タクシーに乗車すると誰もが目にする動画・タクシーサイネージといえば、こちらの関心にかかわらず動画広告が一方的に流れてくるものというイメージを抱いている人が多いだろう。この移動体験を覆す試みをしているのが、都内最大級のタクシーサイネージメディア「GROWTH(グロース)」を擁するニューステクノロジーだ。同社が描く未来の移動体験とはどのようなものなのか。三浦純揮代表取締役にタクシーサイネージの可能性について話を聞いた。
オフラインメディアのなかでタクシーに目をつけた理由
三浦純揮(みうら・じゅんき)氏/1988年生まれ。北海道札幌市出身。立命館大学卒業後、2010年にベクトル入社。2012年にベクトルチャイナを立ち上げ、ベクトルアジア展開に貢献。2018年よりニューステクノロジーの代表取締役に就任。都内最大級のタクシーサイネージメディア「GROWTH」などのモビリティプラットフォーム事業を中心に、メディア事業、クリエイティブ事業を展開している。
2023年9月現在、東京23区内の約1万1,500台のタクシーに設置されているタクシーサイネージメディア「GROWTH」。メディアの名は知らずとも、タクシーアプリの「S.RIDE」や「DiDi」と連携し、配信しているため自然と目にしているタクシーユーザーは多いだろう。
タクシーサイネージは、企業が動画広告を出すメディアとして魅力的だ。乗客の平均乗車時間は18分。その間、プライベートな移動空間で音声付きの動画コンテンツを届けることができる。
ただ、三浦代表は2018年の代表就任当初からタクシー広告に目をつけていたわけではないという。
「時代が静止画から動画になる流れの中で、動画がアウトプットできる場所がテレビやWEB上ばかりなのはおかしい。これからはオフラインで動画が視聴できる場所がもっと増えてくるはず。そう考えて検討していた場所の一つがタクシーでした」(三浦氏)
当時目をつけていたのは、ユーザーが一定時間とどまる場所だ。
具体的には美容室やエレベーター、新幹線、喫煙所などが候補に挙がった。その中でも都内のタクシーは乗客に特徴があり (30~50代の所得が高めのビジネスパーソン)、使う人は月に何度も利用するため、ユーザーセグメントがしやすくフリークエンシーの高い広告向きの媒体だった。
国内外ですでに実施事例もあったタクシー広告。日本でサービスを展開する上での懸念点はハードウェア面だった。三浦代表は同社を立ち上げる前、中国に3年赴任していたことがある。そのころすでに中国ではタクシーの動画広告が普及していたが、サイネージのスペックが低かったのだ。
「タクシーに積むサイネージは対振動性や耐熱性の基準を満たす必要があり、市販のタブレットは使えません。しかし、タクシー仕様でつくるとコストが高くなるため、画面も小さくなってしまう……。また当時は通信環境も良くありませんでした。それらが壁になるかと考えていましたが、タクシー広告に参入した2019年にはサイネージや通信のコストが下がっていました。逆に参入しやすい環境が整っていてラッキーでしたね」(三浦氏)
MCに人気アナを起用した独自の情報番組をスタート
「GROWTH」のオリジナルメディアコンテンツ「HEADLIGHT」では、人気アナウンサーなどを起用し話題に
タクシーサイネージ事業への参画という挑戦を選んだ理由は他にもある。乗客は動画視聴を目的にタクシーに乗るのではなく、コンテンツの内容がどのようなものであれ乗車動機にはほぼ影響がない。平均乗車時間18分をすべて広告枠にすることも可能であり、その自由度はコンテンツで視聴者数が左右されるオンラインメディアやテレビにないものだった。
ただし、メディアへの集客に影響がないからといってコンテンツにこだわらなかったわけではない。動画広告の押しつけ感が強くなると、出稿自体が逆効果になるおそれもある。乗客が忌避感を抱かないように、むしろコンテンツの質には徹底的にこだわった。
中でも目玉となるのはオリジナルのメディアコンテンツ。ニューステクノロジーはもともと、広告映像を制作するクリエイティブ事業を展開している。そのノウハウを活用しつつ、独自コンテンツを制作。時間単位は広告枠に合わせた20秒で、情報をきちんと消化してもらえるようなメッセージの発信にこだわった。2022年10月にはMCに青木源太アナ・山崎怜奈氏を起用した新情報番組「HEADLIGHT」の放映を開始。内容に磨きをかけている。
「当初はタクシー版ビジネスニュース番組を目指していました。しかし、SNSなどのユーザーの声を分析した結果、都内の飲食店情報などの反応がいいことが分かりました。『HEADLIGHT』はビジネス系のニュースだけでなく、書籍や映画、グルメなどエンタメの情報にも力を入れています」(三浦氏)
タクシーでしか味わえない「新しい移動体験」を提供したい
コンテンツをパワーアップさせたことで乗客に少しずつ番組を認知してもらえるようになった。ただ、「『HEADLIGHT』を観たいから、目の前のタクシーを一台飛ばしてでもGROWTHと提携しているタクシーに乗ろうという動きにはまだなっていない」という。
差別化という観点で可能性を感じているのは、ニューステクノロジーが「S.RIDE」と共同で運営しているサービス「Canvas」との連携。「Canvas」はタクシーの窓ガラス部分に広告を表示する日本初のサービスである。その「Canvas」と「GROWTH」を掛け合わせ、タクシー1台まるごと、クライアントのブランドやキャラクターのタクシーにしてしまうのだ。三浦代表がこんな活用例を教えてくれた。
「好きなアーティストのライブに行くとき、会場までの移動にそのアーティストで車窓が飾られたタクシーを使い、サイネージには本人の限定メッセージが流れていたら、気分が盛り上がりませんか。ファンは、そこでしか体験できないものに価値を見出します。『GROWTH』と『Canvas』を組みあわせて移動体験を演出すれば、そのタクシーを選ぶ理由になるでしょう」(三浦氏)
「完全自動運転」が実現した世界の動画体験とは?
やり方を間違えると押しつけ感が出てしまうタクシー動画広告の世界を、コンテンツの充実や新たな移動体験の演出で進化させているニューステクノロジー。現時点でも先進的だが、三浦代表はさらに先の世界を見据えている。レベル5の自動運転が普及した世界だ。
「完全な自動運転がタクシーに普及すれば、運賃が下がって、平均乗車時間は現在よりグンと伸びるでしょう。そうなれば移動体験も変わって、タクシーサイネージは飛行機のモニターのように自分で好きなコンテンツを選んで視聴するVOD(動画配信サービス)端末になっていく。将来は動画配信サービスと提携して、脱広告モデルに移行する可能性もあるでしょう」(三浦氏)
下部のメニューバーをタップすると、通常の18分間のコンテンツとは異なる動画の放映を自由に選ぶことができる。
レベル5の自動運転がいつ実現するのかは見えない状況だが、すでに同社は新しい世界に備えて第一歩を踏み出している。
2023年6月に「Canvas」の広告メニューをアップテートして、動画配信サービスのように複数のコンテンツの中から見たいものを自由に選択できる「GROWTH VIDEO」を追加したのもその1つ。
「ハードやシステムの面ではもう実装の目途が立っています。あとはビジネスがついてくるかどうか。完全自動運転まではまだ時間がかかりそうなので、どれくらいの時間軸でそちらにシフトするのか、これから見極めていきます」(三浦氏)
一方、デジタルサイネージ広告も進化の可能性を秘めているという。最後に三浦代表は熱く語ってくれた。
「裸眼で3Dに見える巨大ビジョンが話題になり、そこで流れるコンテンツをわざわざ観に行く人もいますよね。最新のテクノロジーをうまく活用すれば、広告コンテンツは特定のロケーションや街全体をエンターテインメント化し、ユーザーに新しい体験を提供することが可能だと思います。新しい体験がSNSで話題になり、拡散されて“バズ”が生まれるなどPR的な効果も期待できます。それはタクシー動画広告も同じ。先日、透過ディスプレイを窓に貼れば新しいことができると思ってあるメーカーに相談に行ったら、『窓の開け閉めがあるから現時点では無理』と言われてしまいました(笑)。でも、挑戦したいアイデアはたくさんある。テクノロジーが追いつき、街がエンタメ化していく日が楽しみです」(三浦氏)
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