カリフォルニア州マウンテンビューにあるグーグル本社「グーグルプレックス(Googleplex)」に置かれた仮眠ポッド。2015年撮影。
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- 筆者は、キャリアの大半をフルタイムのリモートワーカーとして過ごしてきた。
- 出社義務化は、生産性の向上や充実した会議のためではない。
- 本当の目的は、従業員の生活が会社を中心に回るようにすることだ。
筆者は完全なリモートワーカーであり、キャリアのほぼすべてをそれで過ごしてきた。その経験から言えるのは、最近の企業によるオフィス勤務への復帰(RTO:Return to Office)の義務化は、馬鹿げていて不必要であり、場合によっては残酷ですらあるということだ。
オフィス勤務の義務化は、CEOたちが「生産性」という呪文を唱えながら振っている、見せかけの金の杖なのだ。
実際に起こっていることは、生産性とはほとんど関係がない。オフィスワークとリモートワークの影響を比較したデータはどちらともつかない結果を示しているか、そもそもそうしたデータが存在しないからだ。データ・ドリブンな意思決定を崇拝するアマゾン(Amazon)でさえ、RTOの義務化はデータに基づくものではなく、「判断」だと認めている。
アマゾンのアンディ・ジャシー(Andy Jassy)CEOがそう述べたのは、3万人の従業員から義務化反対の嘆願書を提出された後のことだ。従業員たちは、オフィスの近くに住まない従業員の生活を破壊しないよう求めていた。ジャシーCEOは、週に3日オフィスに出勤できるように転居しなければ会社には残れない、と警告した。
ジャシーCEOはさらに、リモートワークについて60~80人の他社CEOと話してみたところ、「ほぼ全員」が、従業員をオフィスに戻したいと答えたと述べた。
しかし、CEOたちが「廊下でおしゃべりしている従業員たちを見たい」と望むのは、仕事の生産性を向上させることとはほとんど関係がない。それよりも彼らが、従業員を管理できていないように感じて苛立っていることが大きい。
さらに馬鹿げているのは、彼らがその方針を力ずくで実行しようとしていることだ。パンデミック後の労働力を、あるがままに進化させ、それとともに優れたマネジメント手法を採用していけば、全体にとって良いかたちが自然に生まれるはずなのに。
アマゾンのアンディ・ジャシーCEO。オフィス復帰を義務化している企業の中でも、アマゾンは特に積極的だ。
REUTERS/Mike Blake
RTO義務化の背景にある、その他の要因
オフィス勤務の義務化推進には、実のところ、他にもさまざまな要因が絡んでいる。ひとつはCEOやCFOが、空っぽのままか、広すぎるオフィスにかかる多額の経費を問題視していることだ。つまり、義務化の第1の理由は、「お金を払ってこんな立派な部屋を与えてやっているのに、まともに使わないなんて!」と癇癪を起こす親のような考えから来ている。
もうひとつ、よく理由に挙がるのは、特に会議のような場では、同じ部屋に集まることで生まれる人間同士のつながりに勝るものはないという考えだ。同じくRTOを義務化したズーム(Zoom)のエリック・ユアン(Eric Yuan)CEOは皮肉にも、そのようなつながりはビデオ通話では再現できない、と述べている。
完全リモートで働く人間として、筆者は、従業員が直接顔を合わせることには確かに重要な利点があると証言できる。ただしそれは、時おり全員が同じ場所に集まれば得られるものだ。
従業員がオフィスに出勤している会社であっても、彼らはほとんどの会議にビデオ通話を使っている。たとえ全員が、割り当てられたオフィスに律儀に出勤していたとしても、チーム全員が同じ時間に同じオフィスにいることはない。カリフォルニア州サンノゼにいる従業員が、ニューヨークやインド、中国にいる従業員の会議に直接顔を出すことはできない。アメリカは広大で、企業の世界はグローバルなのだ。
メタの本社キャンパスは、社会活動や遊びのためのエリアがあることで知られる。
Robert Johnson for Business Insider
インプットではなくアウトプット
CEOたちが本当に望んでいるのは、オフィスエリアをそぞろ歩いて、自分の管理下にある従業員たちが勤勉に働いている姿を見ることだ。
しかし、従業員たちが働いている姿を直接見ないと、与えられた仕事がちゃんと遂行されているかについて管理職が判断できないのだとしたら、それは大きな問題だ。筆者の同僚であるアキ・イトウ(Aki Ito)が書いているように、従業員のパフォーマンスは、インプット(努力)ではなくアウトプット(結果)に基づいて評価するほうが適切だとする研究結果もある。
たとえば、従業員が遅くまでオフィスに残っているか、あるいは、ウォータークーラーのそばでおしゃべりしている楽しい人物かといったことを考慮するのは無意味なことだ。経営がうまくいっている企業は、遠隔からでも正確に評価できるもの、すなわち、従業員が実際に行なっている仕事そのものにより重点を置いている。
メタ(Meta)のマーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)CEOは9月はじめに「Threads」(スレッズ)で、メタではリモート勤務は継続するが、オフィスで働く人たちのために「強力な対面文化("strong in-person" culture)」を再構築すると述べた。多くのCEOたちは「オフィスで働くことが好きな人たち」のために「強力な対面文化」が存在する時代に戻りたいのだ。
しかし、それが本当に意味するところは、「会社が従業員の生活のすべてになる」ということだ。仕事をするだけでなく、食事も、ワークアウトも、趣味も、すべて社内ですませる。会社が、従業員の社会生活の中心となるわけだ。
このようなサポート体制は、働き始めたばかりの人には特に有益だとする調査結果もある。しかし、2014年のスタンフォード大学の研究のように、オフィスで長時間を過ごすことは、ほとんどの労働者にとって、かえって生産性を低下させるというデータもある。
つまり、会社が従業員の生活の場となることで向上するのは、生産性ではなく、依存度と定着率だ。そのような仕事を辞めるとなれば、生活全体が激変してしまう。
従業員たちが「高齢の親や子どもの世話」と仕事の両立について話し合うことを恐れるような企業文化の例を、筆者は数多く知っている。オフィス勤務の義務化は、そうした状況にある従業員に対して、残酷にも、生活の他の側面よりもキャリアの方を選ぶよう強いる。会社のデスクでビデオ会議に出席し、社員食堂で昼食をとるために、だ。従業員は不必要な転居を余儀なくされ、二酸化炭素を排出する長い通勤に毎週何時間も費やすことになる。
カリフォルニア州サンタモニカにあるヤフー(Yahoo)のオフィスで、ミーティングに参加する従業員たち。
AP
良いかたちへと自然に導かれていく
結局のところ、人間は社会的な動物だ。データや調査の裏づけもなしに厳しく強制するようなことをしなくても、時間が経つにつれて、オフィスワークの環境は、再び自然に、ソーシャルなハブへと進化していくだろう。
オフィスで働く人々は自然と親しくなり、CEOや他の上司と顔を合わせる時間も増えるだろう。またそうした理由から、多くの人がオフィスの近くに引っ越してくるだろう。
リモートワークをうまくサポートしている企業は、やがて両方の利点を手に入れることになる。無限かつ多様な人材プールと、活気あるオフィス環境だ。今の時点で、後者を従業員に強制するのは間違っている。