エミリー・ピアス/パーセフォニ 最高グローバル政策責任者。急速に変化するグローバルな気候開示規制に対応するため顧客・パートナーが、排出量の算定、管理、報告において規制遵守だけでなく、最善の手法を採用するよう支援する役割を担う。前職はSEC(米国証券取引委員会)国際部門のアシスタント・ディレクターとして、気候関連の開示問題について、国際規制当局、標準制定者、規制機関とのSECの関与などを担当。SEC参加前は、法律事務所デビボイス&プリンプトン(Debevoise and Plimpton)に所属。
撮影/MASHING UP
多くの企業内で脱炭素の取り組みは加速しているものの、二酸化炭素の排出量を計算するのは簡単ではなく、細かな自社データやサプライヤーとのデータ連携が必要となる。
パーセフォニは、企業がGHG(温室効果ガス)の排出量を算定し、報告するためのさまざまなデータを管理するソフトを開発・販売する会社だ。
同社で最高グローバル政策責任者を務め、気候関連の情報開示に関するルール策定に携わってきたエミリー・ピアスさんに、企業における脱炭素の最新トピックや、世界の概況などを伺った。
サステナビリティの開示基準「ISSB」が世界に広まる
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「投資家は、気候変動が企業に財務リスクをもたらすと明確に認識しています」とエミリー・ピアスさん。
気候変動により原材料費が高騰したり、消費者が炭素排出量の多い商品を避けるようになるなど、企業にはさまざまなリスクが存在する。
投資家は、気候変動が個々の企業に及ぼす影響を把握したうえで意思決定したいと考えており、そのための細かな情報を求めている。
「世界中の証券規制当局は、それぞれの企業の気候変動に対するリスクを開示できるよう動いています。
最近発表されたISSB(International Sustainability Standards Board、国際サステナビリティ基準審議会)によるサステナビリティの開示基準は、これからの国際スタンダードとなっていくでしょう」
ISSBの開示基準は、国際会計基準であるIFRSを策定するIFRS財団が母体となり作成されており、立ち上げ当初からグローバル活用される前提でつくられている。
グローバルの財務会計基準であるIFRSと紐づくため、信頼性が高い。
各国は今後、ISSBの開示基準をもとにそれぞれの規制を定めていくことになるという。それぞれに適したフレームに当てはめ、証券規制当局が年次報告として義務付ける、あるいは証券取引所が開示報告を取引条件とするなど、さまざまな方法が考えられる。
「一般的にはほぼすべての国で、要件を決定する前に公的協議の期間を設け、パブリックコメントを踏まえたうえで最終決定する運びとなります。
いずれにしても、世界の規制当局が企業に対してISSBの基準に準拠した情報開示を要求することは、企業の在り方に劇的な変化をもたらすでしょう。そのスピードはとても速く、もうすでに始まっているのです」(ピアスさん)
サステナビリティの開示・規制の中で気候変動に着目
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企業に求められるサステナビリティの開示情報は非常に幅が広いが、ピアスさんが主要な項目だと考えているのは以下の3つだ。
- 気候変動問題
- 人的資本
- 生物多様性
「ISSB基準はあらゆるサステナビリティ分野の開示を企業に求めるものですが、中でも気候変動問題の開示にフォーカスしています。
特にGHG(温室効果ガス)排出量のデータは情報開示のコアになる部分と言えるでしょう。ISSB基準は産業ごとに開示の条件が異なっており、財務的なインパクトのある情報を開示するよう定められています」
投資家が企業を評価する際、GHG排出量のデータは非常に大切なファクターとなる。確実なデータを開示・報告するためには、データを細かく収集し、算定する「炭素会計」が必要だ。
「GHG排出量はスコープ1~3に分けられており、スコープ3については15のカテゴリに分類されます。
それぞれ適切な排出原単位が定められており、活動量と掛け合わせてGHG排出量を計算します。企業にとって、これらを適切に計算するのは大きなチャレンジだと言われています」(ピアスさん)
ピアスさんの勤めるパーセフォニは、GHG排出量の算定・報告を実現するソフトウェアで、企業の炭素会計をサポートしている。
財務会計同様に、産業を問わない炭素会計のソフトウェアはアメリカで広く認知されており、北米産業分類システム(NAICS)20部門のうち19部門ですでにサービスを導入、国内では金融、製造、IT企業など上場企業や上場を目指す企業から導入が進んでいる。
サステナビリティの情報開示には人的資本も
ピアスさんに、日本の環境への取り組みについて所感を聞いた。
「サステナビリティの開示報告について、日本は世界をリードする存在です。金融庁と東京証券取引所による2021年のコーポレートガバナンスコードでは、プライム市場上場企業に対し、TCFDまたはそれと同等のフレームに基づく気候変動の情報開示を求めています」
TCFDとは、ISSBの基準を策定する際のベースになっており、これまでのグローバルスタンダード。
ピアスさんによると、TCFDが担っていた役割がISSBに変わり、任意とされていた項目のいくつかが義務化されるという。
「一企業が脱炭素を進めながら、並行して経済的にも成長していくのは大きなチャレンジです。
それでも、脱炭素を犠牲にして短期的な成長を求めるのではなく、中長期的に考え、脱炭素と経済発展を両立することができるはず。例えば、GHG排出量のデータを算出するのは、課題というよりも投資家が求める重要な機会と捉えてはどうでしょうか。
データの把握、開示により、新しい資本の流入を促進できるでしょう」(ピアスさん)
グローバルで見ると、サステナブルなビジネスへ投資する資本は数十兆ほど存在すると言われている。企業がサステナビリティ情報を開示すれば、巨大な資本にアクセスする権利が得られる。
「気候変動の話を中心にしてきましたが、サステナビリティの情報開示には、人的資本も含まれ、ジェンダーギャップの問題に関する項目もあります。
情報開示だけで行動を強制できるわけではありせんが、ジェンダー平等を意識させ、行動を促すことはできる。
企業が世界に向けて情報開示することで、より重要な立場を担う女性が増えてくると考えています。そのためにも、サステナビリティ開示は有効なのです」
ESGやサステナビリティは脱炭素だけでなく、ジェンダーギャップの解消も含まれる。リアルで自分たちに関連のある取り組みとして、これからも注目していきたい。
MASHING UPより転載(2023年8月14日公開)
(文・取材)MASHING UP
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