アライアンス・バーンスタインで投資ソリューション・データサイエンス責任者を務めるアンドリュー・チン氏。
AllianceBernstein
資産運用大手アライアンス・バーンスタイン(AllianceBernstein)は7年前、AI(人工知能)とデータサイエンスによる企業改革に着手した。
アライアンス・バーンスタインのアンドリュー・チン(Andrew Chin)氏はInsiderの取材に対し、最高リスク管理責任者兼定量調査責任者を務めていた時のことをこう振り返った。
「当時、私はCEOにこう直訴したのです。『聞いてください。業界のあり方が変わりゆくなか、当社が競争力を維持するには、データサイエンス能力の刷新が不可欠です』」
その改革は、同社のデータ収集方法から、組織の構造、投資判断のプロセスまで広範囲に及んだと彼は話す。
投資ソリューション・データサイエンス責任者に転任したチン氏は、今後数年間で、社内向けに機械学習とAIに特化したチームを構築することになる。この動きは、数十万ドルの経費を削減し、7040億ドル(約102兆円、1ドル=145円換算)の資産を運用する同社の優位性の獲得に貢献するだろう。
ChatGPTなどの生成AIが一般向けにリリースされたことを受け、ウォール街の企業の間では2023年に入ってAIを活用する動きが再び活気づいている。他の資産運用会社もAIやデータサイエンスをめぐって岐路に立っている。ブラックロック(BlackRock)もまた、従業員の業務の質と迅速性を上げるためにAIを試験的に導入しており、同社のラリー・フィンク(Larry Fink)CEOはAIで生産性を30%向上させることができるとの予想を示している。バンガード(Vanguard)とフィデリティ(Fidelity)もAIを強化している。
チン氏はアライアンス・バーンスタインのAIに関する戦略とユースケースを明かした。その用途としては、投資先企業が規制当局に提出した書類から異変(業績悪化を示唆することもある)を検出することや、戦略転換や経営者の解任を報道前に察知することなどが挙げられるという。
AIによるシグナルを投資判断に活用
アライアンス・バーンスタインでは、AIを使って毎日400社以上の企業の報告書や提出書類を精査し、顧客資産の投資先や同社が直接投資する候補の潜在的なリスクを発見している。これを支えているのが自然言語処理で、人間の言語をコンピュータが理解できる形にして処理する。自然言語処理は、業績悪化のサインや、好ましい動向の兆候などを示す投資シグナルの生成に使われている。
例えば、規制当局への提出書類を比較し、企業戦略や経営陣の変化を捉えるとシグナルが出る。変化が多いほど、株価が下落することが多いからだ。
「企業が大きな変化を遂げている場合には、その企業は何らかの課題を抱えていることが多いのです」(チン氏)
最近の事例では、同社が運用する株式ポートフォリオの1つで、組入銘柄である小売企業の年次報告書の中に大きな変化があることが自然言語処理で判明した。この小売企業は成長戦略の中核として店舗数の拡大に注力していたものの、その方針が撤回されたことが、2023年度年次報告書を自社のAIツールにかけたことで分かったのだ。
チン氏のチームは、その小売企業を担当するアナリストにこれを知らせた。彼らは戦略の転換について、短期的には市場から否定的に見られるだろうが、長期的なファンダメンタルズは依然として強固であると判断した。
アライアンス・バーンスタインは長期投資を方針としているため、その企業の株価が大きく下振れしてもなお、ポジションを維持した。チン氏によると、それから約1カ月後に株価が反発して損失の一部は回復したという。
AIはリスク管理の改善と生産性の向上にも貢献
提出書類の比較に加え、同社では報告書やニュースリリースなどの文書のモニタリングにも自然言語処理を活用している。こうすることで潜在的な企業業績に関する洞察をテキストから得ようというわけだ。例えば、複雑度が高い、つまり表現が難解である場合、それは企業の将来的な業績悪化の兆候である可能性があるとチン氏は言う。
「アナリストやポートフォリオ・マネージャーの間でも、こうしたシグナルがアイデア出しや売買タイミングの決定に使用されています」
同社では他にも、目論見書の要約に自然言語処理を活用している。目論見書とは、私募への参加を検討する投資家に発行される法的文書だ。この文書は通常300ページにも及び、アナリストがこれらすべてに目を通して新しい投資機会を評価するのは困難だ。そこで自然言語処理を使って要約することで、アナリストは顧客ポートフォリオ向けの投資案件で、これまでの2倍の分量の目論見書を短時間で評価できるようになったとチン氏は話す。
AIの恩恵を受けているのはフロントオフィスの投資担当者やアナリストだけではない。アライアンス・バーンスタインはバックオフィス業務でもAIと自然言語処理を活用しているとチン氏は言う。
事例を一つ挙げると、同社では自社で運用する退職金口座を特定の債券や株式に投資する際、これが従業員退職所得保障法(ERISA)から見て適切であるかの判断を運用アナリストが担当している。
その際に処理する書類はそれぞれ150ページほどで、1日に最大50件の新規証券発行が行われることがあるとチン氏は言う。同社は自然言語処理で書類を解析し、その投資が適切かどうかを判断し、また、その判断の根拠となる資料まで遡ることができるようにしている。最終判断を下す運用アナリストに提案を行うこのAIアプリケーションによって、チームの効率は50%から75%向上したという。
「決定の是非を根拠となる資料に照らし合わせて検証できるようになったので、同時にリスクマネジメントも改善されました」