ロート製薬が好調だ。ドラッグストアなどでのスキンケア商品の売上個数は、資生堂やコーセー、花王など大手化粧品メーカーを抜いて首位に。安価な「プチプラ」商品が主力ながら、売上金額も2位につけている。
スキンケア商品の「挑戦者」だった製薬会社が、なぜここまで支持を集めることができたのか。
後編は大ヒット商品を生み出した社内体制と、ロート製薬に追い風だった「成分・濃度重視」の消費者ニーズによって皮膚トラブルが懸念される現状、それを変えようとする取り組みを取材した。
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欠品続出、売上個数も金額もトップの酵素洗顔
右から2番目が「ディープクリア酵素洗顔」。8月に全国発売を開始。ロート製薬のECでは1人1個までという購入制限が今なおかかる。
撮影:土屋咲花
メラノCCが最近発売した洗顔フォーム(2022年)と日焼け止め(UV乳液)(2023年)はどちらも品薄・欠品が続く大ヒット商品になった。
特に酵素を配合した「ディープクリア酵素洗顔」は、全国のドラッグストアなどでの直近1年間(2022年7月から2023年7月)のインテージ社POSデータ(販売データ)の「洗顔・クレンジング」カテゴリーで、715円(税込)という“プチプラ”ながら売上個数・金額ともに1位を獲得した(価格はロート製薬ECサイトより)。
これまで酵素洗顔といえば「パウダー状」で、「1回使い切りの小包装」がほとんどだった。なぜなら酵素は水と混ざると安定化せず、働きが弱まるからだ。そんな中で「クリーム状」で「チューブタイプ」の同商品は画期的だ。
ロート製薬は独自の配合で、上記の課題を克服。もちろん得意のビタミンCも配合し、「毎週10万本売れる」(担当者)ほどのヒット商品になった。
社内からは「あえて苦手な洗顔、なぜ?」と反対も
プロダクト&ブランドマーケティング部部長の塚田歩さん。
撮影:土屋咲花
しかし発売するにあたって、社内では反対も少なくなかったという。
「メラノCCは美容液からスタートして、化粧水や乳液などにラインナップを広げてきました。ビタミンCを『浸透』させることをウリにしていたのに、洗い流すという真逆の商品を出すことでブランドのイメージが薄まるのではないか? という懸念があったんです。
そもそもロート製薬は洗顔料などが得意でなく、これまでもヒット商品が出るなどの成功体験がほとんどありませんでした。
『洗顔という苦手なジャンルにあえて挑戦して、好調のブランドに傷をつけたらどうするんだ』という声は相当ありましたね」
そう語るのは、ロート製薬で商品企画やマーケティングの責任者を務める塚田歩さん(プロダクト&ブランドマーケティング部部長)だ。
ヒット商品はどのように生まれ、そして発売に漕ぎ着けたのか?その秘密は組織体制にあった。
R&Dは競争の源泉、余白が大事
提供:ロート製薬
酵素洗顔はR &D部門の社員が、現在の商品の基礎となる技術、粉でなくチューブ状でも酵素を失活させない方法を開発したことが始まりだった。
会社の経営計画にのっていないものでも個人が自由に研究・開発する「オープンラボ」でのことだ。
オープンラボはR&D部門の社員が開発中の製剤などを他部門のメンバーに見てもらう試みで、R&Dの技術にさまざまな部署の意見を取り入れて商品を作り上げる、オープンイノベーションの場だ。
「R&Dはロートの競争力の源泉です。そこでオープンラボのような『余白』をすごく大切にしているのが、我々の面白さであり強さだと思います。ヒット商品は中期計画に沿って生まれるものではないですから。
『こんな面白いものできたけど、どう?』という研究員個人の提案がオープンラボにはたくさん集まっていて、営業やマーケティングなどさまざまな部署が足を運び、商品展開の可能性を探るんです。
この技術を聞いたとき、これはすごいぞと思いました。そこからはスピード勝負。兆しを感じたらすぐに市場に出していくことをかなり意識しています」(塚田さん)
前編で紹介したとおり、メラノCCはマツキヨココカラ&カンパニーグループとの協業がヒットの背景にある。このときもマツモトキヨシの担当者に商品アイデアを相談したところ、「それは大きな可能性がある」と反応は上々だった。
「その後、社内で徹底的に議論しました。不安の声も多かったですが、これだけR&Dがいいものを作ってくれて、しかもそれは今の世の中にないもので。かなり思い切った挑戦でしたが、絶対にやってみるべきだろうと」(塚田さん)
2022年3月に全国のマツキヨココカラ&カンパニーグループの店舗と、ロート製薬やアマゾンらのECで販売開始し、8月から全国に拡大。その後の売れ行きは冒頭のとおりだ。
「脱ブランド担当」、売上最大化か可能性か?
提供:ロート製薬
余白あるR&Dに加え、化粧品会社に多い「ブランドごとに部署を分ける」組織体制に「なっていなかった」からこそ、商品化できた部分も大きいという。
ブランド事業部制、ブランドマネージャー制は社員間のライバル意識や競争を煽る意味でも効果的だ。一方でロート製薬は商品ごとのプロジェクトベースで動いている。
「1つのブランドの売り上げを最大化することを考えると、ブランドごとに事業部を分けたほうが合理的です。
ただ自分が担当するブランドのことだけを考える、蛸壺化してしまうこともあるかなと。ブランドにとってもそうですし、働く人間のことを考えても、1つのブランドに担当が張り付いて何年もやるとどうしても成長が止まってしまいます。
メラノCCもブランド担当がブランドマネージャー制でやっていたら、たぶん美容液や化粧水くらいからラインナップが広がらなかったと思うんです。酵素洗顔?とんでもない、と。
社内では『脱担当』と言っているのですが、あえて色々な視点を取り入れることで、ブランドの可能性を広げるメリットがあります」(塚田さん)
たとえば塚田さんが所属するプロダクト&ブランドマーケティング部は、ロート製薬の800以上にのぼる商品企画のほぼ全てを担うが(一部食品・医療専売品以外)、人数は20名強。当然1人が複数ブランドを担当し、あえて1人が1ブランドに偏らないよう気をつけてもいる。
酵素洗顔はメラノCCの高級ラインとも言える「オバジ」にあった小包装の洗顔パウダーの、日焼け止め(UV乳液)は「スキンアクア」のトーンアップシリーズの技術や知見が活かされており、ブランドにこだわらない、組織を横断する柔軟な商品開発がヒットにつながっている。
追い風だった成分重視の流れ、皮膚トラブルの懸念も
GettyImages / NDStock
好調なロート製薬だが、同社が追い風になった背景にあるスキンケアの「成分」を重視し、しかも「高濃度」を求める消費者のニーズは、新たなトラブルも生んでいる。
「本当は医師のカウンセリングを受けて買わないといけない病院やクリニック専売の化粧品がネットで簡単に入手できたり、フリマアプリで転売されています。
こうした製品は効果が高い反面、副作用も。リスクや正しい用法を知らずに使ってしまった人たちによる、かぶれや炎症などの皮膚トラブルを懸念しています」(塚田さん)
ロート製薬はかねてより医療機関専売のスキンケア製品を生産しており、取引先の皮膚科医からこうしたトラブルを問題視する声を聞いていたという。
たとえばシミ対策などに用いられるハイドロキノンは、用法用量を間違えると色素沈着や白斑になる可能性もある。
専門カウンセラーつけて、自社ECでしか売らない
「ダーマセプトRX」シリーズ。
撮影:土屋咲花
こうした社会課題を解決するためにロート製薬が2023年5月に立ち上げたのが、「ダーマセプトRX」シリーズだ。コンセプトは「医師の問診」。ブランドサイトには併用不可の商品や、休止期間など使用上の注意を詳しく記し、気になることがあれば研修を受けたカウンセラーに電話やチャットでいつでも相談できる体制を整えた(年末年始をのぞく朝9時から夕方6時まで)。
販売はロート製薬の通販サイトのみだ。
「効果の高い成分は、正しくを使っていただくこととセットです。美しくなるために使っていただいているのに、その逆の結果を引き起こしている現状は、製薬会社として放っておけない。そんな思いでスタートしたブランドです」(塚田さん)
そんな同社が今後の競合だと考えているのが、韓国コスメだ。韓国で人気の成分を取り入れ、K-POPアイドルを広告に起用するなどしている。
「化粧品大手さんのように大規模な市場調査をして組織で商品開発をするのではなく、1人1人がその人ならではの視点でチャンスを掴んで物づくりをするのが我々の特徴です。
仕組みではなく人ベースで進めているので、変な物もポコポコ出てきたりするんですけれど、打席に立ってバットを振らないと点は取れませんから。
ここに至るまでには本当に散々失敗してきましたが、これからも今の姿勢を貫きたいと思っています」(塚田さん)