日米韓軍事協力「歴史的合意」が抱える三つの不安。バイデン氏の健康不安で瓦解の恐れも…

キャンプ・デービッド 岸田文雄

アメリカの首都ワシントン郊外の米大統領山荘「キャンプデービッド」で会談した三カ国首脳。左から、韓国の尹錫悦大統領、アメリカのジョー・バイデン大統領、日本の岸田文雄首相。

REUTERS/Evelyn Hockstein

日米韓首脳会談が8月18日、アメリカの首都ワシントン郊外の米大統領山荘「キャンプデービッド」で開かれ、3カ国の軍事協力を台湾海峡にも拡大することで合意した。

バイデン大統領は「前例のないレベルの協力」「歴史的な合意」と成果を強調し、中国との対立を際立たせた。3カ国の軍事協力は果たしてスムーズに進むのか、その先には「三つの不安」が横たわる。

「台湾海峡」の重要性を再確認

まず会談での合意内容をまとめる。

会談後、今後の協力指針になる「キャンプデービッド原則」(以下「原則」)と、合意の成果をまとめた共同声明「キャンプデービッドの精神」が発表された。

この「原則」には以下のような内容が盛り込まれた。

  1. 自由で開かれたインド太平洋を推進。力または威圧による一方的現状変更の試みに強く反対
  2. 東南アジア諸国連合(ASEAN)および太平洋島しょ国と緊密に連携
  3. 北朝鮮の完全非核化へのコミットメントのもとで団結
  4. 台湾海峡の平和と安定の重要性を再確認

では、共同声明での具体的合意は何か。こちらも主なところを以下に列挙しよう。

  1. 日米同盟と米韓同盟の戦略的連携を強化、日米韓の安保協力を新たな高みへ引き上げ
  2. 地域の挑戦、挑発、脅威に対し3カ国の対応を連携させるため迅速に協議
  3. 日米韓首脳会談の毎年開催、外相・防衛相・国家安全保障局長の毎年の会合と財務相、商務・産業相会合の立ち上げ
  4. 日韓防衛へのアメリカ拡大抑止コミットメントは強固。自衛隊と米韓両軍の共同訓練を毎年開催
  5. 世界規模のサプライチェーン(供給網)の混乱に関する政策連携を強化、経済安全保障のため世界の供給網に関する早期警報システム構築

このほか、(3カ国会談とは別途、同日行われた)日米首脳会談では、極超音速滑空ミサイルの共同開発開始についても合意した。

日米韓が軍事協力を深める「狙い」

日本の大手紙は、「日米韓、安保・経済で新時代」(日本経済新聞、8月19日付)、「日米韓安保強化へ」(朝日新聞、8月20日付)などと題して一面トップで伝えた。

しかし、アメリカ外交における数々の歴史的会談の場となってきたキャンプデービッドへの招待という「舞台回し」に幻惑されてはならない。

日米韓の新たな安全保障枠組みの位置付けを簡単に説明するなら、日米豪印の4カ国枠組み「クアッド(Quad)」、米英豪3カ国の安全保障協力枠組み「AUKUS(オーカス)」と並んで、米中対立を「新冷戦」思考に基づく陣営対立としてあおるものと言える。

この枠組みの登場は、東アジア情勢の緊張を高める危険がある。

上で紹介した「原則」と共同声明の内容と、バイデン氏の戦略を振り返りながら、日米韓軍事協力の狙いと問題点について、注目すべきポイントを次の3点にまとめよう。

第1に注目したいのは、日米韓首脳会談を主導したバイデン政権の狙いだ。

バイデン外交は、同盟関係の再編強化と国際協調の2本柱からなる。

日米が進める「インド太平洋戦略」が打ち出した「統合抑止力」の強化とは、同盟国に大軍拡を求め、「核の傘」を含む拡大抑止と統合して、中国との戦いを有利に進めようとするものだ。

統合抑止力強化の第1ステージでは、日米安保を「地域の安定装置」から「対中同盟」に変え、台湾問題に共同対処する枠組みを再優先した。台湾有事の際、日米が一体となり中国と軍事的に対峙する「共同作戦計画」も始動した。

米台間でも、史上最大規模の武器供与から米高官の訪台による政治関係の強化、米陸軍顧問団の台湾軍訓練の観察・指導など、軍事協力が前進した。

さらに岸田政権が2022年12月、(1)防衛予算を5年でGDP比2%に倍増(2)敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有(3)台湾有事の際に対中軍事作戦を日米で統合運用、を柱とする「国家安全保障戦略」など安保関連3文書を閣議決定したことで、「米日台安保協力」を中心とする第1ステージはわずか2年で格段に前進した。

そして、拡大抑止力強化の第2ステージとして、バイデン氏は文在寅(ムン・ジェイン)前政権下で漂流した米韓同盟を再構築、慰安婦・徴用工問題で悪化した日韓関係も立て直して、日米韓の軍事協力強化を設定した。それが今回のキャンプ・デービッド会談だ。

これにより、アメリカをハブ(中心)とする「米日台韓」の横断的集団安保体制の基盤が完成した。バイデン政権はさらに、朝鮮半島有事と台湾有事の際、在韓米軍と在日米軍を有機的に結合させる体制づくりも狙っている。

東アジアでヨーロッパの「北大西洋条約機構(NATO)」のような集団的安保体制ができなかったのは、歴史問題をめぐる日韓の対立と、日本国憲法9条の制約があったからだ。

だが日韓首脳会談での急転直下の和解と、日本の集団的自衛権の行使容認、専守防衛路線の転換によって、環境は大きく変化した。

朝鮮半島で核拡散の恐れ

第1の説明が多少長くなったが、注目すべき第2の点は、日米韓軍事協力が朝鮮半島の核拡散につながる懸念だ。

冒頭に紹介した両文書は、「朝鮮半島の非核化」ではなく、「北朝鮮の完全非核化」と明記した。それまでの、朝鮮半島の非核化という表現には、北朝鮮による核開発の停止のみならず、アメリカには核を持ち込ませず、韓国の核保有をも禁止する含みがあった

しかし、状況は変わった。

ロシア・ウクライナ戦争で、アメリカは「代理戦争」に徹し、開戦直後に「核不使用」を誓約した。

それは韓国にとって、アメリカの「核の傘」の信頼性を損なうものと映った。「米政権はサンフランシスコを犠牲にしてソウルを選ぶだろうか」との疑念が、韓国国民の間に広がる。

そうした世論の変化を受け、アメリカの韓国防衛への疑念を強めた尹政権は、「核の傘」を含む拡大抑止重視の意向をたびたび表明するようになり、今回行われた米韓首脳会談では、拡大抑止の「強化を進める」ことで合意した。

尹大統領が訪米した4月の米韓首脳会談では、(1)核搭載の原子力潜水艦の韓国への派遣(2)敵への反撃も含めた核抑止のための局長級「米韓核協議グループ(NCG)」の新設(3)北朝鮮が核を使った場合はアメリカが確実に核報復、の3本柱から成る「ワシントン宣言」を発表した。(2)については、有事の際の「核共有」を念頭にした準備では、との観測も出た。

拡大抑止の容認は、2018年のトランプ大統領と北朝鮮の金正恩総書記による初の米朝首脳会談での「朝鮮半島の非核化」合意からの後退を意味する

北朝鮮は日米韓によるこの新たな「核拡散体制」を批判し、ミサイル発射実験の頻度をさらに高め、朝鮮半島情勢をいっそう緊迫化させる恐れがある。

中国・ロシア・北朝鮮の軍事協力、可能性は低い

第3に注目すべきは、日米韓軍事協力に対する中国の対応だ。

中国国営の新華社通信は8月20日、「冷戦の残り火駆り立て」というタイトルの論評を発表、日米韓軍事協力を「冷戦の妖怪をよみがえらせる危険な動き」と批判した。

日韓識者の間では、中国が日米韓に対抗し「中ロ朝首脳会談」を開くのではとの観測も出ているが、中国側は「新冷戦」構造作りの挑発には乗らないだろう。

その根拠の一つは、北朝鮮の首都・平壌で7月27日に開かれた朝鮮戦争「休戦協定締結70年」の軍事パレードに、ロシアはショイグ国防相を派遣したのに対し、中国は格下の李鴻忠・共産党政治局員を送ったことだ。

中国はロシア、北朝鮮との軍事協力強化を突出させたくない。米中対立の行方を左右する中東や中南米諸国など「グローバルサウス」と呼ばれる新興・途上国からの支持を失う恐れがあることもその理由だ。

日米韓軍事協力は狙い通りに進むのか

では、日米韓の軍事協力は狙い通りに進むのか。その先には「三つの不安」が横たわると筆者は考えている。その中身を説明しよう。

まずは、尹政権の不安定さ。世論調査会社の韓国ギャラップが8月11日に発表した大統領支持率は35%、不支持率が57%。ここ数カ月は低水準の横ばいが続き、人気は低迷している。

韓国では対日政策をめぐる「保守対革新」の亀裂が深い。日韓和解という前政権からの路線転換が、尹政権の命取りになる恐れは消えていない。2024年4月に予定される国会議員選挙がリトマス試験紙になるだろう。

冒頭で紹介した共同声明が日米韓首脳会談の定例開催をうたい、バイデン大統領が会談の「制度化」「固定化」を強調したのは、3カ国連携の「もろさ」の反映だ。

韓国で政権交代となれば、軍事協力にブレーキがかかる不安は消えない。日本と韓国の間では、外務・防衛相による「2プラス2」も実現しておらず、政府間の信頼関係も十分ではない。

日米韓軍事協力のもう一つの不安は、韓国経済の対中依存度の高さにある。

日本貿易振興機構(JETRO)によると、2021年の韓国の前輸出に占める中国向けの割合は25.3%で、香港を加えれば31.1%にも上る。

その状況を踏まえ、JETROは「対中輸出の好不調が韓国の輸出全体に、ひいては韓国経済に大きく影響を及ぼす」と分析する。

また、韓国紙ハンギョレ新聞(2022年1月12日付)によれば、韓国が2020年に中国から輸入した半導体は179億3000万ドルと、半導体輸入額全体の39.5%を占める。

日米韓共同声明は、半導体サプライチェーンでの政策連携の強化をうたうが、韓国と台湾の半導体メーカーは競合関係にあり、対中結束は難しい。

韓国政府が米軍の地上配備型ミサイル迎撃システム「THAAD」配備を決めた時は、中国が厳しい経済報復措置を発動した。韓国が台湾問題で米日と軍事共同歩調をとれば、再び中国の経済報復を受ける可能性が高い

日米韓軍事協力が抱える三つめの不安は、集団安保体制のハブになるアメリカ、81歳のバイデン大統領の肉体的・精神的衰えだ。

バイデン氏は6月初め、コロラド州で空軍士官学校の卒業式に出席した際、壇上で転倒した。

今回の日米韓共同声明ではASEANとの連携を強調したものの、当のバイデン氏が、9月上旬にインドネシアで開かれる東アジアサミットなどASEAN関連の首脳会議を欠席する見通しと伝えられる

5月の広島サミットでは、岸田首相を「大統領」と言い間違えた。6月にはコネティカット州での集会演説で、何の脈絡もなく「女王陛下万歳!」と叫び、聴衆を唖然(あぜん)とさせた。

次期大統領選挙では、共和党最有力候補のトランプ前大統領(77歳)との高齢候補同士の「一騎打ち」の可能性がささやかれる。しかし、健康不安が表面化した現在、バイデン氏が民主党の大統領候補者として再選を目指せるかどうか、不安は尽きない。

もし政権交代となれば、「統合抑止力」強化に向けたアジア戦略が水泡に帰す恐れもある。そうなれば米中対立の構造自体に大変化をもたらしかねない。

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