「ホタテのヘルメット」「アカデミー賞の活用」……国際広告祭カンヌライオンズ受賞作から読み解く、2023年のデザイントレンド

髙田尚弥

2023年6月、フランス・カンヌで開催された世界最大級の広告祭「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル2023(以下、カンヌライオンズ)」

今年で70周年を迎えた歴史ある祭典に、筆者は2022年に続きデザイナーとして足を運んだ。

今回の受賞作を見て感じたのは、「人権」「サステナビリティ」「文化」というテーマに向き合っていることだ。

受賞作はどれもデザインの力を活用して鮮やかな課題解決を図っていて、ビジネスパーソンとして学べる部分も大きい。

そこで今回は、2023年のデザイン部門(Design Lions)でゴールド(金賞)を受賞した5作品(うち2つは日本の作品)とグランプリの1作品をピックアップし、デザイナー目線の解説を踏まえながら紹介する。

※作品紹介は、出品者のカンヌライオンズ応募資料を参考にしています

1.人権×デザイン

■アカデミー賞とスターの影響力を活用「The COST of GOLD」

URIHI YANOMAMI「The COST of GOLD」(ブラジル)。

ブラジルのアマゾン森林に住むヤノマミ族は、保護地に侵入した金の違法採掘者からさまざまな被害を受けている。大量の水銀で川を汚染し、魚を死滅させ、ヤノマミ族にも飢餓や病気を引き起こし、時には抵抗するヤノマミ族が殺害されることもあるという。

このような深刻な人道危機はメディア、ブラジル国民、政府から注目を集めていなかった

そこで、ヤノマミ協会とブラジルのクリエイティブエージェンシーDM9は、世界的なイベントであるアカデミー賞授賞式を利用

多くの人の憧れであるオスカー像は、素材として金が使用されているが、それは同時にヤノマミ族に死を引き起こしている素材だ。その事実を訴えるために、ヤノマミ族の職人が粘土に手描きで装飾した像を作成し、受賞者に渡したのだ。

スターたちは、この「金を使わない」像をSNSなどに写真付きで世界に発信。ブラジルでは主要新聞の一面で特集され、数十のテレビ局が話題にした。この像とメッセージにより、違法な金の採掘者を追放する動きが強まったという。

アカデミー賞の舞台やスターたちの影響力を使って広めることで、深刻な問題に目を向けるきっかけを作った事例と言える。

■聖書を活用し中絶の権利を訴える「THE CONGREGATION」

PO DHER「THE CONGREGATION」(カナダ)。

アメリカでは、1973年に人工妊娠中絶を認めた「ロー対ウェイド判決」が、2022年6月24日に最高裁判所により覆され、中絶の権利が剥奪されてしまった。

そこで女性の権利や健康を守る非営利団体podHERは、人工妊娠中絶を権利として主張するコミュニティを作りたいと考え、憲法に「議会は特定の宗教の実践を禁止するいかなる法律も制定してはならない」と明記されていることに着目。

人工妊娠中絶を選択する権利を主な教義とする宗教を新たに立ち上げた。また宗教が認められるには、核となる信念を文書化しなければならないため、「聖書」を作成。

この聖書は多くの人が共感しやすいようにデザインされている。ページを開けばそのまま抗議に使えるポスターになり、声を大にして伝えるためのメガホンを作ることもできるのだ。さらに、マップをスキャンすれば米国の中で安全かつ合法な中絶ができる場所を見つけられる仕掛けもある。

意見の対立が起きやすい繊細な問題に対して、多様な考え方が認められている宗教の力に着目し聖書をデザインするというアイデアを形にした。


2.サステナビリティ×デザイン

■ドイツの日系スタートアップが展開。藍染の可能性をひらく「AIZOME WASTECARE」

TEXTILES「AIZOME WASTECARE」(ドイツ)。

国連貿易開発会議(UNCTAD)によると、ファッション産業は世界第2位の汚染産業とされている。さらに、繊維産業は世界の水質汚染の約20%の原因になっているというデータもある。廃水の無毒化や適切な処理は、業界全体で取り組むべき大きな課題だ。

ドイツ・ミュンヘンを中心に展開する日系繊維スタートアップのAIZOMEは、日本で古くから伝わる藍染に着目。染色時に超音波を使用する藍染技術を開発し、これまで職人の手作業だった技術の自動化を実現した。

「AIZOME WASTECARE」は、そんな藍染の染色工程の中で廃棄される水を利用したスキンケア製品だ。

廃水を使ってスキンケア商品を作るというアイデアに加え、藍染の工程を追体験できるようなスキンケアキットのパッケージデザインにも注目したい。

藍染が持つアイデンティティや魅力を活かし、新たな形に昇華したプロダクトと言えるだろう。

■ホタテ貝の殻から生まれた「SHELLMET(ホタメット)」

SHELLMET「SHELLMET」(日本)。

ホタテの水揚げ量日本一を誇る北海道猿払(さるふつ)村では、ホタテを加工する際の水産廃棄物として大量の貝殻が問題になっている。

積み重なる貝殻による異臭や、貝殻の一部に含まれる重金属が放出されることによる地下水汚染などの環境上の悪影響があった。

こうした問題に対し、甲子化学工業株式会社(大阪市)は、ホタテの貝殻の主成分が炭酸カルシウムであることに着目し、新素材として再利用する方法を模索。

ホタテ貝の殻を100%リサイクルして作られた世界初のヘルメット「SHELLMET」(日本名:ホタメット)が生まれた。

ユニークだと感じたのは、貝殻から着想を得た「生物模倣(バイオミミクリー)」を採用している点。見た目の美しさもさることながら、特殊な構造により、通常の形状よりも30%ほど耐久性が高く機能的にも考えられたデザインなのだ。

このイノベーションは国内外で評価され、サステナビリティをテーマとする2025年大阪万博の公式防災ヘルメットにも採用されている。


3. 文化×デザイン

■日本全国をつなぐ現代版スタンプラリー「MY JAPAN RAILWAY」

JAPAN RAILWAY 150TH ANNIVERSARY CAMPAIGN「MY JAPAN RAILWAY」(日本)。

人々の鉄道への関心が希薄になっているという課題感から、鉄道開業150周年を迎えたJR各社と電通がタッグを組み、人々と鉄道がよりつながるためのキャンペーン「MY JAPAN RAILWAY」。

狙いは、パンデミック中に海外旅行が制限される中で高まった国内旅行への関心を最大限に高め、人々に日本の美しい名所への訪問を促すこと。

そして、日本中の駅に独自のアイデンティティを吹き込み、駅を単なる交通のアクセスポイントから、人々がつながりを感じることができる目的地に変えることだった。

そこで、元々日本の鉄道各駅で楽しまれてきた伝統的なスタンプラリーの文化に着目。乗客とのインタラクティブなコミュニケーションを図れないかという発想からこのキャンペーンは始まった。

全国のJRの駅を調査し、歴史的な記録、新聞記事や写真、ソーシャルメディアをリサーチ。それをもとに、全国約600駅それぞれの木版画風のスタンプと、訪れた各駅のスタンプを集めるスマートフォンのウェブアプリを作成した。

アプリでは、他の人が何人同じスタンプを収集したかを確認することができ、他の旅行者と体験を共有している感覚が生まれるなど、レトロ感を残しながら新たなトレンドを生み出すオンライン/オフラインでの体験を可能にした。

多くの人に楽しんでもらえるスタンプラリーの仕組みで人々の関心を高め、JR各社に利益をもたらすだけでなく、全国の地域経済の活性化・文化の継承にも貢献した実例だ。

600のスタンプは、その土地ごとの文化を作ってきた人たちが自分でも気づいていなかった魅力を再発見する力を持っている。

■言語と文化を継承する「ADLaM」(グランプリ)

MICROSOFT 365「ADLaM」(アメリカ)。

西アフリカに住む世界最大の遊牧民集団、フラニ族。母語であるプラール語は元々話し言葉のみの言語で、何世代にもわたって書き言葉が存在していなかった。

文字の読み書きができない人も多く、過去に書かれた記録や詩、歌、物語はさまざまな外国のアルファベットを組み合わせたものであり、プラール語独自の言葉の意味やニュアンスはフラニ族の伝統とともに失われつつあった

30年ほど前のこと、そんな人々の言語を守ろうと決意したフラニ族の兄弟、イブラヒマ・バリーとアブドゥライ・バリーは、プラール語の手書きアルファベットADLaMを作成。それを現代のコミュニケーションとして機能するには、デジタル上で使用できるフォントを生み出す必要があった。

今回マイクロソフトは、プラール語をデジタル上でも残していくため、バリー兄弟と協力してADLaMを再構築し、PCやスマホなど各種デバイスでの使用を可能にした。

これにより、フラニ族の教育、ビジネス、ソーシャルツールでの活用がさかんになり、言語と文化の両方がデジタル上でも生き続けることになったと言う。

文化を守り、再構築するためのデザインアプローチ

髙田尚弥

2023年のカンヌライオンズで特に印象的だったのは、「文化」というキーワードだ。変化の激しいこの時代には、取り残され、人知れず消えていく文化も多いだろう。

一方で、企業として文化の価値を見出し、デザインの力で守り再構築していく動きも加速している。

デザイン部門グランプリを受賞したADLaMは、まさにデザインの専門領域であるタイポグラフィを使用したソリューション。今後も文化を残していくために、なくてはならないデジタル上の文字として、人々のアイデンティティそのものをデザインした。

今回、「人権」「サステナブル」「文化」という3つのテーマでカンヌライオンズのデザイン部門受賞作を紹介してきた。その背景には、こういった大きなテーマの課題解決に世界の先進企業が向き合っている事実がある。そしてこの傾向は今後もより高まっていくだろう。

課題解決型のアプローチが主軸になっていく中、これまでにない、より本質的なソリューションを生み出すために、デザインの力がより重要になるのではないだろうか。

課題の規模や背景は異なれど、さまざまなデザインのアプローチを知っておけば、企業活動で応用することもできる。その上で、自社の強みや価値を捉え直し、適切な形でデザイン・発信していけば、社会にインパクトを与えることができるだろう。


髙田尚弥(たかた・なおや)
ブランドジャーナリズム クリエイティブディレクター/デザイナー

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