エリザベス・オールドリッチの父と継母。2019年夏、南アフリカ共和国の喜望峰にて。
Courtesy of Elizabeth Aldrich
- 父親が同僚たちよりも10年早くリタイアするのを目にするまで、筆者は貯蓄と投資に関する彼からのアドバイスを無視していた。
- 現在、父親と継母は、若く健康なうちにリタイア生活を満喫し、世界中を旅している。
- 2人は身の丈に合った生活を送り、退職勘定、株式、債券、賃貸不動産に投資し、代替プランも用意しているという。
子供の頃、バースデーカードを開いて、パラパラと1ドル札が落ちてくるのを目の当たりにすることほど嬉しいことはない。
私が大きくなると、父は私に、「貯金をすれば、このお金は将来の自分のチャンスを象徴するものになる」と言い聞かせてきた。そして、私は誕生日にもらったお金を光にかざして、紙幣の透かしを確認し、このお金を楽しく使う未来の自分を思い描く。でも思い浮かんだのは、セブンイレブンのアイスやスマホ用のプリペイドカード、好きなバンドのTシャツを当時の私が買う姿だった。
高校時代に初めてアルバイトをすると、父は福利の力についての記事をプリントアウトして、「早く投資を始めること」というメモと一緒に、私の財布へ挟んでおいた。その夏、私のお金は、ほとんど入金された途端に当座預金口座からなくなったが、それは資産形成を始めたからではない。
大学を卒業し、「ちゃんとした仕事」に就いても、私は貯蓄を始めなかった。しばらくは個人型確定拠出年金を積み立てていたものの、それも退職後にアメリカ中を旅行して使い果たした。
いつか使える日を待ちのぞんで、自分のお金を何十年も誰かの懐に預けておくなんて、意味がわからなかった。いま使いたいものがたくさんあるのに、そんなことしない。
あるとき、父がほかの同僚たちより少なくとも10年は早くリタイアしたのを見て、私の考え方は180度変わった。継母は、FIRE(経済的自立、早期退職)のためのプランに乗るよう父に説得され、もっと若くしてリタイアした。
私の財政を軌道に乗せるのが手おくれではありませんようにと祈りながら、私は2人にその方法をたずねた。
両親が実践したFIREの計画
父は日ごろからFIREの計画を練っていた。父は倹約家で、私はかなり現実的に育てられた。私と妹は、50セント(約70円)の冷凍ポットパイを山ほど食べさせられ、履いているスニーカーに穴があくまで新しいのを買ってもらえなかった。
でも、将来につながる教育の機会など、大事なことに対してはお金を惜しまなかった。教育は投資だけど、靴はそうではないからだ。長い目で見ると、投資されたお金は、浪費されたお金よりも人生に多くの価値をもたらすことが多い。父はそのことを理解していた。投資が先、使うのはあと、というわけだ。
いっぽう、継母は父と付き合うまで、FIREの計画など立てたこともなかった。父から50歳までにリタイアしたいという話を聞かされたときも、疑いのまなざしを向けた。「バカなこと言わないでよ、って私は返したの」と継母は回想する。
でも、とりあえずその話に付き合っているうちに、継母にも父の目標がそれほど非現実的ではないとわかってきた。
2008年のリーマン・ショックでアメリカの年金が打撃を受けていなかったら、父の50歳までにリタイアする計画は順調だったはずだ。だが、これはやや高望みな目標だった。とはいえ、結局うまく立て直して、父は55歳、継母は49歳でリタイアした。
父も継母も電気工学の学位をもち、ハイテク企業の営業とマーケティング部門に勤務していた。そのため、2人とも人並み以上の給与を稼いでいた。このことは前もって知らせておこう。
それでも、(エンジニアではない私も含めて)大半の人にとって、2人のアドバイスは役立つだろう。
1. 目標の設定、家計の構成、進捗状況の把握
明確な目標を設定し、進捗状況を追うと、大きな効果がある。私の継母も進捗状況を確認し、プランに沿ってお金が増えていくのを目にして、初めてFIREが可能だと信じられるようになった。
「現実のことなんだってわかったの。貯蓄を最優先にすると、リタイアが可能になる。お金がお金を生んで、驚くほど速く進んでいくのよ」と、継母は話してくれた。
2人がまずやったことは、父が50歳になったときに余裕をもってリタイアし、90代になってもきちんとやっていくためにはいくら必要か、正確に把握することだった。リタイア後の生活の家計には、リタイア前と同等額の給与と、医療費などの支出の項目も含まれていた。
リタイア後の家計を構成したあと、50歳までに目標を達成するためには、毎年いくら貯蓄する必要があるかを算出する作業に戻った。それには、投資利益率の予想も考慮に入れた。それから、2人は目標を達成するために、支出を減らし、余分な収入をすべて投資に回した。
定期的に家計を調べ、半年ごとにしっかりと進捗評価をおこなった。やがて、半年ごとのチェックのためにファイナンシャルアドバイザーに相談もし始める。そして、リタイアしたあとも計画どおりに進んでいるかを確認するために、その作業を続けてきた。
2. ライフスタイル・インフレーションの回避
ライフスタイル・インフレーション、つまり、収入が上がるたびに生活費が増えてしまうことほど、気づかないうちにリタイアのプランを損ねてしまうものはない。借金をするようになることも多い。
私の両親にとって、FIREには分相応の生活を送ることが欠かせなかった。2人は最低でも昇給した額の半分を投資に回した。父のボーナスは賃貸不動産に投資され、収入になった。2人は結婚すると、実際に支払える額の半分の価格の家を購入した。
また、2人は車にも夢中にならなかった。私たち一家はずっとホンダの車に乗り、両親は動かなくなるまで1台の車を乗りつづけた。私たちの分の車も用意してくれたが、父は数千ドル(数十万円)で買える古い中古車(私のは1990年製アキュラインテグラ)を現金で購入した。
3. 積極的な投資と……分散投資
ほとんどの人と同じく、確定拠出年金が両親のリタイア計画の中心だった。当初から会社の拠出金を最大限活用するよう取り組んだ。継母はコンサルティング業も営んでいるため、自営業者が選択できる個人型確定拠出年金も始めた。
2人はFIREしたかったため、リタイア後の収入として頼りになる投資も必要だった。そこで、両親は、株式、債券、賃貸不動産にも投資した。
リーマン・ショック後に、2人は抵当物件をかなり安い価格で現金で購入した。その物件を、節約のために自分たちですべてリノベーションし、貸し出した。
こうした物件が、1軒ずつ売却できるセーフティーネットとなるだけでなく、リタイアしてからの数年間の収入になっている。こうした物件のおかげで、両親は生活費を30%削減されても対処でき、問題ないことを把握しているのだ。
賃貸物件の収入に加えて、短期的な生活費のために債権ラダーも設定した。これから4〜5年は毎年債権が満期を迎えるので、それが収入になる。
4. 収入のために、副業という予備のプランを検討
継母は父よりも年下のため、もう少し長く働く予定だった。しかし、2人の勤務先で働きつづけるよりも、完全にリタイアしやすくなるよう、オンラインでのコンサルティング事業を始めることにした。
継母はいまでも「楽しむためのお金」を稼ぐために副業でコンサルタント業をしている。この仕事で得た収入を使って、南アフリカにサファリに出かけたり、2人の両親をドイツに連れていったり、現在1年の一部を過ごすセント・トーマスで家族が集まる盛大な記念イベントを開いたりしている。
どちらかの収入源に何かあったとしても、常に継母のコンサルティング業をあてにできる。
両親にとってFIREが重要だった理由
私の年代(20代から30代前半)では、FIREどころか、リタイアすらまったくイメージできない人が多い。そのため、父が私の年齢のころにFIREを計画していたなんて驚きでしかない。若いころにそうした見通しを立てるために、何か役立った人生経験や教訓があったか、私はたずねた。
「あなたの祖母が若くして亡くなったことと、アルツハイマー病を患う家系なことじゃないかしら。あなたのお父さんは、健康なうちに自分の人生を手に入れたいと心から思っているようだった」と継母は教えてくれた。
「それもあるね」と言って、父はうなずくと、癌で亡くなった私の叔母の話をした。健康そのものだった叔母の病状がみるみるうちに悪化していく様子を目の当たりにし、2人はリタイアの計画によりいっそう励んだ。「仕事を続けることもできたけど、姉が診断されてからわずか半年で亡くなってしまい、『ぐずぐずしていられない』って思った。やりたいことをやりたいときにする自由がただ欲しかったんだ」
継母が付けくわえた。「(仕事は)楽しかったけど、ありのままの私ではないという感じだったの。あるべき人生の姿ではないって」
現在2人は1年の半分をカリブ海で過ごし、ギターを習ったり、船で旅に出たり、ボランティア活動をしたりしている。世界中を旅しては、数カ月かけてアメリカのすばらしい国立公園を車で回ったり、ヨーロッパを探訪したり、南アフリカで野生動物を見たり、パナマ運河をクルーズしたり、親戚に会いに行ったりしている。
2人を見ていると、埃がたまったままお金を放置するのと資産形成が正反対のことだとわかった。きちんと投資すれば、そのお金はいつまでも成長する。そうすれば、長い目で見ると、浪費するよりもたくさんのことをもたらしてくれるはずだ。
継母が私の心に響く形で言いあらわしてくれた。「それはあなたのお金ではなくて、未来のあなたのお金なの」と。将来の自分のためのセルフケアとして、貯蓄と投資を考えよう。きっと未来の自分から感謝されるはずだ。