撮影:井上榛香/三ツ村崇志
関東大震災から100年。この100年の間に、日本はさまざまな災害に見舞われてきた。
阪神淡路大震災や東日本大震災をはじめとした大地震だけではなく、例年のように日本列島を襲う台風や線状降水帯による大雨や洪水、夏の酷暑ももはや災害的だ。気候変動に伴う災害の激甚化は、私たちの防災のあり方を変えつつある。
とりわけ「気象情報」は、生活やビジネスにとって欠かせないインフラ情報だ。
今や累計3700万ダウンロードを突破したお天気アプリ「ウェザーニュース」を展開する民間気象会社のウェザーニューズは、2023年5月期の決算で過去最高の売上高211億円、純利益23億円を達成。防災にも関係する公的な側面が強い気象情報というサービスを手掛けながら、国内はもちろん、世界でも存在感を発揮し続けている。
ウェザーニューズの石橋知博副社長に、気候変動時代の民間気象会社のあり方と成長戦略を聞いた。
「気象会社」から「気候会社」へ
ウェザーニューズ副社長の石橋知博さん。創業者の石橋博良氏は父親だ。「実家が天気やでして」と笑いながら語っていた。
撮影:三ツ村崇志
── ウェザーニューズは、もともと創業者の石橋博良さんが経験した海難事故をきっかけに設立された会社だと聞いています。防災の意識は強いと思うのですが、気候変動の影響が強まっている中で、世の中の防災に対する変化をどう捉えていますか。
日本も変化していますが、一番変化したのは地球だと思います。その変化に合わせて、(私たちも)変化せざるを得ない。個人の生活はもちろん、やはり企業も変化しています。
これまでウェザーニューズは目先の「気象」、つまり天気予報を強みとして、BtoBを中心に事業を行ってきました。これから先は気象に加えて「気候」にどう貢献できるかが一つのテーマになってくると思います。
──「気候」というと、もう少し長期的な地球の変化に対応するということでしょうか。
そうですね。一番違うのは時間軸です。「20年後の天気予報です」とは言わないですよね(笑)
気象予報がなくなるわけではありませんが、気候について考えていかないといけない時代になってきている。
── 企業や個人から、そういった情報提供が期待されているのでしょうか?
個人のレベルですごく期待されているという感覚はまだありません。ただ企業は、特にプライム市場などでは、情報公開していく流れになっていますので、かなりニーズを聞きます。
気象も気候も、「今」この瞬間に何かしなければならないという意味では実は同じなんです。明日大雨が降るなら、今日のうちに準備をしておかないといけませんよね。気候も、30年後に対して、今日、明日から何ができるか考えざるを得ない状況になっています。そういう意味で、やはり世の中も変わってきたのかなと。
気象の「情報」を「サービス」に昇華する
── 気象庁をはじめ、公的な機関も気象・気候に関する情報を公開しています。そういった環境の中で、なぜウェザーニューズのサービスは受け入れられるようになったのでしょうか?
ウェザーニューズには創業当初から「気象情報はインフラになるべきだ」という思想がありました。それはやはり、情報を届けられていれば、小名浜の事故(※創業のきっかけになった海難事故)を防げていただろうという考え方が明確にあったからです。
「気象庁がいて市場がないからやらない」のではなく、より良いサービスを提供できる確信が最初からあったのだと思います。
1970年に福島県いわき市小名浜港に着船する予定だった貨物船が爆弾低気圧の影響で沈没し、乗組員15人が亡くなった事故が発生。ウェザーニューズ創業者の石橋博良氏は、当時商社で貨物船の着港場所を指示していた。この事故がきっかけで、ウェザーニューズを創業することに。
画像:ウェザーニューズ 中期経営計画資料より引用
実際、最初は「船乗りの命を救いたい」という思いのもと、船舶業界向けの事業から始めました。ただ、気象情報を求めているのは船乗りだけではありませんでした。
航空会社やお弁当屋さん、コンビニエンスストア、スタジアムなど、気象庁の情報だけでは満たされない、ピンポイントで天気予報を知りたいビジネス需要がやればやるほど出てきた。
それを積み重ねていった結果、日本においては国(気象庁)と民間サービスの住み分けができてきたのではないでしょうか。売り上げも階段のように徐々に積み上がっていきました。
── 気象庁などが出す幅広い「情報」から一歩踏み込んだ「サービス」への需要が大きかった。
今でこそ「サブスク」という言葉がありますが、我々のビジネスはほとんど全てが月額料金をいただく形態です。これは、ウェザーニューズに支払う月額料金に対して「この情報があったから、これだけの損失を防げた」もしくは「これだけの売り上げを出せた」とROI(投資収益率)で価値を示し続けなければならないということです。
天気予報は気象の「情報」です。でも「サービス」のレイヤーに持っていくには、ROIが成立していないといけない。
コピペできない「コミュニティ」で差別化
ウェザーニューズが提供するお天気アプリ「ウェザーニュース」。累計ダウンロード数は3700万を超えた。細かい天気予報情報や、雨雲レーダーなど、使った事がある人は多いだろう。
撮影:三ツ村崇志
── 法人に限らず、個人向けサービスの有料会員数も増えていると聞きました。個人の間でも、気候変動や災害対策への関心が高まってきているのでしょうか。
この夏の暑さや台風の巨大化など、気候変動はすでに気象に影響を与えつつあります。そういう意味で、天気予報のニーズが高まっているというのは一つあると思いますね。
ただ、個人向けは法人向けとは違うロジックで考えないといけないと思っています。「傘を何本買わずに済めば元を取れる……」なんて考えてサービスを使う人はなかなかいませんから。でも、ゴルフに行くときや洗濯物を干すときには便利だから月額360円、つまり1日10円ぐらいはいいかということで、お客様が増えてきました。これは、積極的に広告投資をしてきた成果だと思っています。
ウェザーニューズの予報センター。ウェザーニューズでは独自に天気を予報、テレビ局などの天気予報作成にも携わっている。
撮影:三ツ村崇志
── ただ、あえてウェザーニューズのアプリを使う必然性はないようにも思います。天気予報アプリは、スマホの基本アプリとして入っていますし。
やっぱり「一次ソース」を作り、そこで差別化をしない限り生き残っていけないと思っています。
例えば、外部からデータを買ってUI/UXが綺麗なサービスを作っても、大きな資本が参入してくると崩れてしまいますから。
── ウェザーニューズではどう差別化しているのでしょうか。
天気の一次ソースで差別化できるところは「予報」です。我々は予報を自分たちで作っています。
観測機を設置するなど、色々なことをやっていますが、それでも大きな資本を投入されるとひっくり返すことができてしまう危機感がありました。予報のモデルやプログラムも真似することができてしまう。
僕らが最後にたどり着いたのは、「人の気持ち」というロイヤリティという点です。
例えば、アイドルファンに「明日から別のアイドルを推せ」とは言えないですよね。応援して、一緒に成長してきた体験は簡単に置き換えられない。同じように、私たちも「一緒に作る」ことにしたんです。
ウェザーニュースでは「ウェザーリポーター」というサポーターのコミュニティを2005年から作っています。
── リポーターが撮影したリアルタイムの空の写真を、天気予報に反映する取り組みですね。
当時は有料会員だけが写真を送れるようになっていました。みんなで桜の開花前線見てみようとか、みんなでゲリラ雷雨を発見していこうとか……。最終的に社会に還元するような価値を見据えて、みんなでやる面白みや写真を送ることで天気予報が変わるという「体験」を作る。
最初は絵に描いた餅でしたが、やっている間にウェザーリポーターの活動がないと運営できないくらい共存関係のようになっていきました。
実は法人のお客さんも、この構造は一緒なんです。
あらゆる企業の「天気」にまつわる課題を解決
8月30日には、小売や飲食事業者向けに天気予報を活用した「来店客予測データ」の提供を開始。首都圏のスーパー「マルエツ」が全店舗で先行導入し、発注業務やシフト管理に活用。業務の効率化を実現できているという。
画像:ウェザーニューズ
── 法人向けのサービスでは、企業とどんな関係を構築することで差別化しているのでしょうか。
例えば船の業界は、お客様が持つ船からデータを頂いています。船が(海の気象の)観測装置になっているわけです。お客様が増えれば増えるほど、結果的に返す予報の精度やサービスが良くなる構造になっています。
他にもコンビニだと、「晴れるとこれが売れない」とか「雨が降るとお客さんが来ない」とか、そういうデータを持っています。POSデータ(販売記録)を天気と併せて分析して、どんな関係があるのかを一つひとつやっていく。
こうやって一つずつ、業界に対して(気象データでできることを)作っていくんです。ある程度お客様に納得していただけるサービスになってくると、業界で同じようなニーズが出てくるので横展開していく。
ウェザーニューズでは、どのサービスとってもお客様と一緒に作っていないサービスはありません。
── 一方、気象情報の需要が高い業界の需要はもう取り尽くしてしまったのでは。今後はどう成長を持続させる計画なのでしょうか。
これまではある市場に対してサービスを作り、それ毎に事業部などを立ち上げてきました。業界ごとに「いろんな店構えができた」という状況です。
国内ではコンビニの大手3社をはじめ、大手企業とは大体連携(サービス提供)させていただいています。コンビニや航空業界、テーマパークなど、気象情報を上手く活用すると、その分削減されるリスクやコストも大きいので、マーケットは確立できました。
この先は、中小企業、個人事業主などが抱える「これまで対応できていなかった小さな困りごと」にリーチできるようなSaaSに体制を変えていきます。
企業版ウェザーニュースアプリを展開。大手小売のカインズでは、店舗の災害対策や安全営業のためにアプリを導入している。
画像:ウェザーニューズ
—— その一つが、ビジネス版のウェザーニュースアプリ※になると。
スマホアプリと法人向けサービスの間ぐらいのマーケットを狙ってやっていると、色々なニーズがきます。
農業に活用するにも色々ありますし、学校や幼稚園、カフェやビル管理などにも需要がある。逆に、それは(これまでのように)一つずつ話を伺えないところもあるんです。ある程度お客さん自身がコントロールできる仕組みを作りながら、天気の困りごとに対応できるようなサービスが立ち上がりつつあるという感じなんです。
最近はZoomでミーティングもできますし、日本ではここ数年は社内のデータを活用しなきゃいけないという雰囲気や、スマホで仕事をするようにもなってきています。DX化やモバイル化で企業の体質が変わっている中、気象情報を上手く使うことで従業員の安全や売り上げの増加、コスト削減という結果が見える環境になってきました。
※ウェザーニューズでは、2022年に既存アプリの法人版に相当する「ウェザーニュース for business」の提供を開始している。
天気を起点に業界をまたいだ価値創造を
石橋さんは「気象のカテゴリをリードしていく企業として、売り上げももう1桁程上げていかないといけない」と今後の展望を語った。その鍵を握るのが、積極採用を進めてきたエンジニアたちだ。
撮影:井上榛香
── 気象データというビッグデータを起点にさまざまな業界へアプローチしていくには、エンジニア人材の確保も重要になると感じます。人材投資の考え方を教えてください。
3、4年前から人材の取り方をガラッと変えました。
以前は、毎年30人ぐらい入ってくる新入社員のうちの8割が気象学を勉強してきた人たち、残りがエンジニア、たまに営業という内訳でした。それが今は新入社員のほとんどがエンジニアになりました。
「ウェザーニューズはデータがいっぱいあって面白そうだな」「社会に貢献もできそうだ」と言って、気象はよく知らないけど統計をバリバリやっていたようなエンジニアが入ってきています。彼らがいい意味で社内をかき混ぜているんです。
社内のあらゆるツールやプロダクトを、一昔前のオンプレで作っていたところからクラウドに持ち上げてモダン化していきました。そういったこともあって、利益体質に変わってきました。この流れはまだ続くと思っています。AIをどう使っていくかというところは勉強中のところですし。
ただ、AIがある程度コモディティ化したときに、社内や企業活動、生活に実装していくには時間がかかると思っています。ここは人材投資も非常に求められてくるのではないかと思います。SaaSの言葉で言うとカスタマーサクセス(CS)ですね。
── SaaSの展開やAIの実装に伴うCS集団の育成は、中期経営計画でも触れられていましたね。今後5、10年で、ウェザーニューズの事業はどう発展していくことになるのでしょう。
公言している数字はありませんが、やはりこの先10年でスケールさせられるかが大きなテーマです。ウェザーニューズのような気象をリードしていく企業の売上が数百億規模だというのは、ちょっと存在感が薄いんじゃないかとも思います。やはり売上が1桁ぐらいは上がっていかないと、社会も変わらないんじゃないかなと思うので。
── どうスケールさせていくのでしょうか。
我々は、「データ」「Forecast(予報)」「コミュニティ」という三つのバリューを掲げています。良いデータがあれば予報が当たり、顧客が集まってコミュニティができる。そこから再びデータが集まってくる——。
一部ではこのサイクルが回っているのですが、全市場で回っているわけではありません。これをこの3年間でしっかり作っていこうとしています。世界中からデータを集めることもそうですし、気象のデータ以外のビジネスデータや「明日使えるデータじゃないもの」も含めて、データは投資してどんどん集めていく。
その先に、例えば安全なルート情報を提示していた船のコミュニティから「環境に優しい運航をしたい」というニーズが挙がってきたとします。ウェザーニューズには気象条件と船のパフォーマンスのデータがあるので、それを元に「環境に優しいルート」という違う価値を出せる。個人向けサービスでも、みなさんがリポートしてくれることで、ゲリラ雷雨や桜の開花予想が当たるようになる。こうやって、少し価値が異なるサイクルに入っていくことができるようになるんです。
将来的には、(サイクルが)他の業界と交わるところも出てくると思います。
物流だけ見ても、道路、電車、飛行機とそれぞれのコミュニティでデータを集めてForecast(予報)を出せば、全体の物流をデザインできるはずです。太陽光発電や風力発電などのエネルギー業界も同じです。
さまざまな企業と一緒に、価値創造の場を広げていきたいと思っています。