リビアン(Rivian)のフラッグシップモデル、電動ピックアップトラック『R1T』。運転席には同社最高経営責任者(CEO)のR.J.スカーリンジ氏。
Rivian
11月に上場2周年を迎える電気自動車(EV)メーカー、リビアン(Rivian)の経営幹部補強が驚くほど順調に進んでいる。
同社は9月1日、ポルシェ(Porche)で最高マーケティング責任者(CMO)や北米事業会社の最高経営責任者(CEO)など要職を歴任したキエル・グラナー氏がCMO兼プレジデント(ビジネスグロース担当)に就任したと発表した。
グラナー氏はポルシェのほか、ダイムラーでもメルセデス・ベンツ事業の販売戦略責任者を務めるなど、自動車マーケティング業界の第一人者。
2022年には、ハーレーダビッドソン(Harley-Davidson)からスピンアウトした電動バイクブランド「ライブワイアー(LiveWire)」の取締役に就任しており、リビアン移籍後も同職を兼務する模様だ。
ロビイングの重要性を痛感して
リビアンはわずか1カ月前にも重要ポジションの人事を発表したばかり。
7月31日、同社はオンライン中古車販売大手カーバナ(Carvana)でコーポレートアフェアーズ責任者、飲料大手ペプシコ(PepsiCo)でグローバル公共政策担当シニアバイスプレジデントを務めたアラン・ホフマン氏を最高ポリシー責任者(CPO)に就任させている。
ホフマン氏はオバマ政権で大統領副補佐官兼バイデン副大統領首席補佐官を務めた、公共政策やロビイング分野の専門家。リビアンでも公共政策や規制対応戦略を担当する。
アメリカは2030年までに新車販売に占めるEV(ハイブリッド車含まず)のシェアを50%に引き上げる目標を掲げ、2022年8月に成立したインフレ抑制法(IRA)を根拠とする購入時の税優遇(税額控除)など、EV普及促進の動きを本格化させている。
リビアンの電動ピックアップトラック『R1T』や電動多目的スポーツ車(SUV)『R1S』もそうした普及促進策の恩恵を受けるものと、(上場時点では)想定されていた。
ところが、2023年4月になって、車載電池部品の一定割合を北米で製造することが税優遇の条件として土壇場で追加されたことで、リビアンのフラッグシップモデル2種はいずれも税優遇の対象車種から除外される憂き目に遭った。
同社がホフマン氏を招へいしたのは、そうした苦い経験を経て、情報収集やロビイング能力の強化が不可欠との危機感を抱いたことが背景にあるものとみられる。
アップル、テスラ、メタを経験した凄腕幹部
リビアンはさらに、その1カ月前の6月30日にも「大物」経営幹部の採用を発表している。
最高コミュニケーション責任者に就任したサラ・オブライエン氏がその人で、同社への移籍直前はメタ・プラットフォームズ(Meta Platforms)のエグゼクティブおよびプロダクトコミュニケーション担当バイスプレジデントを4年半務めた。
Insiderはこのオブライエン氏を、メタがこの夏に実施した「静かな解雇(quiet layoff)」の対象とされた複数のバイスプレジデントの1人と位置づけ、5月16日付(日本語版は翌17日付)記事で紹介している。
※静かな退職……メタがバイスプレジデント級の幹部をレイオフする際は、まず全社的に実施中の組織再編の一環として当該幹部のポジションを廃止することを当人に直接通告し、社内の別ポジションを探すか、レイオフ実施までに退職するかを選ばせる。後者が「静かな退職」と呼ばれるケース。
オブライエン氏はメタへの移籍前、アップル(Apple)に約8年勤務、続いてイーロン・マスク氏率いるテスラ(Tesla)でコミュニケーション担当バイスプレジデントを2年務め、同社の「モデル3」発売時のPR活動に大きな貢献を果たした。
Insiderは2022年2月、上場数カ月後のリビアンの状況について、次のように報じている。
「リビアン経営陣の顔ぶれはこの2年間で様変わりし、従来の自動車メーカーとしての色合いが薄まり、テック系スタートアップに近づいてきた。
アストンマーティンやカミンズ、ハーレーダビッドソン出身の経験豊富なベテランたちが退社し、アップルやテスラ、JPモルガン・チェースなどから新たな人材が加わった」
「リビアンはいま、『R1T』と『R1S』の両方を同時に生産拡大し、しかも競合他社が苦しんできた品質確保にも注力するという困難なハードルを乗り越える必要があり、経営陣の交代はまさにそのための動きと言えるだろう」
そうした最初の経営刷新を経て、同社の生産・納品プロセスは軌道に乗った。米資産管理大手ウェドブッシュ・セキュリティーズ(Wedbush Securities)のダン・アイブス氏は、2022年8月当時、顧客向けメールで次のように分析している。
「上場直後から(最高値との比較で9割弱の株価下落という)ホラーショーが続きましたが、スカーリンジCEO率いるチームはEV業界の旗手と目されるリビアンを再び成長軌道に乗せ、2023年に続く明確な勢いを取り戻したと言えます。
供給制約は引き続き同社の足かせになるでしょうが、(2022年)第3四半期以降の生産見通しは明るいと考えられます」
実際、直近2023年上半期の生産実績は2万3387台、納品実績が2万586台と、年間目標の5万台をクリアできそうな勢い。最新の株主向け資料では、通年の生産見通し(ガイダンス)を5万2000台と公表している。
同期の売上高も前年同期比288%増の17億8200万ドルと大きく成長。純損失は27億1800万ドルで、成長優先の経営方針ゆえに黒字転換はまだ先のことながら、赤字幅は前年同期比で5億6900万ドル縮小しており、着実に経営を軌道に乗せつつある。
ここ数カ月続いた経営幹部補強は、上述したような上場直後の生産拡大や品質確保とは異なり、マーケティングやポリシー、コミュニケーションなど、販売強化あるいは企業体質の強化が主眼にあると思われる。成長段階に応じた経営体制の強化プロセスとして、極めて健全な展開と言えるだろう。
株価は上場直後に記録した130ドルに比べて80%以上安い20ドル台前半で推移しているものの、アマゾン向けの電動配送バン『EDV 700』も契約数の10万台目指して順調な納品と展開が進んでおり、米経済の景気後退入りが懸念される中では相応にポジティブな経営状況と言っていいのではないか。