第15回BRICS首脳会議でリモートで記者会見に臨むロシアのプーチン大統領(8月24日撮影)。
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8月22日から24日まで3日間、南アフリカの最大都市ヨハネスブルクで、2023年のBRICS首脳会議が開催された。今回で15回目にもなるBRICS首脳会議だが、今年ほど注目を浴びたことはないだろう。ロシアのウクライナ侵攻に端を発して、欧米対中露という見方が広がり、その中露に新興国全般を重ねる見方も広がったためだ。
今回のBRICS首脳会議の最大の果実は、2010年に南アがBRICSに加わって以来の「拡大」が決定されたことにある。会期の最終日に当たる8月24日、南アのシリル・ラマポーザ大統領が共同記者会見で、2024年1月付で、アルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦がBRICSに加わることを明らかにしたのだ。
BRICSという呼び名の由来
そもそもBRICSとは、2001年に米金融大手ゴールドマンサックスが、今後高成長が見込まれる新興国として、ブラジル、ロシア、インド、中国の4カ国に対して当てた言葉だった。当初はBRICsと呼ばれたが、その後に各国が自発的に首脳会議を開催するようになり、さらに2010年に南アフリカが加わって、BRICSと称されるようになった。
このBRICSに新たに6カ国が加わるわけだが、そうなると、BRICSという呼称そのものが、妥当性や正統性を失うことになる。対等の発言権を持つ6カ国が新たに加わる以上、先行する5カ国だけの頭文字を意味するBRICSという呼称は不適切だろう。新たな新興国グループを意味する呼称が、今後、生まれることになると考えられる。
BRICS間にあった「拡大の温度差」の正体
BRICS首脳会議の最終日に、円卓会議で発言する習近平国家主席。
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今回、BRICSの拡大に積極的だったのは、中国とロシアだった。中国は近年、欧米との間で政治経済的な摩擦を強めている。またロシアは、ウクライナ侵攻を巡って欧米から事実上、排除された経緯がある。両国にとって、BRICSは欧米に対する重要な対立軸になりえるプラットフォームである。したがって、中露はBRICS拡大を支持した。
南アも拡大に理解を示す一方、ブラジルとインドは慎重だった。
両国とも、加盟国の増加で自らの発言力が低下することを恐れているためだ。さらにインドの場合、中国とは必ずしも蜜月ではなく、欧米との関係も重視している。中国の主導でBRICSが拡大し、BRICSのスタンスが反欧米的となる事態は、インドとしては受け入れがたい。
そのインドは、いわゆる「グローバルサウス」の盟主を自負している。反欧米でもなければ、親中露でもない。かつての言葉で言えば「第三世界」といったところだろう。BRICSというプラットフォームに魅力を感じなくなったとき、インドがBRICSから分離し、自らを頂点とするグローバルサウスを率いることになる可能性も否定できない。
その実、加盟を申請する新興国の側にも、国内では温度差がある。新興国の中には、親中露派の国民もいれば、親欧米派もいる。親欧米とまでは言えないまでも、欧米との対立を望まない国民も多くいる。
そうした国民はBRICSを欧米との対立軸にしたい中国やロシアの思惑からは距離を置くべきだと考えるのである。
2024年1月にBRICSに加盟するアルゼンチンも、欧米に対するスタンスで国内対立を抱えている。アルベルト・フェルナンデス大統領を擁する与党ペロン党は、反米左派の立場からBRICSへ加盟を申請した。しかし8月に行われた次期大統領選の予備選で勝利したのは、親米右派で経済のドル化を主張するハビエル・ミレイ下院議員に他ならない。
またしても見送られた「BRICS共通通貨構想」
ところで、BRICSの中には共通通貨の導入を目指す動きがあった。日本でも、米ドル覇権に対して疑問を持つ論者にとっては、金本位制に基づくとされたBRICS共通通貨の構想は非常に魅力的に映ったようだ。しかし、今回の首脳会議の宣言文書にも共通通貨の導入に関する言及はなく、単に自国通貨での決済を奨励する旨の記載があるだけだった。
そもそも、複数の国で共通通貨を導入するためには、まず共通通貨と各国通貨との間で為替レートを固定する、正しくは「極めて狭い変動幅で、為替レートを維持すること」が必要となる。そして、その為替レートを数年にわたって維持することが可能となった場合に、完全に各国通貨に変わる共通通貨が採用されるという段階を踏むことになる。
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共通通貨の先行例といえば、欧州連合(EU)の通貨ユーロがまず思い浮かぶ。ユーロの場合、その前身となる欧州通貨単位(ECU)が1979年に用意され、それに各国の為替レートを固定する試みが1998年まで続けられた。そのうえで、1999年に11カ国で統一通貨ユーロが採用され、2002年から現金が流通することになった。
この間、実に25年近い歳月を要したわけだが、EU各国は為替レートを安定させるため、インフレの抑制に腐心してきた。国内の景気を考えた場合、財政・金融政策を拡張させることが望ましい局面でも、インフレ抑制のためにEU各国は財政・金融政策を引き締めた。そこまでしてようやく、EUはユーロを導入することができた。
BRICS共通通貨は貿易決済に限定し、現金流通を予定していない。つまりEUの通貨統合プロセスに準えれば、「ユーロは発行しないが、ECUのような通貨バスケットを目指す」ということだ。したがって、BRICS諸国もまた、為替レートを固定するために、マクロ経済の安定運営、とりわけ、インフレの抑制に努める必要がある。
あまりに異なる各国の経済事情。共通通貨が導入できるわけがない
出所:国際通貨基金(IMF)
ここでBRICS5カ国の近年の消費者物価の動きを確認すると、かなりのバラツキがみられる(図表)。2022年だけでも、ロシアの消費者物価上昇率は13.8%、ブラジルは9.3%、南アフリカは7.0%、インドは6.7%、中国は2.0%と、差が著しい。各国でそれぞれ需給ギャップが異なるため、インフレにバラツキが出るのは当然だ。
とはいえ、BRICS共通通貨を導入するなら、その信用力の中心は中国であるから、中国のインフレ目標(近年は3%前後)まで、各国は消費者物価の上昇率を抑制しなければならない。そうなると、全ての国々が財政・金融政策を引き締めて景気を減速させる必要に迫られる。そうした厳格な経済運営が、果たしてBRICS諸国に可能だろうか。
BRICSは「実効性のある連帯」を継続できるのか
各国とも、共通通貨を導入するには、財政を引き締めてインフレを抑制する必要がある。しかしウクライナとの戦争にまい進するロシアの場合、多額の軍事費を必要としている。それにロシアは今後も、ウクライナや欧米との対立を念頭に、巨額の軍事費を必要とするはずだ。そうした国に、共通通貨導入のための財政引き締めなどできない。
共通通貨構想が見送られたということは、結局のところ、BRICSは緩やかな連帯に過ぎないということを証明している。「勝てば官軍、負ければ賊軍」の格言のとおり、今はBRICSに近付いていても、それを実効性がないプラットフォームだとわかってしまうと、BRICSから離れる新興国も増えてくるのではないか。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です