撮影:小林優多郎、NASA EOSDIS LANCE and GIBS/Worldview
台風による大雨や洪水に、連日にわたる酷暑など、気候変動を肌で感じるようになってきた。
世界では、引き続き地球温暖化による気温上昇を抑える取り組みを進める一方で、徐々に気温がある程度上昇した世界に適応する方策を考え始めている。
激甚化する自然災害への対策は、日本にとっても喫緊の課題だ。
「高精度な予測を提供し、気候変動による災害を対策していくことで、より良い未来の投資を喚起していきたい」
こう語るのは、東大発・気候科学スタートアップ、Gaia Vision(ガイアビジョン)のCEOを務める北祐樹さんだ。ガイアビジョンは、気候科学の専門知を生かして河川の氾濫などを予測し、企業の気候変動リスクを算定するサービスを提供している。
自身も気候科学の専門家である北さんに、「気候科学」が現代の災害対策に欠かせない理由や、ガイアビジョンが描く未来を聞いた。
※取材の様子は、こちらのYouTubeや各種Podcastサービスからご覧いただけます。
大気を細分化して「地球の未来を予測する」
ガイアビジョンの北祐樹さん。
撮影:小林優多郎
北さんは、ガイアビジョンについて「気候科学を専門とする唯一のベンチャーなんです」と話す。
ここ数年、「気候テック」と呼ばれる気候変動に関連した課題を解決する企業は無数出現している。ただ、二酸化炭素の排出量を計算したり、素材開発などで二酸化炭素の排出量の削減や吸収をしたりするような企業が多く、確かに温暖化などの気候にまつわる「現象」を直接的に研究する「気候科学」の分野から起業した事例は非常に珍しい。
北さんによると、気候科学では、大気や海の流れなどの現象を定量的に分析し、その変化や影響を予測する。天気予報のようなものをイメージする人が多いかもしれないが、天気予報で扱われる「気象」が数時間〜二週間程度先までの予測であるのに対し、「気候」では数カ月〜数千万年という長い期間の変動を扱う。
北さんは、気候や気象を予測するには大気の動きだけでなく、陸の地形や海流など、さまざまなことを考慮することが重要だと話す。
NASA EOSDIS LANCE and GIBS/Worldview
例えば台風が大きく成長するには、海水温の高い海から水蒸気が供給される必要がある。ただ、台風を正確にシミュレーションするには、海水温以外にも、塩分濃度などの海の状態まで考慮する場合もあるという。
シミュレーションにはスーパーコンピューターを活用。気温や水温など、基本的な計算をするだけならパラメーターの数は少ないものの、
「地球を(立体的な)格子状に区切って計算するのですが、その格子を細かくしないといけないんです。全世界で計算をしないと正しい現象は見られませんし、それを60秒ごとに計算して2週間積み上げる…ということをやるとかなりの計算量になってきます」(北さん)
と、気候科学の知見をもとにした計算式によって、ある意味「力技」で地球の未来の気候を予測することができるのだという。
博士から気候科学で起業したワケ
北さんは現在、ガイアビジョンの代表を務めながら、東京大学生産技術研究所で特任研究員として研究も進めている。
撮影:小林優多郎
北さんは、東京大学大学院で台風や爆弾低気圧が発達するメカニズムを研究し、環境学の博士号を取得している。現在もガイアビジョンの代表を務めながら、東京大学生産技術研究所で特任研究員を兼任する。
幼少期から環境問題や自然災害に関心があり、気候変動のような自然災害を何とか止めたいと思ったことが、研究の道へと進んだきっかけだった。純粋な研究者として研究に身を投じる選択を取らなかったのは、研究を続ける中で地球温暖化に関する議論はすでに「専門的な知識を生かして社会をどう変えるのか」という段階に来ていると感じたからだ。実際、北さんは博士号を取得後、一度損害保険会社へと就職している。
当時は「起業」という選択肢は考えもしなかったというが、アメリカでのクライメートテックバブルの中で、博士号を取得後に起業している同業界の研究者などの姿に刺激を受け、2021年にガイアビジョンを設立した。
「この分野(気候科学)で起業する人は非常に少なく、難しさもあります。ですが、ビジネスチャンスがすごい広がっていることを、損害保険会社で仕事しながらも感じていたので。自分で何か作り出すこと自体、非常に好きでしたし、抵抗なく始めました」
世界中をシミュレーションしてリスクを算定
サービスのローンチ後、メーカーやインフラ系の大企業からの問い合わせが増えているという。
撮影:小林優多郎
ガイアビジョンでは、2023年の3月から、世界中のハザードマップと独自の分析アルゴリズムを元に、河川洪水のリスクを予測するクラウドサービス「Climate Vision」の本格提供をスタートしている。
利用者は分析したい場所を選択すると、その地点の河川洪水による影響や将来的な気候変動による財務影響の程度を分析することができる。
例えば、発生確率が1%程度の大雨が発生したときに、何メートルまで浸水し、工場の被害が何十億円…という形だ。この計算を国内だけではなく、世界中で適用できる点が強みだ。
日本では、2023年1月より有価証券報告書等においてサステナビリティ情報の開示が求められるようになった。世界的にも、気候変動がどの程度事業に影響を及ぼすのか、開示する流れがある。
現在の気候での影響や、将来的に温暖化が進んだ世界での被害算定なども可能だ。
画像:Gaia Vision
国内だけで見れば、損害保険会社などがこれまでの災害データなどを元に似たようなリスク判定をすることは不可能ではない。ただ、グローバルレベルでリスクを判定するのは、そう簡単ではない。
そのため、ガイアビジョンにはすでにメーカー、インフラ系の企業をはじめ、上場企業などから問い合わせが多くある状況だという。北さんによると、大手メーカーのNECでは、サステナビリティ報告書などにガイアビジョンのサービスの結果を反映しているという。
世界をリードする研究の知見を搭載
ガイアビジョンのサービスでは、国内であれば30メートル間隔、海外でも90メートル間隔で洪水の予測ができる。このレベルの高精細さで災害を予測できるサービスは世界でもなかなかないと北さんは自信をみせる。
創業たった2年のベンチャーがこれを実現できたのは、ガイアビジョンがこれまで日本で培われてきた気候科学の専門知を生かしているからにほかならない。
スーパーコンピューターで災害をシミュレーションするにしても、雨量や河川の立地、その周辺の地形や勾配などの情報が分かっているだけでうまく予想できるわけではない。ガイアビジョンには、技術顧問として東京大学生産技術研究所の山崎大准教授が参画。山崎准教授は、気候変動予測や洪水リスク評価で世界をリードする研究者で、ガイアビジョンの計算アルゴリズムの根幹を支えている。
適切な災害投資で、より多くの人を救う
撮影:小林優多郎
ガイアビジョンでは今後、河川洪水以外の災害へも対応していくべく、研究開発を進めていく方針だ。
また「Climate Vision」による分析は、すでにグローバルレベルで実現できることから、国内だけにとどまらず、まずは水害の多い東南アジアへのサービス展開を進めていくとしている。
「産業化が進んでいくと、水に沈んだら困るものが増えていきます。気候変動で大雨が増えていく中で、どこに投資してどういう資産を守るべきか、ということを私たちのシミュレーション技術を使ってサポートしていきたいと思っています」(北さん)
堤防を建てる、ダムを作る、かさ上げ工事をする……災害対策にはさまざまな方法がある。ただ、災害の予測をはじめとした気候変動への適応への投資は、費用対効果がわかりにくいことがこれまでの課題だった。
「自治体や途上国政府、あるいは企業が、今後激化する気候変動への対策をどう進めていくのか。私たちがシミュレーション技術を使えば、どんな施策が一番適切で効果が高いかをすぐに計算できる。適切な投資をして、より多くの人を救う。私たちはビジネスの先に、そういう世界を見据えています」(北さん)
※この記事は、Business Insider Japanのビデオポッドキャスト番組「DeepTech研究所」の内容を一部編集したものです。全編をご覧になりたい方は、各種ポッドキャストサービスか以下のYouTubeをご利用ください。