セールスフォースのマーク・ベニオフCEO。
Justin Sullivan
セールスフォース(Salesforce)が7月に7年ぶりとなる値上げを発表すると、ウォール街の大半はこれを歓迎した。
しかし一部の業界専門家からは、そんなことをすればコスト増を受け入れられない顧客を遠ざけ、マイクロソフト(Microsoft)やハブスポット(HubSpot)といった競合に不用意に隙を与えることになるとの懸念の声も上がった。
7月11日、セールスフォースがSales Cloud(セールス・クラウド)、Service Cloud(サービス・クラウド)、Marketing Cloud(マーケティング・クラウド)、Industries(インダストリーズ)、Tableau(タブロー)といったCRM製品を平均9%値上げすると発表すると、同社の株価は急騰した。
セールスフォースは第2四半期決算説明会で、8月1日から新価格が適用される3週間前に顧客が契約更新を急いだため、値上げが収益増につながったと説明するのではないか、というのがアナリストたちの予想だ。
セールスフォースは昨年来、ヘッジファンドのエリオット・マネジメント(Elliott Management)をはじめとするアクティビスト投資家によるコスト削減と利益率向上の圧力に晒されてきた。そんな同社にしてみれば、大幅な収益増は実に聞こえがいい。同社のマーク・ベニオフ(Marc Benioff)CEOは固い決意のもと要請に応じ、ここ数カ月で従業員の10%を解雇し、不動産を売却し、従業員特典を減らしてきた。
だが、値上げにはマイナス面もある。Insiderの取材に応じたITコンサルタントによると、セールスフォースからの乗り換えを真剣に検討していなかったコスト意識の高い顧客も、場合によっては検討し始めているという。
IT支出コンサルティング会社アッパーエッジ(UpperEdge)のコマーシャル・アドバイザリー・プラクティス・リーダー、アダム・マンスフィールド(Adam Mansfield)は次のように話す。
「マイクロソフトは顧客基盤に積極的に働きかけていますよ。割引、投資、クレジットなど、同社は積極的に参入しています。2023年に入ってこうした機運の高まりを目にしましたが、それは減速していないと思います」
セールスフォースの広報担当者はInsiderの取材に対し、「セールスフォースはCRM市場で明確なシェアリーダーであり、2022年には他のどのCRMベンダーよりも前年比で売上を伸ばしました」とメールで回答している。
なお、Insiderはマイクロソフトとハブスポットにもコメントを求めたが回答は得られなかった。
唐突な値上げ…あっけにとられる顧客たち
バーンスタイン(Bernstein)のアナリスト、マーク・モードラー(Mark Moerdler)は、特に不透明な経済環境の中で企業がIT予算を引き締めているような時には、潜在的な収益増は長い目で見れば割に合わないかもしれない、と言う。
「値上げをすれば、顧客が精査し、不満を抱くという結果を招くおそれがある」と、モードラーは8月初めに発表したメモに記しており、顧客が「(セールスフォース製品の)使用を見直す」きっかけを与えかねないと付け加えている。
すでにコンサルタントは、セールスフォースの顧客がこうした値上げに対処しようと躍起になっていると見ている。アトランタを拠点とするIT支出アドバイザリー会社NPIフィナンシャル(NPI Financial)のCEO兼マネージング・パートナーであるジョン・ウィンセット(Jon Winsett)によると、同社は値上げのニュースを全顧客に即座に知らせたという。
「値上げが発表された直後、ともに仕事をしていたある顧客企業は『えっ?』という感じで、あっけにとられていました。前年よりも価格を下げようとしていた矢先に、いきなり値上げですからね」
値上げに至る数カ月間、セールスフォースは交渉において強硬姿勢を貫いていたと言う人物もいる。あるセールスフォースの顧客(小規模上場企業1社の契約交渉を担当している)が、最近行われた契約更新について匿名を条件にInsiderの取材に応じてくれた。この人物いわく、契約交渉は2023年の初めに行われたという。
その顧客は、セールスフォースが契約内容の変更もないのに3年更新で100万ドル(約1億4500万円、1ドル=145円換算)の契約総額を5%増額する計画であることを知り、驚いた。
ムッとしたその顧客は、値上げ分を予算に計上することができず、結局再交渉して契約期間を18カ月に変更したうえ、一部のサービスを削減した。
「気が狂いそうでした。時間が経つにつれてコストが上がるのはわかりますが、あの値段で5%の値上げはうちの会社では飲めませんよ」
虎視眈々と狙うマイクロソフト
前出のアッパーエッジのアドバイザーであるマンスフィールドは、彼の顧客はセールスフォースを含むソフトウェアベンダー全体の支出を見直していると話す。
「私の顧客にとってセールスフォースは、IT支出でたまたまリストの上位にあるというだけです」(マンスフィールド)
マンスフィールドによると、顧客の中には、セールスフォース製品の代替ベンダーを検討しているところもあるという。セールスフォースと顧客を食い合う大手クラウド・プロバイダーの筆頭格がマイクロソフトだ。
マイクロソフトのサティア・ナデラCEO。
Justin Sullivan/Getty Images
モードラーは、セールスフォースが提供するAIの価格は競合他社よりも高いと指摘する。特にマイクロソフトは、自社が販売・サービス提供する製品の一部に追加費用なしでAI機能を追加している。加えて、マイクロソフトはChatGPTを開発したオープンAI(OpenAI)への投資によってAI分野で先んじたことから、顧客がなびく可能性がある。
「値上げとか戦術的なこととか、些細なことでロードマップを管理している人たちは、『このことについて本気で検討するかもしれない』と言っています。それに、マイクロソフトが毎日のように営業をかけてくるんです。『どうも、当社も戦略的ベンダーとしては信頼いただけます。AIをお望みで? それならお任せを』という具合にね」(マンスフィールド)
マンスフィールドによれば、顧客の中には、すでに購入した製品を使い倒してできるだけ元を取りたいと思っているところへ、新しいAI機能を売り込んでくるセールスフォースに不満を抱いている者もいるという。
「当社のところに来る顧客が言うんです、『製品はとても気に入っているものの、もっと使いようがあるはず。セールスフォースのどこに相談すればいいのか悩んでいる。AIだの何だのと新しく追加された機能について売り込んでくるのはやめてほしい』と」(マンスフィールド)
セールスフォースの広報担当者はInsiderへのメールで、同社は毎月新機能をリリースしており、新機能やイノベーションは年間平均では400以上にのぼる、そのすべてがAIベースではないと説明する。
「当社はAIが持つ素晴らしい可能性に注目していますが、それがすべてではありません」(セールスフォースの広報担当者)
そしてハブスポットも
ハブスポットのヤミニ・ランガンCEO。
Matt Winkelmeyer/ Getty Images
セールスフォースの値上げの恩恵を受けられるのはマイクロソフトだけではない。
CRMソフトウェア企業のハブスポットは、顧客によるセルフサービス型のソフトウェア販売が特徴で、セールス主導のセールスフォースの社風とは対照的だ。
現在、とりわけ顧客がIT支出を削減するなかで、セルフサービスの魅力は増している。RBCキャピタルマーケッツ(RBC Capital Markets)のアナリスト、リシ・ジャルリア(Rishi Jaluria)は、少なくとも1社が最近、セールスフォースのService Cloudからハブスポットとの契約に乗り換えたと聞いていると話す。
「TCO(総所有コスト)の観点からは、ハブスポットのほうがはるかに安価です。定価が似通っていても、サービスやカスタマイズにそれほどお金を払う必要はありません。ハブスポットの顧客であれば、セールスフォースのように専任管理者を置く必要もありません。この環境は、長い目で見れば大いに意味があると言えます。ハブスポットにとっては大きなチャンスになるでしょう」(ジャルリア)