EV普及や気候変動対策は「不十分か不可能か」。揺れ動くドイツの厳しい国内事情

上海モーターショーで展示されたメルセデスベンツのEV「EQS 580 4MATIC」。

上海モーターショーで展示されたメルセデスベンツのEV「EQS 580 4MATIC」。

REUTERS/Aly Song/File Photo

ドイツの気候変動対策に暗雲が垂れ込めている。

それは、ドイツの気候変動対策が上手くいっていないというよりも、気候変動対策の在り方そのものを巡って「ドイツの国内が分裂している」という意味だ。より正確には、気候変動対策が不十分であるという政府と、気候変動対策は実現不可能だという企業と家計(編注:一般家庭)の間で、亀裂が深まっているのである。

ドイツ連邦環境庁(UBA)は8月22日に公表した報告書で、現行の気候変動対策だと2030年までの温室効果ガス排出量の削減目標を達成できず、2045年の炭素中立(カーボンニュートラル)も実現できないと警告した。同庁とその上位組織である環境省は、オラフ・ショルツ連立政権に参加する環境政党「同盟90/緑の党(B90/Gr)」の強い影響下にある。

UBAは報告書の中で、現在の措置だけだと排出量を2030年までに63%しか減らすことができず、2045年までの削減率は82%にとどまると予測している。現時点で計画中の措置を加えれば、2030年までに65%の削減が可能となるものの、2045年までには86%しか減らせず、いずれの場合も炭素中立は実現できないとしている。

ドイツ経営者協会連盟(BDA)のイベントで演説するドイツのショルツ首相(2022年9月13日撮影)。

ドイツ経営者協会連盟(BDA)のイベントで演説するドイツのショルツ首相(2022年9月13日撮影)。

REUTERS/Michele Tantussi

要するに、ショルツ政権の気候変動対策を担うB90/Grは、もっと強力な気候変動対策の必要性を強調しているわけだ。そのためには、さらなる財政出動が必要となるし、企業と家計の一段の努力が必要となる。2045年の炭素中立は守るべき義務であり、その実現に向かってさらに打って一丸となるべきと、B90/Grは主張しているのだ。

不可能を主張するドイツ企業

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BMWが燃料電池自動車(FCEV)に“本格参戦”する。日本をはじめ、世界各国で大規模な実証実験を展開すると発表している(7月25日撮影)。

撮影:湯田陽子

気候変動対策の不十分さを訴える政府とは反対に、ドイツの民間サイドは、政府が描く気候変動対策は実現不可能だという見方を強めている。

中部ドイツ新聞など各紙が8月22日付で報じたところでは、自動車産業の戦略コンサルを手がけるオートモーティブ・マネジメントセンター(CAM)のステファン・ブラッツェル氏によると、ドイツ政府が掲げる2030年までに電気自動車(EV)の普及台数を1500万台とするという目標に関して、実際はその半分程度にとどまる模様だ。

CAMによると、ドイツの2023年6月時点でのEV普及台数は累計で約120万台だったという。そしてブラッツェル氏は、政府が掲げる今年のEV普及台数目標を達成するためは、下半期で75万台を販売する必要があるものの、現実的な下半期のEV普及台数は45万台程度にとどまるとの見通しを示した。

ドイツの新車登録台数(乗用車)

出所:ACEA(欧州自動車工業会)

2023年上半期の新車登録台数(乗用車)の動力源別内訳

出所:ACEA(欧州自動車工業会)

CAMは、このままのペースだと、2030年時点の累計普及台数は政府目標に程遠い7〜800万台にとどまると試算している。目標達成のためにはEVの生産力を引き上げるしか方法はないが、EVの生産のためだけにヒト・モノ・カネを充てるわけには行かない。つまり、「ドイツ政府が掲げるEVの登録台数目標は、ドイツ企業にとって実現不可能」というわけだ。

ここでドイツの2023年上半期の新車登録台数(図表1)を確認すると、前年同期比10%増の172万台であり、その16%弱の32万台がEVだった(図表2)。そのため、商用車を含めても下半期のEVの新車登録台数が45万台程度にとどまるというブラッツェル氏らの見通しは、妥当なところではないだろうか。

またドイツでは、欧州中銀(ECB)がインフレ対策として利上げを進めていることで金利高となり、ユーザーがローンを組みにくくなっている。加えて、ドイツ政府によるEVの購入補助金は、段階的に削減されることが決まっている。

これらのことに鑑みれば、下半期以降のEV普及の実績が、政府や業界の想定を下回る可能性も十分にある。

ドイツの官製主導の産業転換には限界、労働力不足の課題も

いわゆる「ワーゲンバス」をオマージュしたフォルクスワーゲンのEV「ID.BUZZ」も登場し、ドイツメーカーはEVに本腰のように見えるが……(3月14日、フォルクスワーゲンの年次記者会見で撮影)。

いわゆる「ワーゲンバス」をオマージュしたフォルクスワーゲンのEV「ID.BUZZ」も登場し、ドイツメーカーはEVに本腰のように見えるが……(3月14日、フォルクスワーゲンの年次記者会見で撮影)。

REUTERS/Annegret Hilse

脱炭素化を実現するための気候変動対策は、確かに大切なのだろう。しかし、それ以外にも、経済成長を持続可能なものにするという点で優先すべき課題は山積している。その代表例が、構造的な労働力不足だ。

他の先進国と同様にドイツでも、戦後ベビーブーマー世代の引退という人口動態上の構造変化を受けて、労働力不足が深刻化している。特にハイスキルの熟練労働者の不足は深刻で、ドイツでは製造業、特に中小企業でこの問題が深刻であると、ドイツを代表するシンクタンクであるIfo研究所は警鐘を鳴らしている。

このように、ドイツの企業はいま、構造的な転換期にある。脱炭素化が重要だとしても、そればかりが優先されてしまうと、脱炭素化のコスト負担に耐えることができないのではないか。

そうした中で、「このままでは脱炭素化目標を達成できないから、さらに強力な気候変動対策を取るべきだ」と言われたところで、企業や家計はついていけないだろう。

一般的に、産業転換はあくまで民間主導で行われるべきであり、政府はサポートに徹するべきである。

もともとドイツは介入的な政策には消極的だったが、現在のオラフ・ショルツ首相が率いる3党連立政権は、特に環境関連では、介入的な政策に積極的である。第二勢力である環境政党、B90/Grが経済相などの主要ポストを抑えたことが大きい。

もちろん、欧州連合(EU)全体が脱炭素化に向けて動いている。しかしその中でも、政権で強い影響力を持つB90/Grは、環境政党として脱炭素化を推し進めようと躍起になっている。そのため、気候変動対策の不十分さを声高に主張するが、他にも課題が山積する中で、気候変動対策だけに注力するわけにはいかないのが実情だろう。

自縄自縛に陥りつつある環境政党

ドイツでは今、有権者の右派回帰が話題となっている。過激な政党として忌み嫌われた極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)に期待を寄せる有権者が増えているためだ。ドイツ政治に不満を持つ有権者の「受け皿」となっているAfDだが、同党はショルツ政権や前任のアンゲラ・メルケル首相が推進してきた再エネシフトも批判している。

他方で、B90/Grに対する有権者の支持率はすでに4位まで低下しており、かつてのような勢いはない。同党を代表する政治家であるロベルト・ハーベック副首相兼経済・気候保護相やアンナレーナ・ベアボック外相の人気も凋落している。有権者の支持を失っているにもかかわらず、B90/Grは気候変動対策の手綱を緩めようとしていない。

B90/Grとしては、同様に左派であり、ショルツ首相を擁する社会民主党(SPD)との違いを鮮明にする必要がある。SPDは責任政党としての経験も豊かであり、現実的だが、日和見ともいえる。そうしたSPDとの違いを鮮明にするには、環境政党としてより強力な気候変動対策を推し進めるスタンスを堅持せざるを得ないのかもしれない。

それ以上に、素朴かつ純真に、B90/Grは気候変動対策が何よりも重要であると信じているのかもしれない。確かに、短期的な課題のみならず、中長期的な観点から政策判断をするのが政治の役割だ。とはいえ、課題が山積する中で、本当に気候変動対策を最優先とする道が正しいのかが、ドイツでいま、問われている。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です

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