中国で最も有名な白酒「茅台」と中国で1万店舗超を展開するluckin coffeeがコラボして発売した「醤香ラテ」。
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中国の新興コーヒーチェーン「luckin coffee」と高級白酒ブランド「貴州茅台(マオタイ)」がコラボした飲料「醤香ラテ」が発売初日に1億元(約20億円、1元=20円換算)を販売し、大きな注目を浴びている。
競争の激しいカフェ業界は消費者の関心を惹きつけるためブランド間のコラボを頻繁に行っているが、今回ほどのヒットは滅多になく、若者のアルコール離れが課題になっている茅台にとっても、マーケティングの成功事例になった。だがWinWinの大ヒットの再現は、さほど簡単ではないようだ。
6万円の高級酒、380円でお試しのお得感
luckin coffeeは今月4日、茅台とコラボした「醤香ラテ」を全国で一斉発売した。定価は38元(約760円)だが、クーポンを使えば19元(約380円)以下で購入できる。
茅台酒は中国で最も有名な白酒(穀物を原料とした蒸留酒)ブランドで、主力商品のアルコール度数は53度、1瓶(500ミリリットル)の流通価格は約3000元(約6万円)する高級酒だ。1972年の日中国交正常化式典の宴席で、田中角栄首相と周恩来総理(いずれも当時)が茅台で乾杯したことから日本でも認知されるようになった。宴席御用達なので訪中した際に茅台でもてなされたことのある日本人も多いだろう。ちなみに商品名「醤香ラテ」の「醤香」は白酒の分類の一つで、他に「清香」「濃香」などがある。
luckin coffeeが発売を告知すると、SNSは一日中醤香ラテの話題で埋め尽くされた。庶民には手が届かない高級酒入りのラテを数百円で試せるとあって、多くの客が発売初日に店頭に詰めかけ、午後には売り切れの店舗が続出した。北京や上海のオフィスビルのごみ箱は、商品の紙袋やカップでいっぱいになっていたという。
実際の商品は、特濃牛乳を茅台で風味付けした「フレーバーミルク」とコーヒーで作られたラテで、アルコール度数は0.5%未満に抑えられている。日本だと酒税法上の「酒」には該当しない「微アルコール飲料」のカテゴリに入る。
購入した人々の感想はさまざまだ。カフェラテを飲み慣れている人の多くは、アルコール特有の後味に「違和感」を感じるようだ。コーヒーに茅台の原酒が入っていると想像した人たちからは「フレーバー付けしただけで、アルコール度数がこんなに低いなら、茅台を使う意味がない」との声も挙がる。
いずれにせよ、「醤香ラテ」の味は大きな問題ではない、というかどんな感想もSNSネタになる。luckin coffeeによると同商品は4日だけで542万杯、1億元を売り上げ、単品商品の販売数としては過去最高だった。負荷がかかる店頭スタッフ全員に臨時ボーナスを出したという。
圧倒的なブランド力だが若者の開拓が課題の茅台
茅台はここ数年、若年層との接点を増やす活動に力を入れている。
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「若者の取り込み」を成長戦略に欠かせぬ要素として挙げていた茅台にとって最大の成果は、「初めて茅台を味う」若い消費者を一気に獲得できたことだ。
茅台は巧みなブランド戦略によって「転売市場」を作り上げ、ロレックスやエルメスのような投資対象にもなっている。2020年には時価総額が日本円でトヨタ自動車を抜いた。
一方、実需では若者の高アルコール離れが進む。かつて、中国で酒といえばビールか白酒だったが(日本では中国の酒と言えば紹興酒を思い浮かべる人が多いが、実際は白酒の方が広く飲まれている)、近年はワインや果実酒人気が高まり、特にZ世代女性の間では低アルコール飲料がトレンドになっている。
茅台はブランド力を維持しながら若年層との接点を増やすための施策を活発化させている。2022年5月には大手乳製品メーカー「蒙牛」と組んで「茅台アイスクリーム」を発売。1カップ59~66元(約1300円)の価格にもかかわらず、店舗には行列ができた。茅台によると発売1年で1000万個近くが売れ、今年はフレーバーや価格の幅を広げ、専門店やアンテナショップも増やしている。同年はECアプリ「i茅台」も開設し、茅台アイスはECで購入できるようにした。
ただ、アイスは季節商品であり、1000円を超える単価だとSNSで写真や動画をシェアするために買いはしても、リピートにはなりづらい(そのため、今年は29元〔約600円〕のやや低価格の商品も発売した)。若者の日常生活によりとけ込んでいるコーヒーの方が、消費の持続性があるのは明らかだ。醤香ラテは通常、luckin coffeeのアプリからクーポンを取得して注文するが、茅台のアプリでもクーポンを配布しており、同社のアプリの認知拡大やダウンロード数の増加にもつながる。
追われる立場になったluckin coffee
茅台とコラボした商品は発売初日に542万杯を売り上げた。
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luckin coffee側にとっても茅台とのコラボがもたらすものは非常に大きい。同社は2017年末の設立時から毀誉褒貶のあるスタートアップだ。不正会計による上場廃止で万事休すと思われたが、しぶとく生き残り今年ついに1万店舗出店を達成した。
「クーポン券をばらまき、安値でスタバから客を奪う」イメージも徐々に修正されつつある。2020年9月に発売した「特濃ミルクラテ」がヒットしたのに続き、2021年にはココナッツミルク最大手の「椰樹集団」とコラボした「生椰(ココナッツミルク)ラテ」が発売初月に1000万杯を販売する大ヒットを記録、他ブランドもメニューに追加するほどの定番商品に育った。
中国のカフェチェーンは新興が続々と登場している。中でもluckin coffeeの創業メンバーが立ち上げ、2022年10月に1号店を出したCotti Coffee(庫迪咖啡)は既に5000店舗を出店し、日本や韓国にも進出するなど、先行企業を脅かしている。Cotti Coffeeは多くの部分でluckin coffeeを模倣しており、追われる立場になったluckin coffeeは価格だけではなく商品力で勝負することが求められている。伝統的な高級ブランドである茅台とのコラボは、luckin coffeeの格を上げる役割も果たしたと言える。
客層、歴史が真逆のコラボの妙
実はコーヒーチェーンと異業種のコラボは特に珍しいことではなく、luckin coffeeはこれまでも日本の漫画作品『ジョジョの奇妙な冒険』や米ファッションブランド「ヴィクトリアズ・シークレット」など、月に1回以上のペースでコラボ商品を発売している。ただ、話題にはなっても一過性に終わることが多い。
今回の「醤香ラテ」が社会現象と言えるほど爆発的にヒットしたのは、歴史や客層、価格帯がまったく重ならないものの、同様の知名度を持つブランドが手を組み、どこにでもあるluckin coffeeの店舗で、希少性の高い茅台を味わえる組み合わせの妙によるものだろう。茅台は早くも、同商品を期間限定でなく定番の商品に育てていく意欲を表明している。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。