WOTAの前田瑶介CEOは、今回のプロジェクトについて「やりたいとかどうとかではなく、やらないといけないプロジェクトだと思っている」と決意を語った。
撮影:湯田陽子
水事業の構造的な課題解決を目指す東京大学発ベンチャー「WOTA(ウォータ)」が、全国各地で値上げが相次ぐ水道事業の経営問題解決に向け、新たなプロジェクトを開始した。
WOTAは2022年5月、キッチンや風呂、トイレなど住宅の生活排水すべてを再利用できる「小規模分散型水循環システム」を開発。家で使った水をその場で回収・処理し、再び使える水に戻す再生循環の仕組みを構築した。
既存の水道インフラ(水道管)に接続せず、独立して使えるため、インフラ維持コストが高い過疎地などにおける画期的なソリューションと注目されてきた。
WOTAが2022年に開発した「小規模分散型水循環システム」のイメージ。今回のプロジェクトで初めて一般家庭に設置し、実証実験を行う。
提供:WOTA
今回のプロジェクト「Water 2040」では初めて、このシステムを愛媛県、東京都利島村にある一般の住宅に設置し、実証実験を行う。
うち、利根村では、ソフトバンクがプロジェクトマネージャーとなり、WOTAのシステムに加え、モバイル通信機器、太陽光発電を搭載したコンテナ型のオフグリッド型居住モジュールの実証を進める。
水道事業が抱える構造的な「赤字」問題
「これは、やりたいとかどうとかではなく、やらないといけないプロジェクトだと思っている」
8月31日に会見したWOTAの前田瑶介CEOはそう語り、プロジェクト始動の根底にある危機感をにじませた。
背景には、全国各地の水道事業が抱える経営危機問題がある。
日本の上下水道事業は戦後、主に市町村が担って整備を進めてきた。その結果、水道普及率は世界でもトップクラスの98.1%に達している(2021年度)。
しかし、水道管などの水道施設は定期的に更新しなければならず、多額の更新費用がかさんで経営を圧迫。しかも、人口減少で過疎化が進み、1世帯あたりの更新費用が増大傾向にある。
「上下水道の財政問題をシンプルに言うと、浄水場から非常に離れていて、しかも大勢が住んでいない地域まで長い配管が必要なこと。そしてその配管(コスト)が高いこと(が原因)。特に人口密度の低い地域を抱える自治体は、財政の収支バランスが厳しい状況になっている」(前田CEO)
結果、水道料金収入でまかないきれない自治体が増加し、その赤字額は全国で計1.2兆円にも上っているという(2022年度)。今後、赤字幅はさらに拡大し、2040年に4兆円に達すると見込まれている。
1世帯あたりの初期投資を大幅削減可能
上下水道事業における財政赤字の構造(総務省の決算データよりYCP Solidiance試算)。
提供:WOTA
その対策として、水道料金の値上げのほか、官民連携、複数の水道事業者(自治体)による広域連携で効率化を図る動きが出ている。
一方、既存の水道インフラから独立した分散型の仕組みは、以前から存在していた。集落ごとに共同運用する小規模給水施設や、井戸、給水車による送水などだ。しかし、いずれも初期投資や維持運営費が高いというコスト的なデメリットがある。
結果、人口密度の少ない地域、特にすでに赤字化している人口10万人以下の自治体の財政問題をどうするか、根本的な打開策が見出だせない状況にあった。
そうした構造的な課題を解決するシステムとして注目を集めてきたのが、WOTAの小規模分散型水循環システムだ。
このシステムによる財政的なメリットについて、前田CEOはWOTAが取引している自治体の例を踏まえ、次のように語った。
「1世帯あたり数千万円程度の初期費用が、WOTAのシステムの場合、1世帯あたり数百万円のオーダーまで下げられる」(前田CEO)
WOTAと愛媛県の試算によると、住民が共同運用している小規模給水施設を更新する場合、設備投資・維持管理を含め16億円かかるが、WOTAのシステムの場合は4割減の9億円程度で済むという。
災害対応から日本の水問題解決へ
会見で「創業から9年間、今日という日を目掛けてやってきたと言っても過言ではない」と語った前田CEO。
WOTAは2014年に創業し、ポータブル水再生プラント「WOTA BOX」を開発。2016年の熊本地震、2018年の西日本豪雨、2019年の台風19号など、上下水道が寸断された災害現場で、被災者の手洗い・入浴用に利用されてきた。
「Water 2040」プロジェクトについては3つのフェーズに分け、特に深刻な問題を抱える地域から本格的な実装を進めていく。
第1フェーズの2023年は、水道料金も含め、住民の生活にすでに深刻な影響を及ぼしている地域に対して先行的に導入。第2フェーズは、2030年までに、財政赤字のため老朽化した配管の更新が厳しい全国各地の代替手段として実装する。さらに、第3フェーズとして、2040年までに人口密度の低い地域における「標準的な水インフラ」としての定着を目指す考えだ。
愛媛県、東京都利島村で実証スタート
会見にはWOTAの主要株主でもあるソフトバンク、日本政策投資銀行が、それぞれの課題感とプロジェクトへの期待を語った。
提供:WOTA
今回のプロジェクトに参画した愛媛県、利島村ではすでに実証実験が始まっている。
愛媛県では、県内3カ所で実施する。うち、西予市では2023年8月に開始しており、残る伊予市と今治市は2023年秋ごろからスタート。最低12カ月はデータを取り、WOTAにフィードバックしながら開発に生かす。
その結果を踏まえ、2025年度以降の方向性を2024年度に検討する予定だ。
ソフトバンクが利島村で手掛けるオフグリッド型居住モジュールの実証についても、すでに6月初頭にスタートした。2023年3月まで、実際に住民がコンテナで生活している状態でのデータを取得する。
その後、2025年度までに建設予定の公共施設に実装し、将来的にはこのモジュールを生かし、村の水インフラ最適化を図りたい考えだ。