益率)、成長性、配当利回り、株価モメンタム、投下資本に対する現金収益比率(CROCI)、6カ月間の騰落率、ソルティノレシオ(リスクに見合ったリターンが得られているかを示す)などに基づき、各銘柄を10点満点で独自採点した「アルペシュ・バリュー/グロース・レーティング」も組み込んだ。
それら銘柄データを含めて先述のJulius AI経由でChatGPTにプロンプトを読み込ませ、2023年6月までの6カ月間に高いパフォーマンスを発揮すると予想される銘柄を選別させた。
プロンプトと回答の詳細な中身は以下の通りだ。
プロンプト:
あなたはウォーレン・バフェットと同レベルの専門知識を持つ株式アナリストです。所与のデータを分析し、投資すべきトップ推奨10銘柄をリストアップするのがあなたに与えられたタスクです。
ただし、以下のガイドラインを踏まえて回答してください。
- 株式市場に影響を及ぼす資料や各種ファクターを徹底的に分析・理解した上で銘柄を推奨すること。また、市場動向、企業のファンダメンタルズ、投資家センチメントに関して知り得る情報を加味すること。
- 財務諸表、過去の業績、業界の動向、その他銘柄のポテンシャルに影響を及ぼす可能性のある関連情報などのファクターを考慮し、所与のデータを慎重に評価すること。
- 推奨銘柄をリストアップする際、各銘柄を選別した理由を付し、その判断の裏付けとなった主な指標やファクターを特筆事項として付記すること。また、銘柄の成長ポテンシャル、競争上の優位性、銘柄が今後直面する可能性のあるリスクや課題も踏まえて検討すること。
- あなた自身の分析に基づいてベスト10銘柄をリストアップせねばならないが、株式市場は複雑であり、ボラティリティのリスクが常に伴うことに留意してください。
- データで説明できる十分な根拠があるものを推奨銘柄とすべきですが、投資には常にある程度のリスクが伴うことに留意してください。
回答:
ウォーレン・バフェットが銘柄選別に用いるであろう基準に従って、投資すべきトップ10銘柄をご紹介します。
- ブロードコム(Broadcom)
- シスコシステムズ(Cisco Systems)
Chat-GPTは最初、2銘柄のみを回答したので、パテルはプロンプト通り残りの8銘柄をリストアップするよう追加で指示したが、フィルタリングの基準を満たすのは2銘柄に限られるため、他の銘柄をリストアップできないと回答した。
プロンプト:
アップロードした全てのデータ列を参照して、ウォーレン・バフェットが注目しそうなものだけでなく、株式の値動きに関する主要な学術論文も活用し、データにおけるそれらのファクターや指標の重要性を加味して、今後6カ月間で最高のパフォーマンスを発揮する10銘柄を教えてください。
回答:
株式の値動きに関する主要な学術論文の記述を踏まえ、さまざまな指標とその重要度を考慮した加重スコアを算出したところ、今後6カ月間のトップ10銘柄は以下の通りとなりました。
- アップル(Apple)
- ユナイテッドヘルス(UnitedHealth)
- ジョンソン・エンド・ジョンソン(Johnson & Johnson)
- エクソンモービル(Exxon Mobil)
- ビザ(Visa)
- テスラ(Tesla)
- ウォルマート(Walmart)
- 台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング(TSMC)
- プロクター・アンド・ギャンブル(Procter & Gamble)
- イーライリリー(Eli Lilly)
GPT-4が選別した上記銘柄の6カ月(2023年1〜6月)平均リターンは23.20%だった。
さらに、パテルが追加で(トップに準ずる)10銘柄をリストアップするよう指示を出したところ、以下の回答があった。
- シェブロン(Chevron)
- マスターカード(Mastercard)
- ホーム・デポ(Home Depot)
- ファイザー(Pfizer)
- アッヴィ(AbbVie)
- メルク(Merck)
- コカ・コーラ(Coca Cola)
- ペプシコ(Pepsico)
- ブロードコム(Broadcom)
- アリババグループ(Alibaba Group HD)
トップ20銘柄の同時期における平均リターンは、トップ10銘柄のおよそ半分となる約12%に低下した。一義的には製薬大手ファイザーの株価が28.5%も下落したことが足かせとなった。
Julius AIは、それぞれの回答がどのような計算によって導き出されたのかを明示するため、Pythonのソースコードを吐き出す仕組みになっている。
その可視化された計算式によれば、GPT-4は「株式の値動きに関する主要な学術論文」に従い、相対的な重要度に応じて加重したそれぞれの指標を合計する独自の採点システムを生成していた。
前出のアルペシュ・バリュー/グロース・レーティングや投下資本に対する現金収益比率(CROCI)などの指標は、ボラティリティや時価総額といった他の指標より0.05ポイント重みが置かれていた。
パテルはまた、GPT-4が回答を導き出した計算手法をレビューするのは、株式銘柄のパフォーマンスを予測させるプロセスにおいて、非常に重要なステップであることを確認した。
Julius AIの創業者でデータサイエンティストのラフル・ソンウォーカーによれば、同社のツールは予測や回帰など複雑なアルゴリズムに対応する幅広い知識を備えており、大規模なデータシートでも数秒でGPT-4向けに変換できるという。
パテルが別途、より洗練された加重システムを使って銘柄選別を行うようGPT-4に指示を出してみたところ、各指標の最適加重を決めるには、追加の機械学習が推奨されるとの逆提案を受けたという。
上記の実験との比較対象として、パテルは(ChatGPTに入力したのと)同じスプレッドシートから彼独自の基準を満たす69銘柄を手作業で選び出してみた。6カ月(1〜6月)平均リターンは20.54%で、GPT-4のトップ10銘柄を若干下回った。
ただし、パテルは全てのポジションに対して、損失を25%以内にとどめるためのストップロスオーダー(逆指値注文)を設定していたため、それがなければ保有銘柄の株価はもっと下落し、平均リターンを押し下げていた(なお、彼は実際の取引でもこの25%を戦略上の損切りラインとして普段から使っている)。
パテルの結論は、銘柄選別を行うのが生身の人間であろうとAIであろうと、株式市場に確実な保証というものは存在しないというものだ。
ChatGPTの銘柄選別能力については、入力する銘柄データを強化するなど、さらに多くの取り組みとテストが必要であり、現時点では決定的な評価は困難という。
それでも、実験全体を見渡すと、ChatGPTが導き出した回答には「驚異的な」銘柄選別と評価できる例をいくつか確認できたとパテルは語る。
とは言え、それはChatGPTにちょっと質問すればそういう銘柄を教えてくれるといった話ではない。
「(正確かつ大量の)データを入手し、(詳細かつ適切な内容の)プロンプトを入力し、私たちがやったように(データシートに落とし込むなど)すれば、銘柄選別も関連する回答を得ることももちろん可能です。
もし望むなら、基本的にはファンドマネージャーに取って代わることもできます」