Masafumi Nakanishi/Getty Images
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
いまやホワイトカラーの仕事だってどんどんAIがやってくれてしまう時代。今後は「肉体を使う仕事の価値が上がることは間違いない」と入山先生は指摘します。ただし従来のような肉体労働ではありません。先生が考える、これからの人間に求められる3つの要素とは?
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高学歴なのにブルーカラーを選ぶ理由は?
こんにちは、入山章栄です。
最近、中国ではホワイトカラーの仕事を捨てて、バリスタやレジ係といったブルーカラーの仕事に就く若者が増えているのだとか。
今回はホワイトカラーやブルーカラーといった仕事の分け方や、AI時代の働き方について考えてみましょう。
BIJ編集部・常盤
Business Insiderの記事「中国では『頭を使わなくていい』特別なスキルを必要としない仕事を選ぶ若者が増えている?」には、大学院を出て高給取りのコンサルタントになったものの、バリスタへと転身した女性が登場します。転職の理由は、「自分とはあまり関係のない成果に人生を捧げていること、自分は取り換えの利くネジに過ぎないことが空しくなった」ことだとあります。
この記事を読んで考えたのですが、生成AI全盛期になると、これまで高給とされてきたホワイトカラーの仕事がむしろコモディティ化し、逆にAIではできない肉体労働のブルーカラーの価値が相対的に上がってくるのでしょうか?
そうですね。議論を掘り下げる前に、Z世代のBusiness Insider Japan編集部・荒幡温子さんはこれについてどう思いますか?
BIJ編集部・荒幡
実は共感する部分がありました。この記事について友達と話していて、「究極の幸せは晴耕雨読かもしれない」「もっと生活に集中したいよね」という話になったんです。
「生活に集中する」とは、どういうことでしょう?
BIJ編集部・荒幡
例えば毎日食べるものを、贅沢じゃなくていいけど、めちゃくちゃ凝ったものにするとか。いまはNetflixとか、一日中家にいても楽しめるコンテンツが豊富にありますよね。だから頭を使わない、ストレスの少ない仕事に就いて、必要最低限の収入で生きていきたいという気持ちはよく分かります。
まさに現代は、生きていくために必要なコストが昔に比べて下がっている「限界費用ゼロ円社会」ですからね。だからそこそこの収入が得られればいい、という考え方ですね。
BIJ編集部・常盤
若者はそういうふうに思うんですね。ということは生成AIがもっと活用されるようになると、ホワイトカラーの仕事はどうなるのでしょうか?
そうですね。まず、ホワイトカラーをどう定義するかですね。常盤さんは、ホワイトカラーとはどういう人たちだと思いますか?
BIJ編集部・常盤
私は、「自分の肉体を資本とせず、頭脳を使ってアイデアを出したり企画したりする職業=ホワイトカラー」という認識です。
ポイントはそこですよ。いま、常盤さんは「頭脳を使う」とおっしゃった。でも頭脳の使い方にもいろいろあって、その使い方によっては、現在のようなホワイトカラーはこれからは不要になるのだと思います。
ChatGPTの3つの特徴
不要になるホワイトカラーの仕事とは、一言で言って「つまらない仕事」です。つまらないというと角が立つので、「普通のことをやる仕事」と言い換えましょうか。普通の仕事が不要になるということは、大半の人がお払い箱になるということです。でも生き残れる人もいる。
それはChatGPTなど生成AIの特徴に「沿っていない」人です。
僕から見るとChatGPTの特徴は次の3つあります。もちろん他にもChatGPTの技術的な特徴はいろいろとありますが、今回の話の主旨に関連する特徴ですね。この3つの特徴がChatGPTの強みなのだから、逆にいえば、これらと真逆の特徴を持った人たちが生き残りやすい、ということなのです。
まず、ChatGPTの3つの特徴について説明しましょう。
1. 既存の「AI」の延長であること
ChatGPTは処理速度が速く精度も高いけれど、基本的には既存のAIと同じく、ディープラーニング技術によって答えを見つけています。ディープラーニングの特徴は、「可能な限り正しいものを見つけてくるのが得意」ということ。ここでいう「正しい」とは、「みんながそう思う、真っ当な答え」ということです。
例えばAIに猫というものを教えるには、大量の猫の写真を見せて、「猫とはこういう姿をしているもの」と覚えさせる。そのあとでAIに、「猫ってどういうものですか」と聞けば、AIは「これが猫です」といって、極めて平均的な猫の姿を見せてくるわけです。エジプトのスフィンクスを「これが猫です」といって見せてくることはない。
つまり「みんなが思う猫って、こういうものでしょう」という真っ当なものを探し当てるのがディープラーニングの得意なことなのです。だからいま話題の生成AIの女性アイドルも、いかにも「男性はこういう見た目の女の子が好きなんでしょう?」という感じですよね。ChatGPTにいろいろな質問を投げかけると、すごく「まっとうな」答えを出してくる。
逆に言えば、ChatGPTやそのほかのディープラーニングを使ったAIは、「まっとうでない」回答は出せないのです。いわゆる異常値や外れ値は、そもそも思いつかないのです。
そして僕の理解では、ホワイトカラーとは、普通のことを考えて、普通のアウトプットを出すことを仕事にしている人たち。いまの日本の大手企業の管理職は、ほとんどがそうです。だからこれからはAIに全部仕事を取られてしまうのもやむを得ないといえます。
逆にいえば、ChatGPTが出してこないような、想定外の発想、異常値のような考え方を提示する人がこれから価値が出せる、ということです。
2. LLM(大規模言語モデル)であること
ChatGPTの特徴の2つめは、「言語モデル」であることです。つまり人間の言語の出現確率を用いて文章を組み立てている。文章ですから、言葉にできない「暗黙知」ではなく、文章や言葉などの「形式知」そのものです。
ChatGPTは文章や言葉など聴覚と視覚で得る情報はお手のものだけれど、それ以外の味覚、触覚、嗅覚で得る非言語情報は扱えない。ということはこれらの価値がますます上がる。ということは、肉体を使う仕事の価値が上がる可能性が高いのです。
例えば僕から見ると、いちばんAIに代替されないのがお寿司屋さんなどの飲食業ですね。
BIJ編集部・常盤
確かに味覚と触覚と嗅覚を使いますからね。でも回転寿司では、すでに機械がお寿司を握っているのでは?
そうですね。そこで3つめの特徴が重要になってくるんですよ。
3. 作家・アーティストのような実存する「実体」ではないこと
ChatGPTの特徴の3つめは、当たり前ですが、実体がないことです。生成AIでつくった架空のアイドルは実在するわけではなく、フェイクです。とはいえ「実在する」といえば信じる人もいるくらいレベルが高いのも事実。
でもしょせんはフェイクなので、生身の人間が存在していることの価値は相対的に上がります。そうなると重要なのは、全人格的な価値、その人のブランドです。まさにお寿司屋さんの例でいくと、スシローのように誰が握っているかわからない、場合によっては機械が作っているようなお寿司は、生身の人間の実存性がないのでコモディティ化します。他方で、ブランディングに成功した高級寿司の職人なら、「あの有名な大将がカウンターの向こうで直接、私のために握ってくれた寿司」の価値が、今以上に貴重なものになるというわけです。
まとめると、これからの人間に求められるのは、下図のような要素です。
提供:入山章栄
これからのブルーカラーは単なる肉体労働ではない
肉体を通じて提供することの価値が上がるわけですから、今後はブルーカラーの時代だとも言えるでしょう。ただし、これからのブルーカラーは、単なる肉体労働ではなくなる可能性があります。
例えば荒幡さんは、食べ物屋さんをやりたいと思いませんか? 居酒屋やスナック、ワインバーを開いて、自分の店でお客さんとワイワイやりたいという人は多いと思うんですよ。
BIJ編集部・荒幡
そうですね。やってみたくもありますが、皿洗いとか大変そうです。
この前、僕が出ているテレ東の『週刊ビジネス新書』の番組で特集されていて知ったのですが、飲食店の仕込みをサポートしてくれる「シコメル」というサービスがあるんですよ。お店の希望に合わせたメニューを開発して、レトルトやパウチなどで温めるだけにしてくれる。そうすれば店のオーナーは、仕込みや調理をしなくて済むので、お客さんとのおしゃべりに専念できるでしょう。
そういうお店の店長は、うまく人として信頼されると、「この人のお店だから行きたい」となる。まさに実存性です。そういう方が、AIでは提供できない味覚、嗅覚、触覚を含んだサービスを提供する。だからこそ価値が出てくるわけです。こういう仕事こそが、ChatGPT時代に価値を出す仕事になるはずです。
いままで飲食業は、いわゆるブルーカラーと言われるものだったかもしれません。でもこれからのブルーカラーは、いわば「知的ブルーカラー」であり、「エンタメブルーカラー」であり、「コミュニティ共感ブルーカラー」になるはずなのです。こういう仕事が価値を出していく時代だと思います。
BIJ編集部・常盤
実は私もワーキングマザーの友人と、ちょっとしたお店を開いてコミュニティをつくりたいねという話をしていたんです。2人とも料理がヘタなのでそこで話がストップしていたんですが、そういうサービスがあるなら夢じゃないですね。お店を出したら、荒幡さんのような若い世代からの恋愛相談なんかも受けつけたい!
BIJ編集部・荒幡
ぜひ、遊びに行きます!
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。