自身が設立した慈善団体CZIのイベントに登壇するマーク・ザッカーバーグ(左)と妻のプリシラ・チャン。
REUTERS/Beck Diefenbach
2022年、メタ(Meta)のマーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)と妻のプリシラ・チャン(Priscilla Chan)は、共同で率いる慈善団体「チャン・ザッカーバーグ・イニシアチブ(CZI)」の幹部たちに対して、こんな指示を出した——同団体のプロジェクトについて説明し、その正当性を示すこと。
ザッカーバーグ夫妻は約8年前にCZIを設立し、現在は共同CEOとして同団体の運営に携わっている。そのザッカーバーグ夫妻に対して、科学、教育、コミュニティといったCZIの中核領域を担うリーダーたちは、「自分たちの仕事内容を明確に説明」する必要に迫られたわけだ。
Insiderは、CZIが数十人を一時解雇した理由を説明する長文の内部文書を確認した。その文書によると、幹部たちは明確な説明を記した後、「CZI特有の課題の解決に揺るぎない焦点を当てた戦略を立てる」よう指示を受けたとのことだ。
この新たな戦略の指示が出された時期は、メタが収益成長の鈍化と株価暴落で創業以来の苦境に立たされた時期と重なる。この状況を受けて、ザッカーバーグはメタでの採用を停止し、数回のレイオフを実施することで、ウォール街にコストカッターとしての顔を売るようになった。CZIの活動は全額、ザッカーバーグとチャンがメタの成功によって蓄えた巨額の富によって賄われている。
CZIは2023年に入って2回のレイオフを実施しており、現在は同団体設立以来最大規模の組織再編の最中だ。CZIに詳しい2人の関係者によると、直近でCZIのスタッフ48人が削減されたが、同団体は2月にも採用担当者約15人を解雇していたという。ザッカーバーグはメタにおいて2023年を「効率化の年」と位置づけているが、その考えはメタにとどまらないという予兆は、この早い時期から示されていたのだ。
教育への支援に区切り
直近で行われた人員削減は第1弾よりも広範囲に及び、特に若手エンジニアを中心に教育グループに大きな影響が及んだ。ここには管理職レベルの従業員も含まれている。
チャンとCZIの教育部門責任者でプロダクト担当副社長のサンドラ・リュー・ホァン(Sandra Liu Huang)が送信した内部宛てのメールによると、CZIの幹部たちは各スタッフの業務分野を精査し、その取り組みが「CZI特有の課題」の解決にどのように資するものかを検討した結果、教育分野での慈善活動の戦略を大きく転換する必要があると考えたという。
同メールによると、CZIは設立以来、その活動の大部分を教育政策への助成に充ててきたが、今後は行わないという。実際CZIのウェブサイトを見るかぎり、2022年以降は教育政策への助成は行っていない。
それに代わり、CZIでは今後「プロダクト開発のサポート」に対して重点的に助成する、と前述の内部文書にはある。また、組織の活動の一部をサポートするためにAIへの投資を計画している。
「AIが私たちの活動にどのような影響を及ぼすかをよりよく理解できるように、組織全体で(中略)スタッフを教育する必要があります。私たちはそのために投資するつもりです」(内部文書より)
CZIはこれまで教育関連のプロダクト開発に多額の投資を行ってきたが、CZIの2つの主要なプロダクトに携わる人員が直近のレイオフの対象となったと、この件に詳しい人物とInsiderが確認した内部文書は伝えている。
この2つのプロダクトとは、よく知られた「サミット・ラーニング(Summit Learning)」と「アロング(Along)」のことだ。どちらも、チャンが取締役を務める非営利団体グラディエント・ラーニング(Gradient Learning)が、CZIからの助成金を使って開発した市販のデジタルツールで、開発は主にCZIとメタの技術スタッフが担当している。
CZIのウェブサイトによると、CZIは2018年以降、グラディエントに約1億3000万ドル(約188億円、1ドル=145円換算)を支援しており、最後の支援は2022年に行われている。
CZIは「戦略の刷新」の一環として、サミット・ラーニングへの支援方法を「転換」していると述べているが、CZIに詳しい人物によると、実際には同プログラムへの支援を完全に終了しようとしているという。
InsiderがCZIの広報担当者に問い合わせたところ、CZIがサミット・ラーニングに対する金銭的な支援をすべて打ち切ったという見解は誤りだと答えたものの、明確な説明はなく、それ以上のコメントは得られなかった。
サミット・ラーニングは2020年時点で約400校で採用されている。また、カリフォルニア州とワシントン州でチャータースクール(編注:独自の教育哲学を持ちながら公費で運営される、公設民営の学校)を運営するサミット・パブリックスクール(Summit Public School)の各校にも導入されている。同パブリックスクールは2018年以降CZIから約3000万ドル(約43億5000万円)の支援を受けている。
サミット・ラーニングのプログラムは、教師が生徒に与える課題を収集整理し、生徒を指導し、生徒の進歩をよりよく追跡することを可能にする、優れたテクノロジーツールだとCZIは評する。
しかし近年、コロラド大学ボルダー校の国立教育政策センターが2020年に公表した報告書などによって、同プラットフォームの成功の謳い文句に疑問が呈され、「大量の生徒データ」が収集されることへの懸念が提起されるなど、生徒や専門家からの批判に直面している。
また2023年6月には、2つのキャンパスを持つサミット・パブリックスクールが、資金不足を理由に全面的に閉鎖した。
「教育分野はもってあと2年」
CZIの約500人の従業員に示された新戦略とは、新たな教育プロダクトを見出すことである。「一度に多くの新しいアイデアをインキュベートし、迅速に研ぎ澄ましていく」と文書には書かれている。
特に、多くの機能を備えた幅広いプラットフォームではなく、特定の機能に特化したテクノロジー製品に注力することになるとのことで、そうしたプロダクトは前述の文書では「ポイント・ソリューション」と称されている。
ただしある関係者の話では、CZIは2023年に新たな教育関連のプロダクトを発表する予定はないという。
CZIが若手エンジニアの大半を削減したのも、新しいプロダクトを必要としているがゆえのことだ。
「私たちの組織は、別の戦略に沿って、つまりより安定した単一の学習プラットフォームを視野に置いて構築されたため、この次の段階に進むにあたっては単純に若手が多すぎるのです」(前述の文書より)
前述の文書では、新しい教育戦略について、「エネルギッシュでエキサイティングなものになる」と自信を持って綴られている。
しかし、CZIの事情を知る複数の関係者は、CZIは教育を「柱」としながらもそれを放棄することになるという、既視感のある未来が見えるという。2021年、CZIは政策と関連する刑事司法アドボカシーにフォーカスする活動を事実上終了した。政治は、教育やあらゆる疾病の撲滅と並んで、CZIの設立当初の重点活動分野だったにもかかわらず、だ。
CZIの現在の教育分野での活動について知る人物は、次のように話す。
「教育分野も、もってあと2年じゃないでしょうか」