主演を務めたマーゴット・ロビーは本作のプロデューサーでもある。
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8月11日から日本でも公開されている映画『バービー』の快進撃が止まらない。
世界興行収入は13億8000万ドル(約2020億円)を記録し、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』を抜いて、2023年最もヒットした映画となった。 また、『ハリーポッターと死の秘宝 PART2』を超え、配給のワーナー・ブラザース史上最大のヒット作ともなっている。
『バービー』は女性性と男性性について深く切り込んだ映画であるため、この映画について語る際、私一人の感想を語るのは不適切だと感じた。この映画を女性はどう観たか? 男性はどう観たか? さまざまな視点が必要だと思い、『バービー』を観た男女4人に話を聞いた。 発言は各人の見解であり性別を代表する意見ではないこと、また性別は男女には限らないが、多様な感想を得られた。
グロリアの演説は全ての女性の叫び
自身も子どもを持つスミレさん(仮名、40代女性)はバービーを販売するマテル社に勤めるグロリアの大演説が心に残ったという。
「あのシーンは感動的でした。きっと多くのキャリア女性の心を打つと思います。私も観ていて涙が出ました」(スミレさん)
その内容は、現代を生きる女性に求められる矛盾について訴えるものだ。
「『リーダーであれ、でも出すぎるな』『痩せて美しくあれ、でも痩せすぎはダメ』『綺麗であれ、でも綺麗にしすぎはダメ』『社会で活躍してほしい、でも家のこともちゃんとやってほしい』……。パートナーに対して、『仕事で活躍してほしい』『でも家のことはやってね』という男性は多いでしょう。まさに今の女性たちが置かれたリアルな状況だと思います」(スミレさん)
ケンが男性性に目覚める過程をどう観たか?
左がケン役を演じたライアン・ゴズリング。
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『バービー』では、ケン(バービーの友達)たちがマッチョな思想に目覚め、「男らしく」振る舞い始めることで、バービーランド(バービーやケンたちが住む夢の国)に混乱をもたらす様子が描かれる。
そのなかで、マンスプレイニング(男性が女性に対して偉そうな態度で知識をひけらかしたり解説したりする行為)を批評的に描いたシーンがあるが、こうした過程をハルさん(仮名、20代女性)は、
「別に男だけの世界でとどまってる範囲ならいいんですけど。社会にいる男の人がああいうふうだと嫌ですね。もちろん、相手が自分より年上の場合だとまた変わってくるし、恋愛対象として頼りがいのある人を好きになったりはするんですが……。同世代の好きでもない人に鼻息荒く自慢げに説明されると、『あ、下に見られているな』って思うこともありますね」(ハルさん)
と話す。「ゴッドファーザーについて解説して」「フォトショップの使い方について教えて」とバービーに言われて、嬉々としてボディタッチをしている男性。それを女性がどのように見ているかシニカルに描いているので、私は恥ずかしくていたたまれなかった。
一方、ケンに共感できたと話すのはユウスケさん(仮名、30代男性)だ。
「ケンってずっとバービーのおまけ扱いじゃないですか。彼が男性的に変わっていく過程は、少なくとも僕は共感できました。実体験として自分もマッチョに変わらなきゃと思っていた時期があるからです。
昇格して管理職的なポジションになった時に、上司から『部下の目を意識してポーカーフェイスでいろ』と言われたんです。自分は強く振る舞うことを要求されている気がして。そこからジムに行って筋トレしたり、 髪型を変えておでこを出したり、髭を生やしたりして。いわゆる男性的な見た目に寄せていったんです。
この過程って、社会に求められている男性性に個人が引き込まれていってしまうものだなと思って、それをこの映画が描いているのはすごいと思いました」(ユウスケさん)
リュウジさん(仮名、30代男性)は、マッチョな思想に乗れない男性キャラ・アランに注目したという。
「ケンが目覚めた男性性って、必ずしも男がみんな乗れるわけじゃないと思うんです。あれは男性の中でも成功者のイメージですよね。
象徴的なのがケンの友達のアランの存在です。バービーのおまけのおまけ。彼はケンのマッチョな思想にも乗れないし、そうかと言って女性でもないから、いつも所在なさげな顔でぽつんと立ってる。私が一番共感できたのはアランなんです。いつもケンとバービーの間で所在なさげにしてる。そういうところまですくい取っているのが憎い映画だなと思いました」(リュウジさん)
『バービー』で描かれるケンは現実の女性のメタファー?
肌の色や職業が違う多様なバービーが存在する。
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ケンの姿を「現実世界における女性のメタファー」だと話すのはスミレさんだ。
「ケンが男性性に目覚めていく過程は、女性が本来自分の持つリーダーシップのようなものに気付いていくことのメタファーだと思いました。自分なんて活躍できない、何も価値がないと思ってビーチに立っている脇役みたいな存在だったケン(=現実の女性)が目覚めていく過程です」(スミレさん)
映画の最後では、それまで仕事をしていなかったケンたちが裁判官になりたいと大統領バービーに訴え、「下の方からならいい」と言われるシーンがある。「あれはまさに現実の女性の姿で、出世したくても役員はダメだけど部長くらいならいいよ、という感じ」 というスミレさんの意見に私も同意する。 「現実の女性たちがそうであるように、これからケンたちも下から出世していくでしょう」という趣旨のナレーションも流れる。
バービーの「添え物」として扱われるケンの姿を通じて、現実の女性が置かれた立場を観客に分かりやすく提示することで、特に男性に「あなたたち、こういう扱いをされたらどう思う?」と問いかけているのかもしれない。
バービーランドは本当に夢の国なのか?
60年以上の歴史を持つバービー人形たち。
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映画の冒頭でバービーランドは差別のない公平で平等な場所のように描かれるが、そこに違和感を持ったというのがハルさんだ。
「違和感があったのは、へんてこバービーの描き方です。へんてこバービーって変わり者扱いで差別されてると思うんですけど、活躍したから最終的には『ついで』みたいな感じで仲間になるんです。へんてこバービーがたまたま便利に活躍したから、仲間に入れてやるよというノリが『いいこと』として描かれているのが嫌でした。もし活躍しなかったら、社会から『へんてこ』であることは受け入れられないのかなって。他のバービーたちはごめんねと言ってたけど、絶対心の中では今でも差別していると思います」(ハルさん)
この意見にリュウジさんも同意する。
「意識高い集団の中でも差別はナチュラルにありますよね。『私達の価値観とノリに合わせるなら仲間だけど、そうでないなら差別します』という。へんてこバービー関連の描き方はそういう意識高い集団の差別を批評しているのか、ベタに『良かったね』と言っているのかは分かりません。あてがわれた仕事もゴミ処理大臣でしたし」(リュウジさん)
バービーランド的な価値観が推奨する「成功」と「活躍」についてもハルさんは疑問を持ったという。
「現実には従来の女性的な価値観で生きている人って今もいますよね。私はそういう女性たちが男性に隷属しているとは思わないし、専業主婦を選ぶか選ばないかは自由だと思うんです。例えば私の母親はずっと専業主婦で生きてきて、料理などをして誰かの役に立つのが楽しいという話をしていました。この映画の終着地点では、自分らしく仕事をしているバービーがほとんど。だから、家庭に入ったり、誰かを手助けする価値観は否定されたまま終わっちゃったのかなって違和感がありました。プリンセスに憧れたりするのってそんなにいけないことなんでしょうか?」(ハルさん)
バービーに変化が起きるきっかけとなったグロリアの葛藤は、「バービーはこんなに輝いてるのに、現実の私は輝いていない」というギャップだ。その結果、グロリアは「ブルーなバービー」や「セルライトができてしまったバービー」という自身を投影した等身大のバービーを、イラストとして描く。女性たちの夢を形作っていたはずのバービーランドが実は女性を傷つけてしまっていた。
「みんなが成功しなければいけない」「何者かにならなければならない」という価値観の押し付けが息苦しさを生む。 グロリアは等身大のバービーを描くことで、もっとありのままの自分を肯定してほしいという思いを表現したのだろう。
ラストで婦人科に行くという元バービーの選択の意味
本作の監督にグレタ・ガーウィグを指名したのは、主演を務めたマーゴット・ロビーだ。
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映画のラストでは、定番バービーがバービーランドを出ていき、人間として現実世界で生きていく選択をする。そして、彼女は「婦人科」に向かうのだが、このラストをどう解釈したのだろうか。
ユウスケさんは、「女性であること、つまり妊娠、出産の可能性があるとか、生理が来るということを示唆していたのかな、と僕は感じました。生物学的な女性であることを受け止めるっていうことでもあるし、それはつまり老いるということ、年齢というものを受け入れるということでもあるんじゃないでしょうか」とバービーが人間の女性になったことを示すのではないか、と指摘する。
ハルさんは別の視点で観ていた。「私はさっきの話とちょっと矛盾しちゃうかもしれないんですけど、従来の女性的な価値観を否定したまま終わろうとしてたところを、婦人科に行ったことで『とはいえ子どもが欲しいと思うなら産んでもいいんじゃない?』ってことなのかなって」。子どもを産むという点に目を向け、バービーの妊娠、もしくはこれから妊娠する可能性を読み取った。
スミレさんはバービーの体型に注目する。「今までは人形だったから生理がなかったけど、初めて人間の女になったことで診てもらうために来たのかも。バービーみたいなスリムな体型のモデルやスポーツ選手の生理が止まっちゃうのは実際にあることですから」。
『バービー』に対する評価はさまざまだろうが、観た後に語りたくなる映画であることは間違いない。私はこの映画を「女だからこうしなければいけない」「男だからこうしなければいけない」という価値観にとらわれることの苦しさや馬鹿らしさを描いた映画だと受け取った。
この映画にはフェミニズムの要素は含まれているものの、それだけの映画ではない。むしろ性別に関係なく、現代の生きづらさについて真摯に描いた映画だ。アメリカでSNS公式アカウントの炎上はあったが、 それで観に行くのをやめてしまったとすればもったいないだろう。