大幅賃上げでも喜べない理由。ついに「高卒正社員の初任給」が最低賃金を下回った日本

一人の男性

賃上げが進む一方で、高卒初任給の上昇はわずかだった。

撮影:今村拓馬

2023年の春闘は30年ぶりの大幅賃上げとなった。

定期昇給分とベースアップの賃上げ率は前年比3.58%増の1万560円(連合の最終集計)となり、岸田文雄首相をはじめ経団連、労働組合の連合の政労使そろって、その成果を自画自賛している。しかし本当に喜ぶべきなのだろうか。

気になる数字がある。

今回の春闘では、高卒初任給に相当する「企業内最低賃金協定」の要求・交渉も実施されたが、高卒初任給はほんのわずかしか上がっていないのだ。

高卒初任給は「最低1000円」

企業内最低賃金協定

出典:連合「2023年春季生活闘争まとめ」

連合の集計によると、のべ1425組合が高卒初任給の引き上げについて交渉し、基幹的労働者の定義を定めている場合の最低賃金の妥結・回答額は、単純平均で月額17万2339円、時間額で1068円だった。基幹的労働者の定義を定めていない場合は、平均で月額17万937円、時間額は1000円だった。

交渉前の水準に比べて前者は時間額で37円、後者は28円のアップしたにすぎない。

これから正社員として入社する高卒初任給なので当事者がまだ会社にいないとはいえ、在籍社員の1万円アップに比べてあまりのケチぶりである。

例えば、ユニクロを運営するファーストリテイリングが、初任給を年収25万5000円から30万円に引き上げるなど、大手企業が大卒初任給の大幅アップを続々と発表したのとは対照的だ。

法定最低賃金の方が高い異常事態

お金

最低賃金が引き上げが続いている。

撮影:今村拓馬

もっと驚くのは、賃金のセーフティネットである法定最低賃金をついに下回ったという事実だ。

7月29日に中央最低賃金審議会は各都道府県をA、B、Cのランクに分けた最賃額改定の目安を示した。具体的にはAランク41円、Bランク40円、Cランク39円だ。この目安に基づいて各都道府県の最低賃金審議会で新しい最低賃金が決定され、10月1日から適用される。

8月18日には全国の最低賃金の引き上げ額が出そろい、全国平均は目安通りに最賃が改訂された場合の1002円を上回る1004円となった。春闘で妥結した高卒初任給の時間額1000円を上回った

またAランクの東京都の最低賃金は1072円から41円アップして1113円、神奈川も1071円から1112円に上昇、他のAランクの埼玉、千葉なども1000円を超えることが決定した。また、Bランクの京都、兵庫も初の1000円を超えた。とくに兵庫は目安の40円を1円上回る41円アップとなっている。

兵庫だけではない。佐賀は国の目安を8円も上回る47円、島根(上げ幅は47円)や鳥取(同46円)、山形(同46円)も国の目安を7円も上回り、多くの県で目安以上のアップで決定している。

高度経済成長の前に逆戻り

会社員

撮影:今村拓馬

そもそも最賃は文字通り法律が設定した最低レベルの賃金だ。正社員・非正規に関係なく地域別最賃額以上の賃金を支払わなければ法令違反となり、50万円以下の罰則が科される。

最賃はこれまでパート・アルバイトなど非正規社員の賃上げの役割を担ってきたが、ここにきて正社員(高卒)の領域にまで影響が及んでいる。

もともと日本の最低賃金制度は1959年、当時多かった中卒初任給の最低額を決定する業者間協定方式を法制化したものだ。

労働者を抜きに使用者だけで中卒初任給を基準に最賃を決める方式に労働組合からも批判が相次ぎ、1968年に法改正により公労使の審議会方式が基準になった。その後、現在につながる全都道府県での地域別最低賃金や目安制度が発足した。

つまり最賃の出発点は、中卒初任給を下回らないとする、まさに最低の賃金水準だった。

その後、高度経済成長期には人材獲得競争が激しくなり、全体の賃金が上昇。高卒・大卒で就職する人が増えたこともあり、高卒の初任給が最低賃金を大きく上回る額になっていった。結果、最賃は急増した主婦パートやアルバイトの賃金の底上げの役割を担うようになった。

しかし、今や高卒初任給が最賃を下回るという65年前の状況に逆戻りしている。

軒並み「都の最賃以下」に沈む

連合

2023年のメーデーで壇上に立つ連合・芳野友子会長(中央)。

REUTERS/Issei Kato

前述した春闘での妥結額は時間額で平均1000円、月額17万937円だった。

10月に引き上げられる東京都の最賃1113円を月額換算すると、17万8080円(1113円×160時間)になる。高卒の初任給は、東京都より7143円も低い額になってしまうのだ。

もちろん初任給が時給換算で最低賃金よりも低いと、最低賃金法違反となる。

しかし、今年の春闘で企業内最低賃金協定の交渉を実施した主要な産業別労働組合の平均妥結額は以下のように東京都の最賃を軒並み下回っている(連合集計)。

  • 電機連合……17万3073円
  • JAM……17万1422円
  • 基幹労連……17万2766円
  • 電力総連……17万7350円
  • UAゼンセン……17万7097円
  • 自動車総連……16万8721円

電機連合は電機メーカー、JAMは中小の製造業、基幹労連は鉄鋼・重機、UAゼンセンは繊維・流通業の産業別組合である。この中には全国に工場や支店・店舗などの事業所がある大企業も含まれる。

経営者は「最賃」を様子見か

正社員として雇う以上、パートやアルバイトのように地域で格差をつけるわけにもいかない。全国統一の初任給とするには東京都の最賃以上にする必要がある。

実際に昨年の最賃引き上げを受けてエン・ジャパンが実施した調査でも従業員1000人以上の企業で「最低賃金を下回るため、賃金を引き上げる」と回答した企業が4割にのぼった。(「400社に聞いた『最低賃金改定』実態調査」、2022年9月22日)。

実は2023年の最賃に関しては、岸田文雄首相も「加重平均1000円を目指す」と表明するなど、大幅な引き上げが当初から予想されていた。にもかかわらず、なぜ春闘では小幅な賃上げにとどまったのか。

ある産業別労働組合の幹部は、こう語る。

「経営側との交渉では『最賃が大幅に上がれば、今の高卒初任給では保ちませんよ。最賃が決まる前に引上げるべきだ』と言い続けてきた。しかし、最賃を見てからという様子見の経営者も多かった

あえてアルバイトを選ぶ若者も

男性の後ろ姿

撮影:今村拓馬

最賃引上げが予想できたにもかかわらず、企業内最低賃金(高卒初任給)の引き上げを渋った結果、今後企業は最賃に見合った賃金の改定を行うことになる。

一方でこうした企業の姿勢は、現下の人手不足の状況と矛盾する。とくに企業は今、高卒人材の獲得に苦慮している。

前出の幹部は「以前のように高卒が欲しくても採れない状況にある」と話す。

「工業高校でもトップクラスの生徒は大学に進学し、採れる人材は少ない。大手企業では新たに社員寮を建てるなどアピールしているが、必要な人員を確保するのが難しくなっている」

人材の獲得だけではなく、入社後も定着しないという離職リスクも抱える。

厚生労働省が2022年10月に発表した就職後3年以内の新規高卒者の離職率は35.9%だ。

4割弱が辞める現状において、仮に初任給を東京都の最賃と同じにしても、今では東京都のアルバイト・パートの募集平均時給は1237円だ(リクルート調査、2023年6月度)。

会社の給与よりバイト代が上回れば、ちょっとしたきっかけで離職してしまうことになりかねない。

実際に会社勤めより、アルバイトのほうが気楽でよいと考える若者もいる。高卒初任給の低さがフリーター志望の若者を増やすという社会的リスクも内包してるのだ。

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