撮影:伊藤有、Illustration:EgudinKa/Shutterstock
YouTuberマネジメント事務所のUUUM株式会社(以下、UUUM)は8月10日、デジタルマーケティング会社のフリークアウト・ホールディングス(フリークアウトHD)の公開買い付け(TOB)に賛同して傘下に入ることを表明しました。これは事実上、UUUMの身売りとも言えます。
UUUMといえば、日本のYouTube界のパイオニアであるHIKAKINを筆頭に、はじめしゃちょー、フィッシャーズ、東海オンエアなど、多くの人気YouTuberを抱える国内最大のYouTuberマネジメント事務所。そのビジネスモデルの特徴についてはこの連載でも以前考察しました(前編、後編はこちら)。
しかし同社の業績はその後悪化。ついにはTOBを受け入れざるをえない状況に追い込まれてしまいました。つい先日もHIKAKINプロデュースのカップラーメン「みそきん」が再販されてたちまち売り切れになるほどYouTuberの人気と影響力はいまだに衰え知らずなのに、なぜこれほどまでにUUUMの業績は悪化してしまったのでしょうか?
UUUMと同じくYouTubeを主戦場としていても、VTuber(アバターを使って活動しているYouTuberのこと)をマネジメントしているANYCOLOR株式会社(以下、ANYCOLOR)やカバー株式会社(以下、カバー)は、UUUMとは反対に業績は好調です。このことは時価総額を比較しても一目瞭然です(図表1)。この違いはどこから来るのでしょうか?
(出所)みんかぶ 2023年8月25日終値時点の時価総額をもとに筆者作成。
そこで今回は、ANYCOLORやカバーと比較しながら、UUUMの業績悪化の要因について会計とファイナンスの観点から考察していくことにしましょう。
なぜUUUMは赤字に転落したのか
まずはUUUMの業績の推移を見ていきましょう。
新型コロナウイルスの影響もあり、ステイホーム期間が長かった2020年から2021年まではUUUMの売上高も右肩上がりに増えていきました(図表2)。
(出所)UUUM 有価証券報告書より筆者作成。
ところが2021年5月期をピークに売上高は減少に転じ、直近の2023年5月期にはついに営業利益ベースで赤字に転落してしまいました。
その要因を探るために、UUUMのP/L(損益計算書)を滝チャートで示したものが図表3です。
(出所)UUUM 有価証券報告書および決算説明資料より筆者作成。
ここで注目したいのは原価率の高さです。UUUMの原価率は71%と、かなり高いですね。その理由は、UUUMは主力であるYouTubeで得たアドセンス収益(広告収入)について、多くをクリエイター(Youtuber)に支払うというビジネスモデルになっているからです(図表4)。
(出所)UUUM「2023年5月期 第3四半期決算説明」p.24をもとに編集部加工。
アドセンス収益は「動画再生回数×再生単価」から計算されます。2023年5月期はアドセンス収益が前年比83.5%の88.4億円と大きく減少した結果、売上高が減収となってしまいました。
では、なぜアドセンス収益が減少してしまったのでしょうか?
その理由は、長尺動画の再生数比率が下降し、代わって収益化がまだ確立されていないショート動画の再生数が大きく伸びたためです。
通常の動画の1再生当たりの広告収益の単価は0.3~2円程度と言われていますが、これがショート動画になると、1再生あたりの収益はわずか0.01円ほど(※1)。仮に1億再生になったとしても、入ってくる収益はわずか100万円です。このうち70〜80%の原価となる手数料をクリエイター(YouTuber)に払ったとしたら、UUUMにはたったの20〜30万円しか残りません。
UUUMの営業利益率はもともと3〜4%程度と、それほど高くありません。それなのに主力のアドセンス収益が大きく落ちて売上高が減少してしまい、加えてグッズやコラボ商品を扱うP2Cブランド(※2)の棚卸評価損6.9億円が原価に計上されたことが重なって、営業赤字に転落してしまったというわけです。
一方、VTuber事務所は絶好調
YouTube業界の雄ともいえるUUUMが赤字に転落してフリークアウトHDに身売りをしたなどと聞けば、「YouTube市場はもう厳しいのでは」と思われるかもしれません。
ところがさにあらず。VTuberマネジメント事務所であるANYCOLORやカバーの業績は引き続き好調です。それぞれの会社の売上高と営業利益は図表5のとおりです。
(出所)各社有価証券報告書より筆者作成。
実は3社とも売上規模は似通っているのですが、営業利益には大きな差があることが分かります。中でもANYCOLORは他の2社を圧倒していますね。
この差はどこから来るのでしょうか? その謎を探るために、3社のP/Lを比較したものが図表6です。
(出所)各社有価証券報告書より筆者作成。
これを見ると、3社の収益構造は大きく異なることが分かります。以降では、具体的にどういった違いがあるのか、特徴を見ていきましょう。
第一に、YouTuberマネジメント事務所であるUUUMとVTuberマネジメント事務所であるANYCOLORおよびカバーとでは、売上原価率が圧倒的に違うことが分かります。つまり、YouTuberへの支払いとなる費用と、VTuberのアニメーション制作費用にかかる原価とでは、前者の方がはるかに多くかかるということです。
これはビジネスモデルにもよるものなので、UUUMが短期間のうちに改善することは難しいでしょう。
第二に注目したいのは、販管費です。3社を比べると、ANYCOLORの販管費は圧倒的に低いことに気づきます。なぜでしょうか?
UUUMの販管費の中で最も高い割合を占めるのが人件費です。これはANYCOLORとカバーも同様です。そこで、3社の従業員数、平均年間給与から想定される年間給与額を計算すると……。
(出所)各社有価証券報告書より筆者作成。
ご覧のように、ANYCOLORの想定給与はUUUMの半分以下です。
UUUMは、YouTubeの動画を編集するための人員を多く抱えているため、必然的に従業員数が多くなります。もちろん、VTuber事務所であるANYCOLORやカバーもアニメーションのクリエイターは必要ですが、図表7が示唆するように、アニメーションは動画編集より少ない人員でコンテンツを作れることがここから分かります。
最後に、3社の売上構成も比較してみましょう(図表8)。
(出所)各社有価証券報告書より筆者作成。
UUUMの場合、売上に占める割合が最も多いのがアドセンスです。こちらは図表4️で見たように、YouTubeの動画再生数に応じて得られる収益です。
これに次いでUUUMの売上の多くを占める「コンテキストドリブンマーケティング」とは、文脈やストーリー(コンテクスト)に乗せたプランニングを行い、人の心情や感情を突き動かす(ドリブン)ようなコンテンツクリエイティブをインフルエンサーと共創し、マーケティング活用することを言います(※3)。
このマーケティングサービスのビジネスモデルは図表9のようなもので、YouYubeを通じて広告主から間接的に広告料をもらうのではなく、直接広告主から報酬をもらうような収益構造となっています。
(出所)UUUM「2023年5月期 第3四半期決算説明」p.25より。
UUUMの売上の7割以上は、このアドセンスとコンテキストドリブンマーケティングで成り立っています。これらのビジネスはいずれも、UUUMのクリエイターや業務提携している業者に原価を支払う必要があります。UUUMの原価率が70%を超えているのはこうした理由からです。
UUUMはもともとこうしたコスト構造であるところへ、アドセンスの収益が落ちてしまったために赤字に転落してしまったのです。
では、ANYCOLORやカバーはどうでしょうか。
ANYCOLORでは、物販を中心とするコマース領域が売上の56%、そして投げ銭によるライブストリーミングを通じた収入が20%となってなり、これら2つで売上の7割を超えています。
また、カバーの売上構成では、EC事業やグッズ販売を中心とするマーチャンダイジングが39%、配信/コンテンツからの収入が31%で、これら2つで売上の7割となっています。
まとめると、YouTuberマネジメント事務所であるUUUMは広告からの収入が売上の7割になっている一方で、VTuberマネジメント事務所であるANYCCOLORやカバーは、売上の7割を物販や投げ銭等の配信が占めています。
ANYCCOLORやカバーの原価率がUUUMより低いのは、こうした売上構成の違いに起因します。
加えてUUUMでは、ショート動画の盛り上がりによりアドセンス収入が減ったという背景もありました。かたやANYCOLORやカバーでは、リアルタイム配信(ライブストリーミング)を通じた投げ銭や物販での収入がメインであることから、ショート動画の普及やアクセス数等の影響は限定的と言えます。
これらP/Lの構成やビジネスモデルの違いが、冒頭に挙げた3社の時価総額の違いにも出てきているということです。
UUUMに見えた一筋の光明
今回は、ANYCOLORやカバーと比較しながら、UUUMのビジネスモデルの特徴について見てきました。アドセンスや広告を中心にしているUUUMのビジネスモデルは、物販やライブストリーミングから収益を得ているANYCOLORやカバーと比べ、収益的には厳しいということが分かりました。
一方で、UUUMにも光明が見えてきています。その一つが、売り切れ続出となったHIKAKINプロデュースのカップラーメン「みそきん」です。つまり、広告だけに頼らず物販にも注力することで、UUUMにも収益を伸ばす余地があるのではないでしょうか。
実際、UUUMの売上に占めるグッズP2Cの割合は、前年同期比164%と大きく伸びています。各サービスの売上が軒並み前年比割れとなるなかグッズP2Cだけがプラス成長していることを踏まえると(図表10)、まだ売上全体の18%を占めるにすぎないとはいえ、ここは今後の注力分野となるでしょう。
先述のようにANYCOLORやカバーでは物販(コマース)が売上の中心になっている点を見ても、UUUMの物販ビジネスにはまだ伸びしろがありそうです。
(出所)UUUM 有価証券報告書 p.28をもとに編集部加工。
UUUMは今後フリークアウトHDの傘下に入った後、どのようにビジネスを展開していく予定なのでしょうか。フリークアウトHDとUUUMの資本業務提携に関するリリースには、業務提携の具体案として以下が挙げられています。
- テクノロジーによるクリエイターサポートの充実とデータドリブンなデジタルマーケティング営業の推進・効率化
- クリエイターファンドの運営によるクリエイターのライフタイムレベニュー(生涯収益)の安定化
- アジアを中心とするグローバル展開の加速
- 所属クリエイターの強みを活かした新規事業の創出
- 広告市場での更なる収益の拡大
- グループ化による管理コスト削減
とりわけ4については、
「当社における収益源をアドセンスから多様化し、動画広告市場のみならず様々な市場へ進出を目指します。当社の強みであるトップクリエイター等の存在を活かし、多種多様な業界とのコラボレーションなどを通じて新たなビジネスを創出いたします」
と書かれています。
みそきんの売れ行きから分かるように、UUUM所属のYouTuberの活躍の場はもはやYouTubeだけにとどまりません。今後はUUUMがフリークアウトHDの傘下に入ることで、動画広告市場以外にも多くのコラボレーション企画を仕掛けていくことになるでしょう。
フリークアウトHDの傘下に入ったのちも、UUUMの上場は引き続き維持される予定です。UUUMの“第2章”のビジネス展開に注目していきたいですね。
※1 髙岡健太 「UUUMが「過去最大の赤字」、創業10年で迎えた危機」『東洋経済オンライン』2023年7月20日。
※2 P2Cとは「Person to Consumer」のことで、ブランド・商品をクリエイターと協業して作る物販事業。
※3 市川義典「UUUMが提唱するコンテクスト・ドリブン・マーケティング」Wantedly、2021年10月29日。
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社フェロー。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。跡見学園女子大学兼任講師。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。著書に『決算書ナゾトキトレーニング』『一歩先の企業・株価分析ができる マンガでわかる 決算書ナゾトキトレーニング』(ともにPHP研究所)がある。