午後3時半過ぎに職場のデジタル庁を出て、幼稚園と小学校に子どものお迎えに来たクリスチャン。デンマークでは、子どものお迎えにカーゴバイクが大活躍している。
撮影:井上陽子
私がデンマークを初めて訪れた時、午後4時にラッシュアワーに出くわして衝撃を受けたという話を、この連載の初回に書いた。その後7年暮らしてみて、日中の仕事を早く終わらせて、仕事以外の時間を大切にできることが、幸福度の高さにかなり密接につながっているように感じている。
しかし、ここで疑問が出てくる。どうやったらそんなに早く仕事が終わるの?
東京で新聞記者をしていた頃、午後4時といえば、翌朝の紙面に掲載する原稿をようやく書き始める時間帯だった。いよいよ仕事のエンジンがかかり始める頃である。終わるのは……深夜。
そんな日本のペースに慣れてきたので、デンマークの父親たちが午後4時前後に保育園に子どもを迎えに来るのには驚いた。保育園(1〜2歳)や幼稚園(3〜5歳)は午後5時までなのだが、4時半になると残っている子どもはほとんどいない。こんなに早く子どもの迎えに来られるなんて、この父親たちは特殊な仕事をしているんだろうか、と最初の頃は不思議に思っていた。
お迎えの時に幼稚園でよく顔を合わせる面々に、何の仕事をしているのか聞いてみると、会社員、大工、デザイナー、シェフと実にさまざまである。地元サッカークラブのオーナー、という人もいた。
そんなパパ友の一人、クリスチャン・プラスケが、デジタル庁の局長と聞いた時にはさすがに驚いた。デンマークは2022年の国連のデジタル政府ランキングで世界1位となったが、クリスチャンはそんなデジタルインフラの基幹となる部署の責任者なのだという。日本で言うなら、霞が関勤めのバリバリの官僚だが、それで午後3時半すぎに仕事を切り上げて、幼稚園にお迎えに来ているわけだ。
そんなに早く帰って仕事は終わるのか、部下の誰かがその分仕事しているのか、日本の霞が関官僚のように国会対応で深夜まで役所に残るようなことはないのか。日本の常識が頭をよぎる私には、そんな疑問が次々と浮かぶ。
責任ある仕事と育児を両立させるのを、クリスチャンは「高速でテトリスをやってるようなもの」と笑う。クリスチャンの妻のマリーは、300人の部下を抱える国際金融企業の幹部で、6歳と4歳の2人の子育ての分担は夫婦できっちり半分ずつ分担している。多忙な2人が、責任ある仕事と子育てを両立するやり方は、時間のやりくりが最もシビアな子育て世代の働き方を見事に凝縮しているところがある。
というわけで、今回からしばらくは「デンマークの働き方」について取り上げてみたい。どういう背景があってこの短時間労働の文化が社会に根付いたのか、デンマークに来た日本人はどう変わったのか、独身の人はどうなのか、といったテーマである。
子どもの送迎は夫婦で半々、スケジュールは同僚と共有
まず前提として、デンマーク人の労働時間は雇用主との契約で決まるが、フルタイムは週に37時間が一般的。1日約7.4時間労働で、ランチの時間を入れて8時間弱。午前8時半に始業とすると、午後4時半までとなる。
ところが、実際にはけっこうな人が午後3時半ごろから職場を出始めるのは、子どもを保育園や幼稚園、小学校に迎えに行くためだ。デンマークでは、子どもは1歳の少し前から保育園に通い始め、だいたい小学校3年生(8〜9歳)前後までは親が迎えに行くのが一般的だ。そして、ほとんどの家庭が共働きなので、お迎えは父親と母親の両方が交代で担当している。
では具体的に、クリスチャンとマリーの2人はどういうスケジュールで子どもの送迎を分担し、仕事をこなしているのか。この1週間のスケジュール表を見てもらいたい。
筆者作成
まず朝。クリスチャンの長女(6歳)は小学校に、長男(4歳)は幼稚園に、と別々の場所に通っているので、クリスチャンとマリーはそれぞれ子どもを1人ずつ送る。午後4時のお迎えは、平日の5日のうち、クリスチャンが2日、マリーが2日、マリーの母親が1日を担当する。
お迎え担当の日の1日の流れはというと、クリスチャンは午前7時40分に家を出て子ども1人を送った後、午前8時15分に職場に到着。仕事は遅くとも午後3時45分には切り上げて、デジタル庁の職場を出る。このスケジュールが週に2日。
平日の残り3日間の“しっかり仕事できる日”は、午後5時半まで仕事をする。私からすると夕方5時半でも十分に早い気がするが、夕方6時からの夕食は必ず家族全員で一緒に食べることにしている。どちらか1人が遅くまで職場に残り、食事を家族とともにしないというのは、デンマークではあまり考えられないそうだ。
仕事の都合で、2人の間でお迎え担当の曜日を変える週もある。夫婦で打ち合わせた上で、オンライン上のカレンダーで“子どもの送迎スケジュール表”を管理しているが、面白いのは、これを職場の同僚とも共有していることだ。クリスチャンの職場に限らず、デンマークの企業では一般的に、あらかじめスケジュールに「お迎え」と書き込んで同僚に伝えておけば、早めに帰るのは問題ない、という意識が根付いている。
子どもたちが寝た後に、自宅で話をしてくれたクリスチャンと妻のマリー(右)。
撮影:井上陽子
クリスチャンがお迎え担当の日は、仕事をする時間が午前8時15分から午後3時45分頃まで(昼休憩の30分を除くと7時間)になるわけだが、それだとやはり仕事は終わらない。できなかった分は、子どもを寝かしつけた後の夜8時から2時間程度、パソコンを開いて取り戻すのだそうだ。さらに、忙しい時期には、日曜日に数時間仕事をすることもある。
忙しい2人が、2人の小さな子どもの世話と責任ある仕事を両立させているカギは、出張を除いて、この1週間のモデルに常に従うことなのだそうだ。
このスケジュールを聞いて週全体の労働時間を考えてみると、やっぱり日本の官僚と比べてもかなり短い気がする。部下がその分の仕事をやっているのか、とクリスチャンに聞いたら、「いや、それはない」と即答した。
クリスチャンは管理職なので残業代は出ないが、デンマークでは一般的に労働時間の管理が厳しく、もし超過で仕事をさせることになれば、その分きっちりと給料を払わなくてはいけない。予算もあるので、気軽に余計な仕事を頼めないのだ。部下の仕事を労働時間内に終わる分量に収めるのは、上司の仕事の一つである。
デンマーク人に働き方を聞いていて思うのは、かなり意識的に労働時間を管理している、ということだ。30分の短いランチタイムもその一つ。デンマークの大きめの企業は、だいたい建物内に食堂を備えているのだが、これは、社外に食事に行かずに済むようにするためだ。たいていの人は食堂でさっと食べるか、お弁当を自分の机で食べて、仕事に戻る。就業時間は全力で仕事を終えて、さっさと家に帰るイメージだ。日本のように、同僚らと社外に出てお店でのんびりランチ、といったことがめったにない。
こんなふうに仕事時間に厳しいので、私自身、デンマークで取材をする時は相手の時間を無駄にしないよう、日本にいた時よりもかなり気を遣うようになった。
デンマークの労働時間に対する意識の高さは、国際企業に勤めるマリーもよく感じることだという。「欧州の他の国のオフィスにいる同僚と比べると、北欧の同僚は効率よく仕事をして、職場を早く出る傾向がある」とマリーは言う。
仕事の近道を探るためならミスも歓迎。時間のかけすぎは問題視
コペンハーゲン市内の大通り。平日午後4時は家路につく人たちでにぎわう。
撮影:井上陽子
この連載の第1回で、私が最初にデンマークに来た時、午後4時台のラッシュアワーに遭遇しながら、そんなに早く帰れるならみんな幸せだろうな、と思ったことを書いた。あの時は本当にそう思ったのだが、実際にデンマーク人と同じペースで仕事をするようになってみて、これはかなり厳しい、と思うようになった。時間内に仕事が終わらず、自分の能力不足のように感じてしまうのだ。
クリスチャンもマリーも、デンマークの職場では、効率良く仕事を進めることにかなりの力点を置いている、と強調する。常に意識しているのは、仕事にどれだけの時間をかけたかではなく、どれだけの価値を生み出したか。クリスチャンの職場で言うなら、デジタル政府のエンドユーザーである国民にとって、いかに使い勝手のいいシステムが作れたかどうかが、価値ある仕事ができたかどうかの判断基準である。
「デンマークは他の国と比べて、仕事を非常に割り切って考えるところがある。仕事に時間をかけた、という事実だけで褒められることはまずない。むしろ、他の人が40時間でできる仕事を、なぜこの人は50時間もかけるのか、と問われてしまう。長時間仕事をするのは、仕事でいい結果を出すよりも実は簡単なことで、この2つは分けて考える必要がある」(クリスチャン)
無制限に時間を使おうとする人は問題あり、と見なされる。クリスチャンは若手職員に対して、仕事は完璧である必要はない、これで十分というレベルでさっさと終わらせて、次の仕事に進んでほしいとよく伝えるそうだ。
また、聞いていて感心したのは、部下がミスの報告に来た時には「心から感謝する」ということだった。
「IT分野の仕事では、ミスはプロセスの一部で、特に初期段階では常にミスがつきまとう。大事なことは、ミスを早く見つけて、それにどう素早く対応するかだ。それに多くのミスは、仕事を効率的に進めようとして起きるわけで、その努力自体は褒められるべきものだから」
実際、クリスチャンが管轄する国民のデジタルIDは、2022年の夏に大規模なシステム障害を起こし、メディアにもたたかれていたので、どれくらい突っ込んで聞いていいものかやや気が引けるところがあった。でも本人は、まったく気にしている様子はない。「政治家だって新聞だって、われわれがミスにうまく対処すれば、本当の意味で批判することはできないんだから」と言うのである。
初めから完璧でなくていい、エンドユーザーの使い勝手という“価値”を考えて仕事をする、という姿勢は、デンマークがデジタル分野で世界のトップを走っていることとも密接に関係しているように思える。ドイツや日本の方が技術面では進んでいるにもかかわらず、社会のデジタル化が相当に遅れているのは、クリスチャンから見ると、“生体認証は安全じゃないから使わない”といった制約が多すぎることに加え、ミスを嫌い、あまりにも完璧を求めすぎるからのように見えるという。
クリスチャンの部署では、民間企業の最新の技術も躊躇なく取り入れているという。ミスにひるむことなく、すでに日本にはるかに水をあけているデジタルインフラを、さらに着々と整えているのだ。
誰にでも仕事以外の人生があるという共通認識
今回、クリスチャンにじっくり話を聞きたいと思ったのは、日本の霞が関官僚の激務ぶりとの比較をしたい、と思ったからだった。日本の官僚は、国会中に政治家から質問が来るのに備えて夜中まで職場に張り付く、といった長時間労働が当たり前とされている節がある。
デンマークの官僚として働いていても、急きょ大臣からの問い合わせに応じる、といった事態はあるそうだが、そんな時は「電話やオンラインで対応できればOK」なのだそうだ。深夜まで職場に残る日本の官僚の働き方を伝えたら、そんなことをしたら、家庭を顧みずに職場に居残りをさせている相手の方が、居心地が悪く感じると思う、という反応である。相手が大臣であっても誰であっても、電話やオンラインで対応すればいいという柔軟さは、パンデミックによってますます加速したそうだ。
もう一つ、聞いていて目から鱗だったのは、公務員は民間企業よりも給料水準がやや低い分、働き方の柔軟さによっていい人材を惹きつけようとしていること。男女平等が進んでいる分、働き方の柔軟性が高く、公務員は家庭生活を大事にできる、という暗黙の了解があるそうだ。
そもそも論として、デンマーク人と話をしていてよく感じるのは、仕事がすべてではない、という考え方である。効率的に仕事を進めようとする大きな動機は、さっさと仕事を終わらせて、仕事以外の時間を大事にしたいから。それは、家族や友人との時間かもしれないし、スキルアップのための勉強時間や、趣味を楽しむ時間かもしれないが、1日のうちに仕事以外の“第二部”がある豊かさが、ここにはあると感じる。
仕事以外の時間の楽しみ方はさまざま。カフェでは、ボードゲームをしながらのんびりとヒュゲな時間を楽しむ人たちもよく見かける。
撮影:井上陽子
そんなふうに、仕事一辺倒ではない生き方が標準化されてきたのは、デンマークの働く女性の多さにも大きく関係しているのだろう。正規雇用と非正規雇用といった分類がなく、男女とも同じ雇用体系で仕事をしているため、現実問題として、男女とも長時間労働をしていたら家庭が回らなくなってしまうからだ。
デンマークでは、女性の労働参加が当たり前になってから、すでに2世代目に入っている。クリスチャンとマリーの両親は、どちらもフルタイムで仕事しており、2人の知る限りの友人の両親も、みんな両方ともフルタイムの仕事をしていたのだそうだ。だから、子どもが生まれてから育児や家事を半分ずつ分担することは、議論するまでもなく当然の前提だったという。
公平を期すために書くと、デンマーク人がみんな、クリスチャンとマリーのようにきっちり50:50で子育てや家事を分けているかというと、そうではない。私の友人のうち、“日本型”の分担に最も近いのは、夫が大学教授で妻が小学校教諭というカップル。この2人の場合は、子どもの送り迎えや家事の分担は妻が80、夫が20くらいだという。
夫は学生への指導や学会への出席だけでなく、論文執筆にも時間がかかり、仕事時間が長い。一方、妻の方は勤め先の小学校が近所にあり、授業が終わればクラブ活動などを任されることもないため、現実的な解決策として妻の方が多くを担っているのだそうだ。
ただ、妻の勤め先が遠方だった時期には、夫がもっとお迎えに行っていたというし、日本の専業主婦家庭のように夫の家事育児負担がほぼゼロだとか極端に少ないケースは、デンマークの一般家庭では滅多にない。私が見聞きする中では、だいたいのカップルは、仕事の責任の軽い方が少し多めに家事や子育ての負担を担い、割合は60:40といった感じである。
何がなんでも時間を区切る
さて、今回の取材は、個人的にもとても意味のある取材だった。というのも、私自身が、このデンマークの短い労働時間に四苦八苦していて、いつも「時間がない!」と焦っているから。デンマーク人たちはどうやって効率的に仕事を終わらせているのか、興味津々なのである。
デンマーク人である私の夫は、コツは「compartmentalize(仕事とそれ以外の時間をバシッと区切ること)」だとよく言う。私の日本的な感覚だと、仕事がプライベートよりも優先されるべきで、プライベートな時間や休暇を楽しむのは、仕事が終わった時、もしくは仕事の隙間に“許されるもの”と思ってしまっているところがある。
ところが夫にとっては、家族との時間や休暇は、仕事の状況がどうであろうと関係なく取るべきもので、2つの時間をバシッと区切っている。クリスチャンとマリーが強調したのも、まさにその点だった。
「どんなに悪いことが続いた日でも、決めた時間通りに仕事を終えて、家に帰って子どもと遊ぶ。そうしていると、不必要に問題を大げさに捉える視点が消えて、状況を大局的に見られるようになる」(クリスチャン)
「ストレスを感じていると、問題の大きさが正しく見えなくなる。でも、少し距離を置いて考えてみれば、実はそんなに大きな問題じゃなかったりする」(マリー)
ただひたすら、長時間働いてなんとかしようとしても効率的ではないと考えているからこそ、先ほど紹介した1週間の分担モデルには、どんなに忙しくても常に従っているのだそうだ。
ただ、クリスチャンも、初めからこんなふうに割り切って仕事ができていたわけではないそうだ。彼は財務省からキャリアをスタートしたが、同省はデンマークでも多忙を極める職場。大臣とのやりとりが多いポジションだったこともあり、当時は午後8時や9時まで仕事するのが普通だったという。まだ若く、家族もいなかったこともあり、そんな働き方が問題とは思っていなかった。
ただ、時間をかければたくさんのことがこなせるわけではないと分かってからは、仕事の優先順位を決め、決断を早く下せるようになってきたのだそうだ。どんなに忙しい状況であっても、決まったスケジュールの中でカタをつけると決めてしまう。その上で、価値を生む仕事かどうかを、厳しく取捨選択しながら仕事を進める。
聞いていて耳が痛いところも多いのだが、かわいい盛りの子ども2人を育てている今の私にとって、デンマーク人の働き方は、貴重なアドバイスでもある。
※この記事は2023年1月11日初出です。
井上陽子(いのうえ・ようこ):北欧デンマーク在住のジャーナリスト、コミュニケーション・アドバイザー。筑波大学国際関係学類卒、ハーバード大学ケネディ行政大学院修了。読売新聞で国土交通省、環境省などを担当したのち、ワシントン支局特派員。2015年、妊娠を機に首都コペンハーゲンに移住し、現在、デンマーク人の夫と長女、長男の4人暮らし。メディアへの執筆のほか、テレビ出演やイベントでの講演、デンマーク企業のサポートなども行なっている。Twitterは @yokoinoue2019 。noteでも発信している(@yokodk)。