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「うちの会社、なかなかいい人を採用できなくて困っているんですよ」——先日、ある中堅企業の管理職がため息混じりにそうこぼしました。
詳しく聞けば、
- 給与水準がそれほど高くないので、そもそも魅力的な求人条件が出せない
- 自社サイトの採用情報や転職サイトには求人情報を出しているものの、(給与水準が高くないからか)優秀な人からの応募はほぼない
- 業績が芳しくなくコスト削減の最中なので、成功報酬を支払う転職エージェントは使えない
- 転職エージェントに頼れない分、経営陣からは「いい人がいたらリファラル採用をしたいからどんどん声をかけて」と言われているが、給与水準をはじめ自慢できるほどの職場環境ではないので、知り合いに声をかけづらい
……という感じで、もう何カ月も人材を募集しているのにこれという人材が見つからないそうです。もしかしたらあなたの会社も、このような悩みを持っているのではないでしょうか。
「ウォー・フォー・タレント(War for talent:人材獲得・育成競争)」という言葉をマッキンゼーが提唱したのは1997年のこと。あれから四半世紀が経った今、当時とは比較にならないくらいWar for talentは熾烈の度を増しています。
相談を受けた会社に限らず、どこも優秀な人材を採用したいはず。ではどうすればいいのでしょうか。
優秀人材を採用したい、でもどうすれば?
私はリクルート在職時代、スーモカウンターの責任者を務めていた6年間で、従業員を60人から360人に増員した経験があります。毎年平均50人のアドバイザーを増員した計算になります。また、リクルートテクノロジーズの責任者だった3年間では、従業員を150人から550人に増員しました。こちらは毎年平均130人以上のエンジニアを増員した計算になります。
もちろん、リクルート(という大企業)だから採用できたという側面はあります。しかし、スーモカウンターのアドバイザーの大半は、採用時は有期の契約社員でした。優秀な契約社員はどこからも引く手あまたです。
また、リクルートテクノロジーズでエンジニアを採用した時代はエンジニアの給与が高騰しだしたタイミングでした。リクルートグループの給与は決して安くはありませんでしたが、高騰するエンジニアのそれとは比較になりませんでした。そもそも、リクルートグループでエンジニアが活躍しているイメージも限定的でした。
つまり、簡単に採用できたわけではなかったのです。けれどさまざまな工夫をした結果、思い通りの採用ができたうえに、両組織とも従業員満足度が高く、離職率が低い状況を実現しました。
こうした経験を踏まえて、以降ではみなさんの会社がWar for talentを勝ち抜く7つのポイントをお伝えします。
①離職率を下げる
「採用の話を聞きたいのになぜいきなり離職率?」と思われるかもしれませんが、実は採用戦略を考えるうえで、ここは真っ先に目を向けてほしいポイントです。
会社の従業員数は、次のような式で表現できます。
従業員数(A)を増加させるためには、採用数(C)を増やすだけではなく、離職数(D)を減らすことでも実現できます。つまり、離職数を減らすことができれば、がんばって新規に採用しなければならない数も減らすことができるのです。
離職が多い状態を、私は「穴の空いたバケツ」状態と呼んでいます。上から水を入れても、バケツの底に穴が空いていれば水が抜けてしまいますよね。従業員数もそれと同じで、バケツの穴(離職率)を小さくしないと、採用したそばから人が辞めていってしまいます。
これでは採用に携わる人たちのモチベーションも下がりますし、採用やオンボーディングにかかるコストも無駄になってしまいます。そもそも離職が多いと、今いる従業員も「自分はこんなところにいていいんだろうか」と不安になり、さらに離職予備軍が増えてしまいます。
では、離職率を下げるためにはどうしたらいいのでしょうか。「給与を上げればいいのでは?」と思う方もいるかもしれません。しかし給料は衛生要因と言われていて、ある数値を下回るとネガティブに影響しますが、上げたからといって満足度が上がるものではないことが分かっています。同業より劣っていれば改善が必要ですが、そうでないなら、給料を上げただけで離職率は改善しません。
ここで重要なのは、職場(チーム)です。「会社」ではなく、どんな「職場」かが重要です。これはマーカス・バッキンガムらの著書『仕事に関する9つの嘘』に詳しいのですが、「私はチームで働いている」と回答する人はエンゲージメントが2.3倍高く、「チームリーダーを信じている」と回答するチームは、エンゲージメントが実に12倍も高いのだそうです。エンゲージメントが高いのですから、当然離職の可能性は低くなります。
ちなみに、このような職場には共通点があり、以下を満たしている割合が高いそうです。
- 会社の使命に貢献したいと心から思っている
- 期待されていると理解している
- 価値観が同じ人に囲まれている
- 毎日強みを発揮する機会がある
- チームメイトがついている
- 優れた仕事をすれば必ず認められる
- 会社の未来に絶大な自信を求められている
- 常に成長を促されている
皆さんの組織(チーム)はどうですか? この時点で問題が見つかったら、まずそこを改善しましょう。そうしないとせっかく採用してもすぐに離職されてしまいます。
また、離職が多い組織が特定できるなら、その原因を詳しく調べ、改善の目途が立つまで採用は休止しましょう。穴の空いたバケツを放置していると組織の疲弊を招きます。
②増員は必要最小限に
採用数を最小限にするのも重要なポイントです。「忙しい忙しい」と言っている組織が、必ずしも忙しいわけではありません。
先日、Slack社がこんな国際比較を報告しました。
(出所)“Employees in Asia are spending the most time looking busy at work, says Slack report,” CNBC make it, Aug 13 2023をもとに編集部作成。
このレポートによると、日本は一見忙しそうに見える仕事に37%もの時間を費やしているそうです。30%以下の国と比べると10ポイント弱の差があるわけですから、仕事の仕方を変えれば1割程度少ない従業員で足りる計算になります。
そもそも社内を見渡すと、ある部署では人が不足しているけれど、別の部署では余っているというケースも少なくありません。人事異動を行うことで、必要な増員数を減らすことができます。
なかには「うちの部署は忙しいから」と言って人を異動させようとしない組織もあるかもしれません。このような場合は、成果よりも職場滞在時間に重きを置いていないか、忙しさを取り繕っていないかをチェックし、人事異動を促すのがポイントです。
また経営の観点から考えると、「固定費」を小さくして「変動費」を大きくするのは基本中の基本です。本当に従業員でないとダメなのか、外注することでより高いパフォーマンスを発揮する余地はないのかと考えることで、必要な増員数を減らすことができることもあります。
③育成の仕組みを整える
ときどき「即戦力を採用したい」と言う人を見かけます。しかしこれ、かなり難しいのです。それは会社ごとに仕事の仕方が異なるからです。
エンジニアや技術職なら仕事の仕方が似ているケースもありますが、それはどちらかというと例外です。業務系システムも違えば業務分掌も違いますし、おまけに業務分掌が文書化されていないとなれば、どんなに優秀な人材でもある程度の育成期間は必要でしょう。
採用する職種のオンボーディングには、育成の仕組みが必要不可欠です。しかし実際にはこの仕組みがないために、期待して採用した人が活躍しなかったりするのです。
育成の仕組みを整備すると、どの部分は入社後でも育成できて、どの部分は育成できないから採用時に見極めなければならないかが明確になります。もし入社後に育成できる項目が多いなら、採用時にはそれらのスキルが不足していてもいいわけですから、ターゲットが広がり、ひいては採用可能性も高まります。
例えば、私が担当していたスーモカウンターでは、接客スキルは育成できるのでその経験は採用時には不要でした。しかしホスピタリティ(相手の成功を自分が支援できることを喜びと思うマインドセット、と定義していました)を育成するのは難しい。そこで採用時には応募者の嬉しかったエピソードを語ってもらうなどして、ホスピタリティを重要な採用条件と位置づけていました。
以上で見てきた①~③を行うことで、必要な採用数を最小限に絞り、かつ採用ターゲットを広げることができました。では次に、採用活動についてのポイントを4つ見ていきましょう。
④採用スピードを上げる
採用活動で最も重要なことは何かと聞かれたら、私は「採用スピードを上げること」と答えます。
みなさんの会社では、中途採用で転職希望者が応募してから内定を出すまで、どれくらいの期間がかかっていますか? もし把握していなかったらすぐに確認し、内定までの期間をできるかぎり短くしてください。それはなぜか。
採用活動はよく恋愛に例えられます。私たちは優秀な人材を必要としています。でも当たり前ですが、優秀な人材はどこも必要としています。恋愛に例えると、モテモテの状態なのです。一方、みなさんの会社はどうでしょうか。優秀な人材が入社したいと列をなす、GAFAMと張れるような会社でしょうか?
GAFAMが採用したいと思うような優秀な人材を私たちが採用できる可能性があるとすれば、GAFAMが告白する前にこちらが告白すること。これに尽きます。だから採用活動のスピードアップは必須なのです。
それに、世の中の大半の会社はそれほどスピーディーに採用活動を行っていないので、スピードが速い採用活動は応募者を感動させます。そして、「この会社は業務でもこんなふうにスピード感があるに違いない」とプラスイメージを持ってもらえます。
ちなみに、採用活動に時間がかかる原因の大半が、面接および面接の日程調整です。面接前に、次の面接官の空きスケジュールをあらかじめ確認しておくこと、そして次のステップに進めるかどうか判断する権限を面接官に移譲できれば、面接の場で次の面接日程を設定できてしまいます。これで1〜2週間は時間を短縮できるでしょう。
スーモカウンターの時は、私を含めて複数の面接官が集まって1回の面接で採用を決めることを基本にしていました。1回の面接で合否を決めることで、かなりの確率で採用できていました。
⑤PRは効率的な場所で
自社が採用していることをPRする場合、当たり前ですが、採用したい人がいる場所でPRしなければ意味がありません。求人メディアも得意不得意があります。
例えば、私がいた当時のリクルートテクノロジーズでは、すでに転職活動をしている人だけでなく、まだ積極的に転職活動を始めてはいない「転職潜在層」にも働きかけていました。こちらとしては優秀な人を採用したいわけですから、いま転職活動しているかどうかは関係ないわけです。
しかし、一般的な求人メディアは転職顕在層(自発的に転職しようとしている人たち)がメインですから、これでは転職潜在層にはリーチできません。
そこで、ターゲットとなるエンジニアが目を通すWebサイトやイベントなどに記事を作成して掲載したり、プレゼンの場を設けたりしました。優秀な人を採用するためには、「この会社では優秀な人がすごい仕事をしているのだ」というメッセージを伝える必要があります。そのため、いかにもな採用記事という体裁ではなく、素晴らしい仕事をしているスタッフたちの活躍を描いた記事をつくり、最後に「仲間も募集しています」という情報を加えるようにしました。
求人メディアに掲載するよりも手間はかかりますが、ターゲットにリーチをしなければPRの意味をなしません。
⑥外部を仲間にして「第二人事部」に
採用活動には、外部の力を使う必要があります。上述の求人メディアのほか、人材紹介会社などもそうです。
この外部の人たちを上手に巻き込み、“仲間”になってもらうのもポイントです。私は、これら外部の人たちを「第二人事部」と呼んでいました。
第二人事部である彼らには、NDA(守秘義務契約)を結んだうえで情報も開示していました。応募者のレジュメを通した理由、落とした理由、あるいは面接で通した理由、落とした理由……それらを丁寧に共有しました。
こうした地道な活動を継続することで、自社のターゲットに合ったレジュメを送ってもらえる、あるいは求人広告を作成してもらえるようになるのです。これはお互いにとって生産性を高める話なので、うまくできればウィンウィンです。
外部の人たちを業者扱いする会社が多いなか、仲間になってもらおうという姿勢は相手のモチベーションアップにもつながるので、採用の成功確率向上に役立ちます。
⑦現場を巻き込む
採用活動は人事や本部だけではうまくいきません。いかに現場を巻き込むかが重要です。創業期のリクルートは、新人を採用担当者に据え、この学生を採用したいと思ったら役員との面談をセッティングできるようにしていました。優秀な人材を採用することほど未来のリクルートにとって重要な仕事はない、と定義していたのです。
最近では「HRBP(※)が重要だ」という話をよく耳にします。これは、人事と現場が協力して課題解決する必要があるということです。今後ますます、どうやって現場を巻き込んで採用活動を行うのかが重要なポイントになっていくでしょう。
Human Resource Business Partnerの略。人事が、事業部門の経営者や責任者のパートナーとして事業成長を人と組織の面からサポートする役割を担うこと。
以上、War for talentに打ち勝つための7つのポイントを紹介しました。いかがでしたか? 「ウチじゃこんなのは無理」と思っていては、残念ながらずっと採用できないかもしれません。
しかし、もう一度読み直してみてください。今回ご紹介した7つのポイントのほとんどは、お金を使わなくても知恵と工夫でできることです。時間はかかるかもしれませんが、きちんと取り組めば、War for talentに打ち勝つ可能性が高まります。ぜひチャレンジしてみてください。
中尾隆一郎:中尾マネジメント研究所代表取締役社長。1989年大阪大学大学院工学研究科修了。リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長、リクルートワークス研究所副所長などを経て、2019年より現職。「旅工房」、「LIFULL」、「ZUU」社外取締役、「LiNKX」非常勤監査役も兼任。新著に『リーダーが変われば、チームが変わる』がある。