サントリーの物流倉庫。サントリー天然水が入った段ボールが大量に保管されていた。
撮影:三ツ村崇志
倉庫内にある段ボールをスマホのカメラで撮影し、AIが自動でゆがみを判定——。
サントリー食品インターナショナルやキリンビバレッジ、コカ・コーラボトラーズという飲料メーカーの競合同士や、セブンイレブン・ジャパンら異業界の5社が、AIを活用したシステムを使って物流現場の課題解決に向けた取り組みを進めている。
取材を進めて見えてきたのは、その背景にある中の商品に問題がなくてもちょっとした傷や汚れがつくだけで段ボールを返品せざるを得ない、日本の「やり過ぎ」体質だった。
スマホで撮影。AIが段ボールのゆがみ「精度90%」で判定
スマホのカメラ機能を使って段ボールのゆがみを判定するアプリを構築。アプリ開発コストは、サントリーはもちろん、富士通も一定程度負担しているという。
撮影:三ツ村崇志
この取り組みの起点になったのは、サントリーと富士通だ。
サントリーでは、自社の倉庫にあった段ボールの画像データを富士通と共有。富士通はその画像データをもとに段ボールのゆがみなどを判定するAIを構築した。
検品担当者は、判定アプリを導入したスマホ端末で段ボールを撮影するだけで、配送の可否を自動で判断できる。判定の精度は90%程度だ。判定時には、「なぜそう判定したのか」が分かるように、参考にした学習データ(画像)も提示される。使用者がAIの判定結果に対してフィードバックをすることで、いっそうの精度の向上を目指している。
画像を読み込むと、AIが配送可能かどうかを判断してくれる。AIが判定のために参考にした画像も提示される。AIの判定に違和感があれば、フィードバックを送っている。
撮影:三ツ村崇志
段ボールがゆがむと「運べない」 現実
「どれくらい影響があるのか分からない。でも、段ボールを使っている企業であれば少なからずその影響を受けているのではないかと考えています」
サントリーHDサプライチェーン本部で物流の戦略を担当する上前英幸さんはBusiness Insider Japanの取材に対してこう話した。
メーカーから商品を輸送する際に欠かせない段ボール。取り組みの発端となったのは、物流の現場で度々発生している、中の商品に問題がなくてもちょっとした傷や汚れがつくだけで段ボールが返品されている現実だという。
トラックで運ばれてきた商品の積み下ろしの際などに、商品の「検品」が実施されている。
撮影:三ツ村崇志
サントリーをはじめとしたメーカーでは、工場で製造した商品を最終的に店舗などへ届けるまでに、複数のトラックを経由して輸送している。トラックで運ぶ以上、どうしても段ボールに衝撃が加わることはあるし、積み重なった段ボールの自重で形がゆがんでしまうことも。雨に濡れたり、中身が漏れたりするリスクもある。
だからこそ、トラックから積み下ろしたタイミングや倉庫内で保管している最中に、商品に異常がないか目視で「検品」し、破損が大きなものを返品しているわけだ。このプロセス自体は、品質保証という意味でも理解できる。
ただ、物流にはさまざまな企業が携わるため、統一的な判断基準を作ることは難しい。そのため、A社の倉庫でOKだと判断して配送された段ボールが、B社の倉庫ではNGと判断されて受け入れを拒否される(返品される)ということが起こっている。
この程度の傷やゆがみでも現場的にはNGだという。もちろん、中身に問題はない。
画像:サントリー
商品を運んできたトラックが持ち帰れば良いだけの話だと思うかもしれないが、そう簡単にはいかない。
「A倉庫からB倉庫に商品を運んだトラックには、次の仕事がある。2024年問題があって、トラックが不足しているんです。そこに予想外の返品が来ると、どうしようもなくなる」(上前さん)
そのため、極力返品されないようにどんどん検品時の基準が「安全」側にシフト。その結果、段ボールに軽微な傷やゆがみがあるだけで中身に問題がない商品を「破損品」と判断して、配送できなくなるケースが発生しているというのだ。
返品しても配送できない。食品ロスも……
取材に応じた、サントリーHDサプライチェーン本部の中村繁さん(左)と上前英幸さん(右)。
撮影:三ツ村崇志
中身に問題がないのだから、別の段ボールに詰め替えて再配送することもできなくはない。
ただ、詰め替えにもコストがかかる上、食品小売業者には、「納品先にある在庫商品よりも賞味期限が『前』の商品を納品することができない」というルール※がある。一度返品された商品の再配送先は限られ、場合によっては食品ロスとして廃棄せざるを得なくなることもある。
※編注:例えば、すでに賞味期限が2024年1月までの商品を納品した事業所には、賞味期限がそれ以前(例えば2023年12月)の同じ商品は納品できない。
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返品されるのが破損した段ボール1個だけならまだしも、物流現場は基本的に「パレット(荷台)」ごとの管理だ。パレットに乗っている数十個の段ボール全てを返品せざるを得ない。
「細かいところでこういった問題が起こっています。倉庫で(段ボールの状態を)判断することそのものが、物流における課題になっているんです」(上前さん)
筆者のいち消費者としての感覚でも、これは「やり過ぎ」なように思える。
物流現場では、フォークリフトが「パレット(荷台)」に乗った商品を運んでいる。運搬する際など、衝撃が加わるタイミングはいくつもある。
撮影:三ツ村崇志
「なんとかなっていた」業界が抱えるリスク
上前さんによると、これまでは倉庫の管理担当者や物流業者が配送先となる別の倉庫や小売事業者の担当者との人間関係の中で、「この倉庫(事業者)なら、これくらいの段ボールのゆがみなら受け入れてくれるな……」などと、返品があってもうまく捌いていたケースが多かったという。加えて、倉庫にはさまざまな理由で返品が来るため、段ボールの破損を理由に生じていたロスがどの程度か定量的に把握することも難しかった。
問題化せず、費用対効果も分かりにくかったことで、今までこの課題は放置されてきた。
ただ、物流2024年問題が顕在化し、この先人材の入れ替わりや外国人労働者などの増加も想定される現状で、この「やり過ぎ」もいよいよ維持できなくなる可能性がある。属人的に「なんとかなっていた」状況を放置することは、業界としてもリスクだ。
「(業界内でも)問題はないと思ってる会社さんは、多分現場がうまくやっておられるのだと思います。ですがこの先、現場を保てなくなるのではないかと思っています」(上前さん)
中には段ボールで販売されているケースもあるため、品質管理をする需要自体はある。ただ、最終的にはダンボールを破ることになるため、どこまで徹底するかは課題だ。
撮影:三ツ村崇志
ただ、サントリー1社だけがこの取り組みを進めても、会社ごとに返品の判断基準が異なっていてはサプライチェーン全体の課題は解消できない。
だからこそ上前さんは、プロジェクト発足当初から、競合をはじめとしたさまざまな企業に声をかけてきた。そこで2021年3月に名のりをあげたのが、キリンビバレッジだった。
キリンとしてもサントリーが考えていたような課題を認識しており、「消費者が商品を手に取るまでの各工程で課題があり、それを解決する取組みである事に共感しました」とプロジェクトへの参加を決めたという。
その後、2021年9月にはセブンイレブンが、2023年5月にはコカ・コーラボトラーズジャパンがプロジェクトに加入。この6月から、システムを開発した富士通を含めた5社共同で実証実験を本格的にスタート。自社の倉庫や流通倉庫でのAI判定システムの運用実証や、段ボールの破損状況に関する判断基準のすり合わせを進めていく。
キリンの担当者は、Business Insider Japanの取材に対して、
「実際に返品が起こっていることは把握しているものの、ダンボールの破損に伴う商品の返品に特化した数字は持っておりません。今回の実証実験を通して、確認していきたい。
(実証試験では)判断基準の差による検品時間およびトラック待機時間の削減、返品抑制、商品の廃棄(食品ロス)削減を期待しています」(キリン)
と今回の取り組みへの期待を語る
セブン&アイ・ホールディングスの広報も、
「セブンイレブンは小売りという立場で実証実験に参加することで貢献できる部分があると考え、参加に至っております。今回の実証実験を通じて、様々な検証結果をもとに基準の統一化がはかれれば、食品ロス削減に貢献できると考えています」
と、課題意識について答えた。
今回の共同実証試験では、2024年の9月までを目処に、学習データを新たに5000枚確保することを目指す。
「最終的に各メーカーで基準が一致すれば良いと思っています。ただ、メーカーだけではなく、流通も巻き込みたい。最終的には消費者まで同じ基準にならないといけないと思っています」(サントリーHD・上前さん)
過剰品質大国「日本」
段ボールは、飲料以外でもさまざまな場面で使われている。
撮影:三ツ村崇志
飲料業界以外にも、ダンボールを使っている業界では似たような課題がある可能性が高いと上前さんは指摘する。サントリーらの取り組みがうまくいけば、おなじスキームで課題解決を図れる可能性はある。
ただ、一つ考えたいのは、そもそもスーパーやコンビニなどに並ぶ商品の多くが段ボールから取り出された状態で販売されているという現実だ。
安全に輸送するために、ある程度段ボールをきれいな(機能性を損なわない)状態で運ぶ必要性があることは分かる。ただ、最終的に段ボールを破いて陳列することを考えても「商品を運ぶ容器の軽微なゆがみや破損」をどこまで気にするべきなのか。日本の現状は「過剰品質」とも言えるのではないだろうか。
物流2024年問題をはじめ、日本では人材不足を背景にさまざまな業界で課題が顕在化しつつある。テクノロジーを活用して対策を進めるとともに、過剰なサービスの断捨離もまた進めなければならないのかもしれない。