「特務機関NERV」運営企業に聞く、X(旧Twitter)と防災インフラの現在地

特務機関NERVのXアカウント

特務機関NERVのX(Twitter)アカウント。Xユーザーであれば一度は目にしたことはある人は多いはずだ。

撮影:小林優多郎

「ゆれ」「地震…?」

日本で地震が発生すると、今でもSNS上には地震を報告する声が多数投稿される。

特に活発な情報発信をされている場といえばやはり、「X(旧Twitter)」だろう。筆者も大きな揺れではない場合は、まずXを見に行ってしまう。

ニールセンが6月27日に公表した調査結果によると、Xの月間利用者数は5989万人と、「LINE」の8089万人に次ぐ規模だ。

だが、Xは突然の名称変更、度重なる仕様変更や有料機能の「Premium(旧Blue)」の普及施策など、イーロン・マスク氏の買収前後で取り巻く利用環境が激変している。

いま、Xはライフラインとしての役割を担えるのか。195万超のフォロワーを持つ、防災情報アカウント「特務機関NERV(ネルフ)」を運営するゲヒルンに話を聞いた。

特務機関NERVが「X」での活動縮小を決めたワケ

ゲヒルン代表者

ゲヒルン代表の石森大貴さん(左)と専務取締役の糠谷崇志さん(右)。

撮影:小林優多郎

ゲヒルンは8月7日、特務機関NERVのアカウントでの停電情報と避難情報の投稿を停止すると発表した。理由はXによるAPIのレート制限によるものだという。

APIとは、Application Programming Interfaceの略で、簡単にいえばサービスとサービスをつなぐ仕組みのことだ。

特務機関NERVの投稿も運営者がスマホで入力しているのではなく、ゲヒルンのシステムと連携し、気象や土砂災害、地震などの最新情報を自動で投稿している。

ゲヒルンなどの企業は、このシステム連携した投稿をするためにエックス(旧ツイッター)に「API利用料」を払っている。

例えば、エックスが現在提供している「Twitter API v2」では、ビジネス向けの「Pro」プランの場合は月額5000ドル(約73万円)で月間30万投稿という価格設定になっている。

Twitter API v2の価格表

開発者向けページに掲載されたTwitter API v2の価格表。

出典:X

ゲヒルンが契約していたのはProより上の「Enterprise」プランで、値段と投稿上限は非公表となっている。が、ゲヒルン代表の石森大貴さんによると「高い金額なのに投稿(できる)数が少ない」と、冒頭の「投稿頻度の縮小」に至った経緯を話した。

糠谷崇志氏

Xでの情報発信について「棲み分けという意味では続いている」と話す糠谷崇志氏。

撮影:小林優多郎

X(旧Twitter)上で発信できる投稿数に制限がある状況では、何を投稿すべきか「優先順位」を付けざるを得ない。

「重要なものを投稿する余力を残しておくため」(石森さん)、停電や避難情報等といった局所的な情報はXとそれ以外のソーシャルメディア、自社アプリで情報発信し、Xは「Jアラート」や津波、地震などの比較的広範囲の情報伝達に使う、という方針にしたという。

Xは「ライフラインとしての機能が失われるつつある」

石森大貴氏

X(Twitter)についてのこれまでの活動と現在の印象を話す石森さん。

撮影:小林優多郎

ゲヒルンは2010年2月からTwitter(当時)で投稿を続けてきた。特に2011年3月11日の東日本大震災では、宮城県・石巻市にあった石森さんの実家は津波の直撃を受け、全壊するという被害にあっている

防災情報発信の第一線にいるサービス提供者として、現状のXの課題について石森さんに尋ねると、「2つの観点がある」と答えた。

「1つは、ライフラインとしての機能が失われるつつあると思っている。

一方で、経営者・エンジニアとしては『仕方がない』とも感じている。(Xのような)タイムラインを作るのは莫大なコストがかかっている。なんでも無料で運営するのは無理なのはわかっている。(Xオーナーの)マスク氏の判断も仕方がない」(石森さん)

Xがライフラインとして使われるようになった背景には、特務機関NERVアカウントを通じて発信してきたこともあるが、イーロン・マスク氏の買収前までのTwitterの日本法人が公共政策的な売り込みをしたいたことも理由の1つだ。

石森さんは意外にも、Twitter買収前から「Twitterをメインに据える方針は、2019年の段階で、自分たちの中では終わっていた」とも話す。その年には特務機関NERVアカウントがツイッター社(当時)によって突然「凍結」されるという騒ぎがあった。プログラマー・経営者としての直感で「ツイッター社はいつかサービスを保てなくなるのではないかと危機意識があった」とも言う。

「140文字という文字制限のあるTwitterは、防災情報プラットフォームとしては(当初から)不足している。

ただ、文章を編集したり、画像をつけたり、制約の中で技術的なチャレンジができた。また、ユーザーからのコメントがあるなど、SNSらしい良さはあった。

(ゲヒルンがTwitterに)依存していたのではなく、発信を止めてしまったら人の命に関わる。1人でも見にきてくれるなら、やらないといけないと考えていた」(石森さん)

専用アプリは9月1日から「強震モニタ」に対応

特務機関NERV 防災アプリ

特務機関NERV 防災アプリは8月28日に「強震モニタ」に対応した(写真はデモ画面)。

撮影:小林優多郎

特務機関NERVは投稿の種類や頻度は縮小するとはいえ、「アカウントが消えるわけではない」(糠谷氏)。

さらに、すべての情報は2019年にリリースされた「特務機関NERV 防災アプリ」(iPhone/Android対応)で引き続き受信できる。

アプリの主な機能としては、例えば地震で言えば現在地の震度予想や主要動の到達をカウントダウンするリアルタイムな緊急地震速報機能、各種気象情報などが無料で確認できる。

精力的なアップデートも続けられており、2022年9月1日には視覚の多様性に対応。2023年5月には河川情報に対応。アプリへの実装はまだだが、地方自治体が配信する「Lアラート」の情報にも今後対応する見込みとなっている。

強震モニタ

強震モニタ機能のデモ映像を倍速にしてGIFにしたもの。実際のアプリでは緊急地震速報の音声案内と共にスタートする。

出典:ゲヒルン

さらに、8月28日にはアプリで「強震モニタ」機能にも対応した。これは地震の「揺れ」を可視化する機能で、大規模な地震発生の際には、揺れの観測から2秒の遅延で確認でき、咄嗟の判断に役に立つ。

強震モニタは国立研究開発法人防災科学技術研究所の運用している同名の情報を専用回線を敷いて実装。

揺れ検知まで実装するサービスは、国内では個人が提供するアプリのみで、企業としてはゲヒルンが開発する「特務機関NERV 防災アプリ」と「TBS NEWS DIG」のみの提供となる(8月28日時点)。

「世の中の職業はすべて公共性がある」

ヘルメット

ゲヒルンのオフィスにはすぐ手に取れる位置にヘルメットが置かれていた。

撮影:小林優多郎

Xの変化を考える上で、キーワードとなるのが「公共性」だ。Xも営利企業であり、サービスを提供し、一定の利益を追求しなければならない。

そのため、「ユーザーがXに勝手に公共性を見出している」という見方も確かにできる。

その視点で言えば、ゲヒルンも変わらない。特務機関NERVのアプリをインストールしたり、アカウントをフォローしているユーザーからしてみれば、1つの「ライフライン」になっているはずだが、ゲヒルンもXとは規模は違えど営利企業だ。

石森氏は「(公共性を見出されることは)自然なこと」だと言い切る。

「世の中の職業はすべて公共性がある。ガソリンスタンド、スーパー、コンビニも。 商売は公共性が土台にあってその上に利益やサービスがある」(石森氏)

ゲヒルンロゴ

撮影:小林優多郎

その考えのもと重視しているのが「事業としてきちんとビジネスになっているか」だ。ゲヒルンも「防災情報をビジネスとして継続させていく」ことを念頭に活動している。

「自治体や国だけが公共かといえばそうではない。民間(企業)は投資もできるが、撤退もできる。社会はそれで成り立っている。

もし、全部社会主義的になっていたら進化しなくなってしまうだろう」(石森氏)

これまでX(Twitter)が情報インフラとしての一定の役割を果たしてきたことは間違いないが、変化が訪れているのも事実だ。

ゲヒルン自身も「ActivityPub」の仕組みを通してXとは別のSNSの発信手段を模索している。

ActivityPubは非集権型・分散型SNSのプロトコルで、対応するSNSであれば、同じSNSを使っていなくても特務機関NERVの情報をユーザーが受け取れる。

ActivityPubは現在、「Mastdon(マストドン)」や「Misskey(ミスキー)」が対応し、今後メタも「Threads(スレッズ)」で対応を予告している、

ユーザーとしては、アプリの利用、他のSNSというような「もしもの備え」を常に意識しておくことが必要な時代になったということなのかもしれない。

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