米投資銀行エバーコア(Evercore)の株式市場に関する最新予測はまさに「天国と地獄」が共存する内容だ。
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米国株の格言では「5月に売り逃げろ」と言われる。夏になると投資家が取引をやめてビーチでの休暇に入るため相場が下落する傾向にあることを指したものだ。
格言には続きがあって、「9月に戻ってくるのを忘れるな」とも言われる。夏場の下落が9月には底を迎えるので、その頃に再び買い場が来るというわけだ。
ただ、2023年のここまでの値動きを見る限り、その格言を当てはめるのが難しい。
6月以降も株価は上昇を続け、8月中旬に一時下落に転じたものの、下旬にはまた持ち直し、年初来では引き続き高い水準をキープしている。
いずれにしても、過去のデータを見る限り、9月が株式市場にとって圧倒的に最悪の月であることは間違いない【図表1】。
【図表1】市場の季節性。棒グラフはS&P500種株価指数の平均月間リターンを示す。8月に天井を打ち、9月に底入れ。10月にかけて再び上昇に転じて買い場が来る。点線は1928年以降の平均リターン。
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この9月は特に荒れ模様になる可能性がある。市場全体に不安が高まることで投資家たちが逡巡し、年初来の上昇相場にもついに息切れの時が来たのではないかと先行きを懸念するようになるからだ。
米投資銀行エバーコア(Evercore)傘下の金融調査会社インターナショナル・ストラテジー&インベストメント・グループ(ISI)のストラテジスト、ジュリアン・エマニュエル氏は近ごろ、顧客向けメールでこの先の展開について警鐘を鳴らしている。
エマニュエル氏は同メールで、投資家が9月に向けて警戒すべきこと、投資すべき分野、さらに、9月の株式市場が不調でも、それは「不幸中の幸い」と言える結果になり得る理由を詳述した。
景気後退入り示唆する「3つの警告シグナル」
S&P500種株価指数が7月末に52週高値(4607.07)を記録してから、投資家の楽観的なスタンスに陰りが見え始め、年初来の上昇相場も勢いが止まったように見える。
その端的な例と言えるのが、画像処理半導体大手エヌビディア(Nvidia)の株価の動きだ。
同社は5月24日に2024会計年度第1四半期(2〜4月)決算を発表。人工知能(AI)全般ひいてはテクノロジー銘柄の輝かしい未来を示唆する圧倒的な内容を受け、エヌビディアの急騰に引きずられるように株式市場全体が上昇した。
そして、エヌビディアは8月23日に発表した第2四半期(5〜7月)決算で市場予想を大きく上回る驚異的な数字を再び叩き出した。売上高は前年同期比でほぼ倍増、純利益は同9.4倍に膨れ上がった。
発表当日、エヌビディア株価は(時間外取引で終値から)一時10%ほどの上昇を記録、年初来の最高値を更新した。しかし、その勢いは続かず、翌々日の8月25日には下落に転じ、以降は横ばいが続く【図表2】。
【図表2】5月の1Q決算発表で大きく株価を伸ばしたエヌビディアだが、8月の2Q決算では驚異的な数字を残しながらもさらなる株価の飛躍は見られず。ジェンスン・フアン最高経営責任者(CEO)を「アンコールに応えるにはこれ以上何をしたらいいのか」と悩ませる結果に。
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この決算発表後の株価下落は、夏から秋へと季節の変わり目に見られる自然な動きで、投資家は単に利益を確定させておきたかっただけだ。
しかし、近ごろの株式市場の弱さは本当にそうした季節性を示すだけの変化なのだろうか。
エバーコアのエマニュエル氏はそうは考えていない。
長らく懸念されてきた景気後退入りは杞憂にすぎなかったとの楽観論が広がり、7月までに一度は崩れ去ったと思われた「不安の壁」が、ここに来て再びその姿を現したと彼は考えている。
「10年物米国債の利回りが4%を超え、中国の(不動産市場の異変をはじめとする)経済停滞への懸念、(ロシア・ウクライナ戦争を背景とする)欧州経済の低迷、さらにはアメリカの一部の小売業界の低調な推移などもあって、7月までにほとんど消え去った『不安の壁』が再構築されつつあります」
エマニュエル氏が特に懸念するのは債券利回り、とりわけ10年物米国債のそれだ。
過去のデータを踏まえると、2022年末から2023年初めがまさにそうだったように、利回りが4%を超えてくると株式市場にダメージをもたらすことが多い【図表3】。
【図表3】ここ1年ほどのS&P500種株価指数(青線)と10年物米国債利回り(灰線)の関係。国債利回りが4%超の時期とS&P500種の大幅下落局面は整合的だ。
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エマニュエル氏の指摘によれば、2022年から23年の第1四半期(1〜3月)にかけての時期、インフレが加速と沈静化のどちらに向かうか先行きが見えず、ボラティリティを警戒して投資家が慎重になったことで株価は下落、国債利回りは上昇(したがって国債価格は下落)。株価と債券は正の相関で推移する形になった。
ところが3月、シリコンバレーバンクの経営破綻を機に銀行危機が発生し、潮目は完全に変わった。米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げ観測が広がり、投資家たちが再びリスクテイクに転じて株式市場に殺到、株価は上昇した。
その一方で、米経済の底堅さを背景に債券利回りは上昇し、投資家たちもリスクオンのメンタリティ(心理)を失わなかった。
「AI分野のトップ企業の業績拡大によるアニマルスピリットの再燃に加え、FRBは預金者の『後ろ盾』であり続け、(連邦議会の合意により)政府債務の上限は引き上げられ、財政資金の枯渇には至らないのが『変わらぬ日常』であるとの認識が広がったことで、投資家たちはリスクオン姿勢を取り戻したのです」
ただし、これから投資家のスタンスがリスクオンからリスクオフに変わった場合、それは市場が問題に直面し、景気後退入りが迫っていることを示唆する最初の警告シグナルと考えるべきとエマニュエル氏は指摘する。
「8月中、株価が間違いなく不安定化したのに対し、債券利回りはじわじわと上昇が続きました。しかし、より大きなリスクは『パラダイム転換』から『リスクオフ』に向かい、株価と債券利回りがともに下落を始める展開です。
かつて株価と債券との間に正の相関があった時期、つまり1974年、87年、98年はいずれも弱気相場の年で、当時もやはりリスクオンからリスクオフへの転換が起こり、そこから株価と債券利回りが同時に下落する展開を経験しています」
【図表4】かつては不安定なインフレが株価と債券の正の相関を生み出してきた。その注目すべき例外が1974年、87年、98年だ。上は個人消費支出(PCE)コア価格指数(前年比)の推移。下はS&P500種株価指数と10年物米国債利回りの年間リターン相関係数の推移。
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エマニュエル氏が注視する警告シグナルは他にも2つある。
同氏は欧州と中国の弱さにも関わらず力強いパフォーマンスを発揮してきた米国の資本財セクターを高く評価する。
しかし、もし資本財セクターが200日移動平均線を下抜けるようなことがあれば、それは同セクターの「降伏(capitulated)」もしくは投げ売り状態を意味し、他のセクターも引きずられて下落する可能性が高い。これが第2のシグナルだ【図表5】。
【図表5】S&P500種株価指数の資本財セクター指数(青線)と200日移動平均線(黒線)の推移。
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第3の警告シグナルとして、エマニュエル氏は、経済の健全性を示す最も重要な指標である雇用関連の数字に注目する。
特に同氏が重視するのは、雇用統計の「ゴールド・スタンダード」と位置づける新規失業保険申請件数だ。
新規失業保険申請件数は近ごろ増加傾向にあり、エマニュエル氏によれば、1週間当たり25万件を超えた場合は警告シグナル、4週間もしくはそれ以上30万件超が続いた場合は景気後退入りを示す明確なシグナルになるという【図表6】。
【図表6】新規失業保険申請件数の推移。ここ1年間は上昇基調が続くものの、危険水域とは言えない。
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なお、米労働省が直近8月31日に発表した8月26日までの1週間の新規失業保険申請件数は22万8000件と若干減少している(本記事で紹介したエマニュエル氏の顧客向けメールでは、この月末の数字が米経済の先行きを占うと強調されていた)。
「8月天井打ち、9月下落、10月買い場」
ここまで紹介してきたような懸念材料に取り囲まれた9月は、投資家から見れば悪夢のような1カ月に感じられるかもしれない。しかし、過去のデータを踏まえて言えば、これは実は歓迎すべき9月と言える。
まず、9月に株価が下落すれば、10月は安値を拾うチャンスとなる。
そして、2007年と18年に経験したように、9月に株価下落を記録しない場合、投資家は後日その代償を払わされる(=大幅な株価下落に見舞われる)傾向がある【図表7】。
【図表7】2018年は9月に株価上昇(左)、同年10〜12月期に弱気相場を経験。2007年は9月に天井打ち(右)、翌08年の悲惨な展開は誰もが知る通りだ。
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さて、9月に株価下落を経験し、それが一段落したところでやって来る買い場を投資家はどう活かしたらいいのか。
エマニュエル氏は足元でエネルギー銘柄とヘルスケア銘柄を強気とする。
また同氏は、AI関連銘柄としてバーティブ・ホールディングス(Vertiv Holdings)、JPモルガン・チェース(JPMorgan Chase)、ブッキング・ホールディングス(Booking Holdings)、ドミノ・ピザ(Domino's Pizza)などに出資している。
9月の株価下落をうまく乗り切る最善の方法について、同氏は顧客向けメールでこう結論する。
「10月までディフェンシブな姿勢を崩さないことです。確実な買い場はさらにその先にあり、そこでより安値で買えるのですから」