イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。読者の方にこちらの応募フォームからお寄せいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう。
社会科学系の修士課程を国内で修了したあと民間企業に就職し、社会人5年目として仕事もハードながら楽しんでいるアラサー女子です。私にはお付き合いして1年ほどの4歳上の彼氏がおり、同棲や将来のことも話に上るようになりました。
しかし、私には人生で成し遂げたいことが一つあります。それはこれまで学部時代から関わってきた領域において、東南アジアのある国でフィールドワーク研究をして学位を取ることです。
女性ということもあり、結婚、出産、子育て……ということも年齢的にちらつくなか、自分は全てを手に入れたい我がままな人間だと理解はしつつ、何をどう考えて整理していけばよいのかヒントをいただきたいです。
(クリームあんみつ、20代後半、女性、人材業界会社員)
大学の先生になるのはかなりハードルが高い
シマオ:クリームあんみつさん、お便りありがとうございます。恐らく24歳ぐらいで修士課程を修了して就職され、4年働いたとのことなので、現在は28〜29歳くらいの方というイメージですかね。
佐藤さん:私は大きく分けて3つのケースがあると考えます。ただ、どの場合であっても、まずはコースドクター(博士課程)を取るということになりますが、そうなると会社に勤めながらというのは難しいでしょう。
シマオ:やはり仕事は辞めなくはならないのですね……。
佐藤さん:はい。社会人大学院ならともかく、フィールドワーク研究をして博士号を取りたいということですから、両立は難しいでしょう。
最初の問題は収入ですね。社会人5年目とのことで、貯金は多少あるのでしょうが、フィールドワーク研究となれば時間もお金もかかりますし、アルバイトをしながら学ぶとなると、収入は半分以下に減る。そこらへんの覚悟がどこまでできているかだと思います。
シマオ:厳しい条件ですが、その覚悟はある上でのご相談なのではないでしょうか?
佐藤さん:であれば、次に重要になってくるのは大学の先生を目指すのかどうか、という点です。
クリームあんみつさんもご存じでしょうが、博士になったとしても大学の先生になるのはとても難しいのが現状です。少子化で学生が少なくなって、むしろ先生が余っている状況ですから。
シマオ:いわゆる「ポスドク」問題ってやつですね。でも、その前に博士を取るということ自体も難しそうですが……。
佐藤さん:いや、それは意外に難しくないんですよ。コースを修了して博士論文を書けばいいだけですから。その論文も大学院の修論とそれほど変わらないレベルでも認められます。
シマオ:そうなんですか! ちょっと意外です。いずれにしても、クリームあんみつさんがどうしても大学の先生になって研究を続けたい場合、現実的にどんな選択肢があるのでしょうか?
佐藤さん:これが一つ目のケースなのですが、どうしても大学の先生になりたいのであれば、日本ではなく、海外で働くことも視野に入れた方がいいと思います。博士まではこちらの大学で取得して、海外大学での採用を目指すのです。
シマオ:海外って……そちらの方がハードル高くないですか?
佐藤さん:シマオくんがイメージしているのは欧米の大学だと思いますが、私が言っているのは人口が増えている国、例えばインドネシアとかベトナム、カンボジアといった国の大学のことです。そういった国々では喉から手が出るほど教師を欲しがっていますから、すぐに大学の先生に採用される可能性も高いと思います。
シマオ:なるほど! もともとクリームあんみつさんは東南アジアでフィールドワークをしたいということでしたから、案外親和性が高いかもしれませんね! ただ、そうなると博士を取った後は日本を離れることになりますよね。結婚は諦めなければいけないでしょうか……。
佐藤さん:それはいまのパートナー次第でしょうね。それでもいいよ、自分も一緒に海外について行くよ、という人であればその選択もあると思います。
シマオ:なるほど。とはいえ、相手の方も仕事があるでしょうし、恐らくかなり難しい条件になりそうですね……。
国内に留まって仕事をするには?
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シマオ:二つ目のケースはどんなものなのでしょうか?
佐藤さん:仮に大学の先生にならなくてもいいと考えているとしたら、博士課程修了後、国内に留まって仕事をするというケースが想定されます。
シマオ:おぉ、結婚を考えるなら、そちらの方が現実的ではありそうです!
佐藤さん:このケースで目指すのは、大学の先生ではなく、シンクタンクの研究員です。それなら、大学の先生よりはるかになりやすい。仮にクリームあんみつさんが博士課程を終えて就職できたとして、30代で未経験ならば年収は400万円といったところではないでしょうか?
シマオ:なるほど。かなり現実的な収入イメージですね。
佐藤さん:ただ、シンクタンクでも政府や大手企業から依頼を受け、調査をして統計を取る、いわゆるコンサルタント的な研究員と、自身の専門領域を研究している研究員がいます。後者の場合、3年ごとの契約といったケースもざらです。
シマオ:え!?️ 正規雇用ではないんですか?
佐藤さん:そうです。例えば、ウクライナ問題の専門家だとしても、ウクライナとロシアの情勢が変わったら、喫緊の必要性がなくなってしまう。世情はつねに流動的ですから、研究者のニーズも時期によって変わる。契約形態も、必然的にそうなるわけです。
シマオ:厳しいですね……。クリームあんみつさんの場合は、おそらく後者を目指すことになりそうですし。
佐藤さん:ただ、シンクタンクに籍を置いて研究をしながら、大学の非常勤講師などをすることもできるでしょう。収入はいまの会社に勤め続ける場合と比べて、おそらく7割程度に落ちることは覚悟しなければならないとは思いますが。
シマオ:未経験で転職するとほとんどの場合は収入が以前よりも落ちるのが、残念ながら現実ですもんね……。
それと、今は結婚しても子どもはつくらないという人もいますが、クリームあんみつさんはご自身で「全てを手に入れたいわがままな人間」と書かれていますから、きっと子どもも欲しいのでしょうね。
佐藤さん:結婚して子どもができてとなると、否応なしにお金がかかります。パートナーがどれくらいの収入なのかは分かりませんが、果たしてクリームあんみつさんがアカデミックな挑戦を続けても、生活が回るのかどうか。そういった点もシビアに計算しておかなければいけません。
子育てを終えてから夢に挑む道も
シマオ:特に子どもを中高一貫校に通わせたい、となるとこれまた大変そうです。
佐藤さん:そうだと思います。教育費の問題もありますが、仮に中学受験をさせるということなら、子どもが10歳から12歳の間は、母親はほぼつきっきりになって面倒を見ることになります。そうなると経済的な問題以前に、自分の時間が取れない。
シマオ:以前佐藤さんが薦められていた作品『二月の勝者』でも、中学受験には母親の「狂気」が必要、という言葉がありましたもんね。
佐藤さん:その通りです。そこで最後に、三つ目のケースです。会社勤めを続けながら、結婚・出産・子育てをし、40〜50代になってから博士課程を取る、というものです。
シマオ:なるほど。計画自体を後ろ倒しにするんですね。
佐藤さん:博士を取るということだけなら、実は40歳、50歳からでもできるんです。一方、結婚して子どもをつくるとなると、時間的生物的な限界がある。
シマオ:今は不妊治療も盛んですけど、必ずしもうまくいくとは限らないと聞きますし、時間とお金はどうしてもかかりますもんね。
佐藤さん:ならば、まずは今の仕事を続けながら結婚、出産をして、子どもを育てることに専念する。例えば、中学受験をさせるとしたら、それまでは今の仕事を続けつつも、中学受験までは子どもの面倒を見ることに集中するのです。中学受験、あるいは人によっては大学受験まで。
中学受験が終わる頃がだいたい40代前半、大学受験が終わる頃でもまだ40代後半から50代前半でしょう。それからやりたかったアカデミックな勉強を始めてもいい。アカデミックな世界に再び入るということなら、それからでも十分に間に合います。
シマオ:そう考えると、かなり選択肢も広がりますね!
佐藤さん:全てを得たいと考えるならば、その方が現実的だと思います。子育てして仕事を続けながらも、関連書籍を読む時間くらいは取れるはず。
場合によっては、フィールドワークをしたい国と関係がある専門商社などに転職するという手もあるでしょう。それで、子どもが手を離れてからじっくり自分の時間で研究やフィールドワークに専念するのです。
シマオ:なるほど。ゆっくりとでも、夢に向かってにじり寄っていく生き方もあるわけですね。
クリームあんみつさん、いかがだったでしょうか? 変数がたくさんあるので、場合によっては3つのケースをカスタマイズしながら可能性を探ってみてください。クリームあんみつさんが夢をかなえられるよう、応援しています!
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。それではまた!