Arantza Pena Popo/Insider
大きな波が世界経済に打ち寄せようとしている。
AI(人工知能)の出現は、風変わりな映画や真面目な学術的テキストの中で、数十年にわたって私たちの想像力を引きつけてきた。こうした思索があってもなお、過去1年間で大衆的な簡単に使えるAIツールが出現したことは衝撃だった。まるで未来が何年も予定を前倒しして到来したかのように。現在、このかねてより予想されていた、しかし突然すぎる技術的革命が、経済を転覆させようとしている。
ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)は2023年3月に発表した報告書の中で、世界で3億の仕事がAIによって存続不可能になる可能性があると指摘している。世界的なコンサルティング外車マッキンゼー(McKinsey)の試算では、少なくとも1200万のアメリカ人が2030年までに別分野に転職することになるという。
経済学者ヨーゼフ・シュンペーター(Joseph Schumpeter)がかつて述べたように「創造的破壊の嵐」が無数の企業を吹き飛ばし、新たな産業に命を吹き込もうとしている。暗いことばかりではない。今後数十年にわたって、非生成AIと生成AIは世界経済に17兆〜26兆ドル(約2500兆〜3800兆円、1ドル=145円換算)をもたらすと試算されている。そして重要なことは、失われる仕事の多くは新しい仕事に取って代わられるであろうということだ。
この技術的な波の勢いは高まりつつある。私たちが今いるのは、労働市場と世界経済に波紋を広げる大変動のほんの始まりにすぎない。産業革命やインターネットの登場と同程度の影響力を持つ変革となるだろう。
この変化は生活水準を引き上げ、生産性を向上させ、経済的機会を加速させる可能性があるが、このバラ色の未来は保証されているわけではない。政府やCEOや労働者たちがこの急変に緊急性をもってきちんと備えていないと、AI革命は痛みを伴うものになるかもしれない。
試算より10年早く起きている
革新的な技術の導入は多くの場合、予測が難しい。インターネットの例を考えてみよう。1995年に『ニューズウィーク』は「Webが涅槃にならない理由」と題した記事を発表し、書籍や航空券がインターネットで購入できるようには決してならないだろうと主張した。
その年の後半、ビル・ゲイツ(Bill Gates)は、納得のいかない様子のデイビッド・レターマン(David Letterman)に「このインターネットというのはどうなのか」と質問された。
さらに3年後、インターネットの導入が増えていくなかで、経済学者ポール・クルーグマン(Paul Krugman)がインターネットの影響はファックス機以上のものにはならないだろうと明言したことは有名な話だ。後になってみれば、インターネットの影響の大きさは誤解しようもないことは明らかだ。
初期にあった懐疑論の理由のひとつとして、インターネットの影響力が最初は不規則で遅かったことがある。だが多くの人がインターネットの仕組みを知るにつれて影響力は急速に拡大していった。スタンフォード大学のイノベーション経済学者エリック・ブリニョルフソン(Erik Brynjolfsson)は、「指数曲線の法則は、最初はゆっくりと世界を変え、それから急激に変えるというものだ」と筆者の取材に語った。
AIの到来はそれに似た未知の事態を引き起こす。だが、AIの成長曲線ははるかに早く明らかになりつつある。マッキンゼーは2017年に、GPT-4のような強力な大規模言語モデルが2027年までに開発されるだろうと試算した。
だが大規模言語モデルはすでに実現した。そしてオープンAI(OpenAI)の生成AIは瞬く間にマイクロソフト(Microsoft)の製品に統合され、それから数カ月の短い期間でアマゾン(Amazon)、AT&T、セールスフォース(Salesforce)、シスコ(Cisco)などの大企業がこぞってエンタープライズ・グレードのAIツールを取り入れている。
前述のマッキンゼーの最新の報告書は、2030年から2060年の間のいずれかの時点で、今日の仕事の半数が自動化されると予測している。それがいつ起きるかについての最も有力な予測は2045年であり、以前の試算よりもほぼ10年早まっている。事態は速やかに変化している。
AIの導入が進むにつれて、AI技術による下流への影響も大きくなるだろう。世界経済フォーラム(World Economic Forum)の試算によると、AIが原因で今後5年間で世界で8300万の仕事が失われ、6900万の仕事が生まれるという。つまりこの間に1400万の仕事が消滅するということだ。仕事を保ち続ける人たちでさえ、仕事のやり方に関して大規模な変化を経験することになる。世界経済フォーラムによると44%の労働者のコアスキルは今後5年間で変化すると予想されるという。
かつてオートメーション技術は低熟練労働者に最も大きな影響を与えた。だが生成AIの場合は、以前はオートメーションとは無縁だった高学歴で高度なスキルを持つ労働者が影響を受けやすい。
国際労働機関(International Labor Organization)によると、世界には6億4400万〜9億9700万人のナレッジワーカーがいて、世界の雇用の合計の20〜30%を占めるという。アメリカには約1億人のナレッジワーカーがいると見積もられている。人口の3分の1だ。
幅広い範囲の職種(数例を挙げると、マーケティングおよびセールス、ソフトウェアエンジニアリング、研究および開発、会計、財務顧問、著述など)が自動化されるか進化するかの危機にさらされている。
しかしだからといって、どんな仕事でも求める失業中の労働者があふれることにはならない。AIは長期的には雇用を創出し、影響を受けると思われる職分の中には実際には需要が増えるものもある。例えば、ATMが銀行の窓口係の数を増やしたように。
「大量の失業が起きるとは思わない」と語るブリニョルフソンは、AIの拡大は他の汎用技術よりも速いと予想している。
「しかし、大きな混乱が起きるとは思っています。給与が大幅に下がる仕事と、上がる仕事が出てくるでしょう。そして私たちはさまざまな種類のスキルの需要へと移行していくことになる。勝者と敗者が生まれ、労働力の大幅な再分配と、労働の規模の変更が必要になるでしょう」(ブリニョルフソン)
この変化は非常に大規模であるため、失われる仕事の多くを懐かしむことはないだろう。産業革命前の「人力目覚まし時計」は、早朝の時間にほうきの柄で窓を叩いて労働者たちを起こす仕事だった。目覚まし時計のおかげで、今日ではこの仕事を懐かしむ人はない。AIの場合も同様に、便利さによって忘れ去られる仕事があるだろう。
長期的な大量失業の可能性は問題なく除外できるかもしれないが、短期的にはこの移行は厄介な結果をもたらすだろう。全米の職種の4分の1の業務がAIによって自動化され、労働者の作業量の3分の1がAIに置き換えられるとすると、幅広いホワイトカラー層のごく少数が同時に失業や転職を経験するだけで、経済にはより幅広く差し迫った影響がもたらされるだろう。
これほど途方もない人員入れ替えが起こるとすれば、政府と実業界の側にも備えが必要だ。OECD(経済協力開発機構)は最近の雇用見通しの中で、このAI革命によって、経済的な適応を支援するため「今すぐ行動する緊急の必要性」が生じていると宣言した。
生産性の急上昇
経済学者のロバート・ソロー(Robert Solow)が1987年に発した、こんな有名な発言がある。
「あらゆるところでコンピューターの時代を目にすることできるが、生産性の統計においては確認できない」
ソローの「生産性のパラドックス」は新興のコンピューター時代の重大な謎に着目した。情報技術やコンピューティングに多額の投資をしても(これによって労働者の生産性は向上すると思われていた)、公的な統計には労働者の時間当たりの生産性向上は見られなかった。
「悲観論の預言者」を自称するマクロ経済学者のロバート・ゴードン(Robert Gordon)は、この退屈な生産性の数字から、今日の新技術は過去ほどに急進的なものではなく、その結果として、世界の先進経済は停滞期に入っていると指摘した。
最も影響の大きな技術(自動車、トイレ)はすでに発明済みであり、他はすべて少しずつ生産性を向上させるだけだと同氏は主張した。他の経済学者たちも同様に、新たなアイデアの成長率は緩やかになっていると述べた。
こうした主張については、最初はAIによる生産性向上を疑うだけの説得力ある根拠に思えるかもしれない。だが、今回の革命によってより急速に進歩する可能性があると考える十分な理由にもなる。インターネットの大規模な導入にはソフトウェア、ネットワークプロトコル、インフラ、デバイスが必要だった。すべての家庭とオフィスがコンピューターとインターネットへのアクセスを得るには時間がかかった。
今日、技術的なインフラはすでに存在するので、AIの導入はそれよりはるかに速く進む可能性がある。さらに、仮想通貨(暗号資産)やメタバース周辺のハイプサイクルと比較して、AIは成熟段階に入りつつある。AIのユーザー体験は簡単になり、すでに実用的な用途がある。そのため何億もの人がすでにこの技術を日々のワークフローに取り込んでいる。これによって企業のAI技術導入が始まっているのだ。
AIが単独で変革をもたらしているわけではない。AIを既存の技術の上に接ぎ木することで加速度的な進歩への扉が開くのだ。ちょうどインターネットとGPS技術とスマートフォンの組み合わせが世界を変えたように。
AIとGPSとトラクターの技術を利用するレーザー除草機は、穀物畑の雑草を短時間で処理できる。これにより、除草剤や、手作業で除草する大量の人員が不要となった。また、高度な画像処理ツールに組み込まれたAIは癌の診断と治療を行える可能性がある。
インターネットが世界を均一化したとするなら、AIは世界を迅速化する。ブリニョルフソンのチームは最近行った調査で、生成AI技術を利用する5000人以上のカスタマー・サービス・エージェントの生産性を数値化した。
結果は目覚ましいものだった。コールセンターのオペレーターの生産性は14%向上し、経験の浅い労働者の生産性は30%も向上した。MITの研究によると、ソフトウェア開発者は生成コードコンプリーションソフトウェアを使って作業を56%早く完了させている。さらに他の研究によれば、専門的な文書の執筆は生成AIを使うことで40%速くなったという。
多くの産業における生産性向上の小規模・大規模な複合効果は、AIの成長軌道とその長期的な効果に重要な役割を果たす。
ゴールドマン・サックスの試算によると、生成AIは単独で10年間にわたってアメリカの労働生産性の伸び率を1.5%弱引き上げる可能性があり、これは「電気モーターやパーソナルコンピューターなどの先行する革新的な技術の登場による上昇の規模とほぼ同一」であるという。これが正しければ、世界のGDPは年間7%上昇することになり、世界経済に2兆6000億〜4兆4000億ドル(約380〜640兆円)寄与することになる。これはイギリスの経済規模にほぼ等しい。
「マインドフルな楽観論者」を自認するブリニョルフソンは、こうした生産性向上が蓄積され、公的な統計で示されることを確信している。ブリニョルフソンは筆者の取材に対し、今後数年間での生産性の伸び率が米国議会予算局による年間伸び率1.4%という予想を上回るかどうかで、悲観論者のゴードンと賭けをしているといい、「実際、その2倍に近くなるだろうと考えている」と話す。
生産性の予測は、企業に雇用されている労働者の仕事がどれほど効率的になるかを示すと同時に、解雇された労働者が新たな仕事を見つけることも仮定している。
生産性が向上すると経済全体の生産高は向上し、GDPが上昇する。これによって好循環が生まれる。企業がこの需要増に追いつくためには業務の拡大が必要となる。つまり、より多くの労働者が必要になる。
さらに、労働生産性の成長は実質所得の増加をもたらし、労働者や家族の利益となってきた。簡単に言うと、技術革新は、たとえそれが労働者の解雇につながる可能性があるとしても、長期的には労働者の役に立つということだ。
経済学者デイビッド・オーター(David Autor)のチームによる、幅広く引用されている研究によれば、60%の労働者の職業は80年前には存在しなかったという。このことは、雇用における85%の増加は技術革新の結果であることを示唆している。
より速く、より賢く将来に備える
どれも素晴らしいニュースだが、AI革命による混乱は無視できない。AIの発達と導入の速さは、過去の産業革命とは明らかに異なっている。
織工が機械の織機に置き換えられたことほど単純な話ではなく、労働力の変化はさまざまな職業でさまざまな度合いで起きつつある。そしてこの変化の速度は、技術に追いつくよう設計された教育や労働力の備えの変化を上回るはずだ。
すでに時代遅れとなっているアメリカの人材教育システムは、もはや現代の労働者の需要に対応できておらず、ましてAIの定着によって必要となる可能性があるものには対応不可能だ。
ワシントンのシンクタンクであるジョブズ・フォー・ザ・フューチャー(Jobs for the Future)のCEOマリア・フリン(Maria Flynn)によると、アメリカは「綺麗なキルトに混じり合うことがないプログラムのパッチワーク」で身動きできなくなっているという。
事実、政府の雇用促進計画は43あるが、その予算の総計は200億ドル(約2兆9000億円)であり、アメリカのGDPの0.1%に満たない。これは25兆ドル(約3600兆円)のGDPと1億5000万の労働人口を抱える経済としては驚くほど少額だ。
労働市場の大変動による苦痛を緩和するためにアメリカに必要なことは、労働力へのさらなる迅速な投資だ。ひとつの手段として、「フレキシキュリティ」と呼ばれる雇用の保証と再訓練に関するデンマークのモデルの採用がある。
この仕組みは、雇用主が労働者を解雇することを容易にする一方、レイオフに向けて相当な保護策を提供することで、構造的な失業を防ぐというものだ。このプログラムは、レイオフされた人に月額2860ドル(約40万円)の失業手当を2年間提供し、1対1の就職相談と再訓練の機会を提供する。結果として、デンマーク人の失業期間は同様の国々の労働者のそれと比べてはるかに短くなっている。
アメリカにもかつてはこれに似たプログラム、貿易調整支援プログラム(Trade Adjustment Assistance program)があった。制定は1974年、貿易や他国での製造によって影響を受けた労働者向けに労働省が運営していた。
前出のフリンは、「これは(貿易によって仕事を辞めさせられたという)一定の条件を満たす労働者全員が、収入支援と再訓練支援をひとまとめに受け取る資格を得る給付プログラムでした」と語る。 AIによる労働市場の変化に向けた広範囲かつ十分な資金を持つプログラムがあれば、転職補助金と賃金保険を提供し、労働者が低賃金の職の雇用を見つけた際の賃金格差を一時的に穴埋めすることで、労働者の混乱を緩和するのに役立つだろう。
人々をAIに基づく経済に向けて再訓練するうえで、アメリカの参考となるのはシンガポールかもしれない。シンガポールでは25歳以上の労働者には500ドル(約7万2500円)が振り込まれ、データサイエンスからビジネスまで2万4000ものコースを履修できる。そして官民による再訓練プログラムが、雇用主による職種分類にマッチしたスキルの訓練を実現している。
シンガポールでは毎年66万人以上がこの国営再訓練プログラムを利用する。生産性のずれを心配する人のために言うと、この種の大規模な教育と訓練の改良は、労働力の大移行によるギャップを埋める可能性がある。シンガポールではこの取り組みのおかげで、労働生産性の年間の伸び率を3%という相当な数値へ上昇させることを実現している。
これらの公共セクターの政策をもってしても、民間セクターによる再訓練への投資は依然として必要だ。労働者に関するMITの調査では、回答者の50%が雇用主から正式なスキルの訓練を受けたと報告している。ニューヨーク州やジョージア州のように税額控除を通じて再訓練を奨励することで、雇用主の行動を促進し、誰もがAI革命に備えることができるようになるかもしれない。
技術の発明はなかったことにはできない。AIのような混乱をもたらす変化要因は、その変化に適応するための事前の策を必要とする。
そして労働者が大きな衝撃に耐えられるようにするには、この技術的な波が一時的に労働力の大部分を一掃する可能性があること、また、この波をスムーズに乗り越えて穏やかな海にたどり着ける可能性があることを認識する必要がある。