楽天、ITスタートアップ辞め27歳で「クラフトサケ」醸造家へ。福島の「ゼロになった町」で酒づくりを始めた理由

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決められた枠組みを進むのではなく、「自分らしく、社会にもやさしい選択」をしてキャリアやライフスタイルを大きくシフトさせた人にインタビュー。第二回はhaccoba 佐藤太亮さん。

作成:Business Insider Japan

ITベンチャーを経て起業し、2021年2月に福島県南相馬市小高(おだか)区に酒蔵「haccoba(ハッコウバ) -Craft Sake Brewery-」を立ち上げた佐藤太亮さん

ルールに縛られない自由な酒づくりが魅力の新ジャンル日本酒「クラフトサケ」で、酒造業界に新風を巻き起こしている。

2023年秋には福島県浪江町に2拠点目をオープン予定で、2025年までにはベルギー進出も計画中。埼玉生まれの佐藤さんがなぜ福島で起業をしたのか? 新ジャンルのお酒に挑戦しようと思ったきっかけは何か?

これまでの道のりと、haccobaで実現したいことを聞いた。

「レールから外れたら、本当にやりたいことが見えた」

「いくつもの転機が重なって、今につながっている気がします」

起業の経緯を尋ねると、そう答えた佐藤さん。

原点は高校生の時。1998年にノーベル経済学賞を受賞したことでも知られるインドの経済学者、アマルティア・センの本を読み、大きな影響を受けた。

社会の豊かさとは、誰もがやりたいことを自由にできる環境をいかにつくれるかにかかっているという考え方を知り、将来はそういったことに寄与できる仕事がしたいと思うようになりました」

埼玉県で生まれ、高校は地域の進学校に通い、勉強は好きだった。

だが高校3年生のとき、流れのままにこのまま受験し大学へ進学するのが本当に良い選択なのだろうか、と違和感を持つ。そしてある日、「受験はしない!」と宣言。

高校卒業後は、あるきっかけでイギリスに1カ月弱滞在することに。あてもなくフラフラしていたが、経済学への興味から、ケンブリッジ大学やオックスフォード大学に足を運び、キャンパスの雰囲気を味わった。

日本を離れて一人になって思考を巡らせる中で、自分の進みたい道が明確になり、「大学に入ってきちんと勉強したい」と心から思うようになった。

「海外に行ったことで、それまで自分がいた世界が相対化され、肩の力が抜けて楽になりましたね。

高校卒業というタイミングでレールから外れるような体験ができ、それからは自分の心の声に従って選択することができるようになりました」

100年、200年先に何を残せるか?

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本人提供

翌年春に大学へ入学し、経済学を専攻した佐藤さん。「インターネットやプラットフォームの力で人の可能性を広げたい」という思いから、卒業後は楽天に入社。

その後、ビジネスSNSの先駆けであるウォンテッドリーに転職し、IT業界で経験を積んだ。

一方、大学時代からの日本酒への興味は尽きなかった。

居酒屋でのアルバイトを通じて日本酒のおいしさや奥深さを知り、大学4年生の時には石川県の能登半島でまちづくりを行う会社でインターン。

発酵食文化が盛んな地で、代々にわたって醤油や味噌、酒をつくり続ける人たちと出会い、強い刺激を受けた。

「儲かるとか事業を大きくすることだけじゃなく、地域や環境とどう向き合っていくかという視点を当たり前に持っている経営者の方々と知り合うことができました。

100年や200年続いている酒蔵もあって、現蔵元は『じいちゃんはこれをやった、父ちゃんはこれを成し遂げた。じゃあ自分はどういう役割を果たせるだろうか』と、自分自身を大きな流れの一つのピースとして捉えているようなところがあって。

すぐに利益は出なくても、次の世代のために、今の世代からの贈り物として何が残せるかを常に考えているんです。

そんな姿に強い憧れを感じ、『自分も酒蔵を開いて酒づくりをして、次の世代に何かを残せる人になりたい』と思うようになりました」

IT業界で働く日々は充実していたが、佐藤さんは自分自身の夢と向き合うことを決意。

27歳で会社を辞め、新潟の酒蔵で修業しつつ2020年2月に「haccoba」を立ち上げて酒づくりの道を歩み始めた。

ゼロからつくり出すことに“ポジディブ”なまち

酒蔵をどこに開くか。さまざまな土地を検討する中で、福島県南相馬市小高区でまちづくりに取り組む地元出身の起業家、和田智行さんと出会った。

原発事故の影響で、一時は人口がゼロになった小高区。このまちを再び盛り上げようと尽力する和田さんの思いに、深く共感した。

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本人提供

実は、佐藤さんの誕生日は3月11日。東日本大震災で大きな被害を受けた東北の復興にはずっと関心を寄せていた。

このまちでゼロから酒づくりに挑戦することは、何らかのメッセージになるのではないか。そんな思いから、小高区に酒蔵をつくることを決めた。

2020年6月には妻とともに小高区へ移住。福島出身の妻の後押しも大きかったと振り返る。

実際に暮らして感じるまちの魅力について聞くと、興味深い答えが返ってきた。

「今(小高区に)住んでいるのは、元々住んでいて故郷への思いがあり戻ってきた人か、僕らみたいな移住者です。

つまりこのまちに対して、ゼロからつくっていくことに対するポジティブな感情を持っている人が集まっているということ。

何となくの惰性で住んでいる人がいないという、希少な状態だと思っています。

僕らの事業に対しても、『頑張ってね』『応援しているよ』とたくさんの人が背中を押してくれる。それがものすごく大きな力になっています」

「つくって楽しい、飲んでおいしい酒」をつくりたい

会社を立ち上げて1年後の2021年2月には、民家をリノベーションした酒蔵「haccoba -Craft Sake Brewery-」が完成。

地域のコミュニティになるようにと酒蔵とパブを併設し、酒づくりの様子が見えるよう設計にもこだわった。

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外から見る「haccoba -Craft Sake Brewery-」。

本人提供

haccobaがつくるのは、「クラフトサケ」と呼ばれる、新たなジャンルの酒

伝統的な日本酒は米と米麹からつくられるが、クラフトサケは従来の日本酒にはないプロセスを取り入れたり、ハーブやフルーツなどの副原料を加えたりなど、ルールに縛られないものづくりが特徴だ。

これを活かして開発されたのが、haccobaの定番商品「はなうたホップス」。

東北に古くから伝わる「花酛(はなもと)」というどぶろく製法を用い、そこにホップをかけ合わせたことで生まれる、ビールのような苦みと柑橘系の爽やかな香りが印象的なお酒だ。

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ネーミングもかわいい「はなうたホップス」。noteでは、個性豊かなhaccobaの商品の“飲み方”ならぬ“楽しみ方”を発信している。

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「クラフトビール、クラフトジンなど、最近はどのお酒でも原点回帰の流れが強まっています。

クラフトサケも、自由な酒づくりをしていて新しいように見えますが、実は昔からある文化の復興なんですよね。

例えば『どぶろく』って、農家の人が収穫した米を発酵させてつくったお酒で、自分たちで飲むためのものだからつくり方も自由。

昔のレシピを見てみると、あわやひえなどの穀物を使ってみたり、フルーツを入れてみたりとジャンルや固定観念にとらわれないものづくりを当たり前に行っていて。

そんなふうに、純粋に自分たちがつくっていて楽しいもの、飲んでおいしいものを追求したいなと思っています」

「素人感覚」を取り入れる

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これまでに複数の企業やクリエイターとお酒をつくってきた。

提供:佐藤太亮

haccobaの商品の多くは、スマイルズ、伊良コーラ、ヘラルボニーなど、さまざまな企業やクリエイター とのコラボレーションにより生まれている。

「良い意味で“素人的な視点”を取り入れたいんです。『これを入れたらどんな味の酒になるんだろう』というピュアな発想って、自分たちだけではなかなかできないんですよね。

初めは素人だった僕たちが、この業界に入って1年、2年と続けるうちにどんどん“中の人”になってきて、思考が固まってきているのを感じます。

でもいろいろな企業さんと会話をしていると、『そんなのあり!?』みたいな思いがけない発想からものづくりが始まっていくのがすごく面白くて

コラボって、自分たちがその企業さんのブランドの伝え手になることでもあるから、相手が実現したい世界を僕たちも一緒に実現する姿勢も大事にしています」

小高と浪江を「自由な酒づくりのまち」に

2023年秋には、小高区の隣町、福島県浪江町に2つ目の酒蔵をオープンするという。先日行われたお披露目会では、地域の方々を招いて夏まつりを開催し、交流を楽しんだ。

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haccobaの活動は酒づくりだけにとどまらない。小高駅の無人駅舎を醸造所とパブリックマーケットにリノベーションする計画も進行中だ。さらに2025年までには、ベルギーにも醸造所を立ち上げることを目指し、準備を進めている。

わずか数年の間に増殖を続けるhaccoba。佐藤さんはどんな未来を描いているのだろうか。

「まずは拠点としている小高と浪江を、自由な酒づくりのまちにしたいと考えています。

そしてそれを海外でも実現して、新規参入する人たちのサポートもしていきたい。つくりたい場所でつくりたい酒をつくる。そんな自由な文化を広げていきたいです」

もう一つ、佐藤さんには目指すものがある。それは「地域の自律的な文化」をつくること。

「小高の駅舎を使って、地元の高校生たちと一緒に事業をつくる計画を立てています。

また僕らは酒づくりのほかに電力事業もやっているのですが、その売り上げや地域コミュニティを通じて集まったお金を財源にして、高校生にチャレンジの場を提供し、良い循環をつくっていきたい。

地域の中で完結するビジネスを通じて、若者を育てていく。そういったことも僕たちが次世代のためにできることの一つだと考えています」

同時に、小高というまちの可能性を潰したくないという切実な思いもある。

「一時は人が住めなくなったエリアでゼロから暮らしや文化を再構築している時に、もし僕たちの事業がだめになってしまったら、『やっぱりここは人が住む場所じゃなかったんだ』と思われてしまう可能性もある 。

そんなことには絶対にしたくないし、このまちで人の営みを絶やさないためにも長く事業を続けていきたいですね」

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蔵元1代目として、いかに事業や文化を未来へ受け継いでいくかを考え続けている佐藤さん。最後に「Life Shifter」の体現者として、これまでを振り返って今思うことを聞いた。

「僕が高校卒業後にそうしたように、数年に1度、10年に1度でもいいから、一度立ち止まってみることも大事なんじゃないかと思います。

無理に新しいことを始めるとか、チャレンジしなきゃって自分を奮い立たせるより、思い切って何かをやめてみたら、きっと新しい視点で世界を見ることができるようになるはず。

今思えば、1年のブランクを経て大学に進学した時も、会社を辞めて起業した時も、クリアな頭で、自分が心からやりたいと思うことを自分で選びとった感覚がありました。今の自分を見つめ直すことで、自分が本当に求めていることが見えてくると思います。

僕自身、迷ったり悩んだりしながらの毎日ですが、好きなことに夢中になれる今が一番楽しい。立ち止まっても前に進んでいても、一瞬一瞬を大事にしていきたいですね」


haccoba 創業者 / 代表取締役 佐藤太亮さん
1992年、埼玉県生まれ。楽天、ウォンテッドリーを経て、酒蔵を立ち上げ酒づくりに挑戦する夢を実現すべく2020年にhaccobaを創業。2021年に福島県南相馬市小高区に酒蔵をオープン。2023年秋には浪江町に2拠点目を開設予定。お笑いが大好きで、お気に入りのYouTubeチャンネルは「岡田を追え‼」。バイブルとしている本は『諸国ドブロク宝典』、『CONTEXT DESIGN』(渡邉康太郎)、『自分が欲しいものだけ創る! スープストックトーキョーを生んだ『直感と共感』のスマイルズ流マーケティング』(野崎亙)など。

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