創業11年目のメガベンチャー・メルカリ。直近の通期決算は売上高、営業利益ともに過去最高を計上し、次の10年に向けて絶好調の滑り出しと言える。
連結従業員は2101人。国内の月間アクティブユーザーが2260万人にのぼるフリマアプリに加え、スマホ決済「メルペイ」に、2022年にはクレジットカードの「メルカード」、ビットコイン取引の「メルコイン」など、フィンテック事業にもサービスを拡大してきた。
過去最高の黒字を叩き出すなど経営も好調で、この9月には日経平均株価を構成する225銘柄に採用されている。
次の10年間で、メルカリはどこへ向かうのか。CEOの山田進太郎氏の「組織論」を前後編で伝える。
(聞き手 伊藤有、文・構成 竹下郁子、撮影 竹井俊晴)
臆病になりすぎた1年の後悔「僕は慎重派」
メルカリの山田進太郎CEO。
撮影:竹井俊晴
8月に公表したメルカリの2023年6月期(通期)の連結決算は、前期の75億6900万円の赤字から一転、純利益130億7000万円を計上した。売上高は前期比17%増の1720億6400万円だった。
世界情勢の悪化や物価高騰で経済が不安定化する中で、市民の生活防衛意識が上がり、フリマなど二次流通のニーズが高まったことは、同社にとって追い風のようにも思える。
—— 2023年は創業10年の節目の年でした。どんな1年間でしたか。
ロシアによるウクライナ侵攻があり、どれほど戦火が拡大するか分からない中で、“何があっても会社は大丈夫”だという状態にしよう、“少なくとも死なない”ようにしようとやってきました。
メルカードやメルコインをローンチして新規事業も進めてきましたが、やっぱりどこか“セーフモード”で。世界情勢や市況などを振り返ると、もっと成長できたのではないか、もっと投資のアクセルを踏むべきところがあったんじゃないかとも思います。すべて結果論ではありますが。
黒字で利益は出せたものの、ちょっと臆病すぎたなと。会社のバリューで「Go Bold(大胆にやろう)」と掲げてますが、僕自身は慎重派で、石橋を叩いて渡るタイプなんです。なのでこの7月からは「成長率」を重視して、いろんなことを仕込んでいます。
新経営体制の背景に「後継者育成」への意識
メルカリが移行する「指名委員会等設置会社」の新体制。
出典:メルカリIR
メルカリは次の10年に向けて、ミッションを「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」から「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」へと刷新した。
組織のガバナンスも強化し、社外取締役が過半数を占める指名・監査・報酬の3つの委員会を取締役会に設置する「指名委員会等設置会社」へ移行する方針だ。狙いは、監督機能と執行機能の分離を明確化すること。
新体制で社外取締役として新たに迎えるのは、パナソニックホールディングスなど複数社で社外取を務め、一般社団法人・日本取締役協会会長の冨山和彦氏(指名・報酬委員)と、楽天で常務執行役員CDO(チーフデータオフィサー)を務めた北川拓也氏(報酬委員)だ。9月28日の株主総会で賛否をつのる。
—— 新たな役員体制は、どのような議論から出てきたんでしょう。
ミッションを新しくする議論をしていた中で、「じゃあこのミッションを達成するためにはどんな経営体制がベストなのか、改めて議論しよう」という流れになりました。
これまでも上級執行役員制度にするなど、できる限り監督と執行の機能を分けるようにしてきいましたが、やはり制度的な限界はあって。
グローバルスタンダードで、それこそ僕自身がいなくなっても、ちゃんとミッションに向かって成長できる会社にすることを考えると、やはりガバナンスを強化する必要がある。「次のCEOをどうするか?」というサクセッションプラン(後継者育成計画)も含めて、考えていかなけばなりません。
そのためには指名委員会等設置会社にするべきだという結論に至りました。
新社外取はCEOの元・社外メンター
—— 冨山さんと北川さんという人選も面白いですね。それぞれどのような経緯で決まって、どんな役割を期待していますか。
僕は本を読むのが大好きでして、冨山さんの著書もいろいろ読ませていただいてるんですが、中でも『これがガバナンス経営だ!』に非常に感銘を受けて。すごく面白いし、ガバナンスの本質がつかめた感覚があったんです。それでうちが主催するイベントで僕と対談してくれませんかと申し込んだら、受けていただけて。それが2020年の夏でした。
以来、数カ月に1度、会食の機会にいろいろ教えてもらうようになりました。冨山さんはめちゃくちゃ引き出しが多く、毎回インスパイアされるんです。なので社外取をやってくれませんかとお願いして、今回数年越しにようやく受けていただけることになったという経緯です。
北川さんとは彼が楽天グループのR&Dを担う楽天技術研究所の所長だった頃からの付き合いです。うちも今は「mercari R4D」という研究開発組織を立ち上げているので、いろいろどうやってるんですかと教えてもらったりしてました。テックの話題、Web3、AI、量子コンピューターなど何でも詳しくて、やっぱり食事しながら「あの領域ってどうなんですか」とか聞かせていただくような関係で。
今回は社外取の村上憲郎さん(元Google, Inc. 副社長兼グーグル日本法人社長)が退任されることもあって、テクノロジーに強い方を探していて、ぜひ北川さんにと。
取締役会は「1分野1人」ではなく、もっと多様に
新役員体制でのスキルマトリクス。重なりを増やしていくのが目標だ。
出典:メルカリ第11回定時株主総会招集通知
—— ガバナンスとテクノロジーと。
はい。新体制では取締役10人中、社内4人、社外6人になるんですが、もっと多様な取締役会にしないといけないと考えています。AIなどのテクノロジーの進化、グローバルでの競争など、事業環境の変化がすごく激しくなっている中で、戦略を決める取締役会には、より深い知識が求められるようになっている。
そんな中で社外取締役が3人とかだと、「村上さんはテクノロジーですね」とか、そういう感じになっちゃうんです。代表性を持ってしまうというか。
そうじゃなくてやっぱり、同じ分野に強い人が何人かいて、専門分野がかぶっている取締役が複数人いるような、そういう多様な取締役会にしていきたいなと。今後も人数、多様性ともに増やしていく予定です。
ベンチャーでもビッグテックでもない強み
—— 創業10年、上場から5年。東証プライム上場企業であるメルカリは、もはや「メガベンチャー」という規模を超えているのではないかとも。決算会見での「ビッグテックとも違う、スタートアップとも違う環境がメルカリなら作れるんじゃないか」という言葉が印象的でしたが、これはどういう組織をイメージしているんでしょうか。
ビッグテックは新規事業の立ち上げが、なかなか難しいですよね。例えば暗号資産なんかはグーグルもアマゾンもやらない。面白そうなものにすぐ手を出す、既存のアセットやユーザー層、テック人材を含めて……という身軽さがないのかなと思っていて。
もちろんビッグテックが提供するサービスは素晴らしいインフラだと言えますし、何十億人にサービスを届けることにやりがいを感じる社員は多いだろうと想像します。僕も知人がたくさん働いていますし。
ただメルカリならもっとアジャイルに(素早く)、いろいろなことに挑戦できるし、そんな環境を作りたいと思っています。
5年前は「メルカリジャパン・メルカリUS・メルペイ」の3本柱を作るぞということで、それ以外のものに手を出す余裕が、組織としてなかった。
でも2022年にメルカードやメルコインという新規事業を立ち上げて、いいものを作れば、しっかり使っていただけるという実感を得ました。こうしたフィンテックとのシナジー効果で、マーケットプレイス(フリマアプリ)も伸びることが見えています。
売り上げや従業員が増える一方で、株価はそんなに上がっていないという側面もあるのですが、でもこの5年間で会社の“地力”はすごくついてきた。組織としてのケイパビリティがものすごく上がって、新しいこともできるなと。
今のメルカリの環境は、新しいことに挑戦したい人にはきっと面白いと思います。
イノベーションのジレンマ解消の鍵は、組織の体力
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—— 大企業、特に製造業などはそうですが、「売上規模が小さい事業」には手を出せなくなって、新規事業を立ち上げにくい組織になるケースは少なくありません。テック企業の場合でもそういうロックがかかってしまう背景って何なんでしょうか。
グーグルだって「Facebook」が出てきたとき、「ソーシャルネットワークは次のビッグウェーブなのか?」と探っている間に、Facebookがどんどん大きくなっていって。「Google+」(グーグルが運営していたSNS。2019年にサービス終了)などやろうとしたけど、結局間に合わなかった。
「イノベーションのジレンマ」とよく言われますが、いやぁ、本当に難しいですよ。
メルカリの場合、5年前は本業のマーケットプレイス自体が、年間40%から50%のペースで大きく成長していました。そうなるとどこに注力するかって、やっぱり本業ですよね。
「本業が強烈な勢いで伸びているのに新しいことをやってもね」「本業に人をアサインしたほうが、成功するかどうか分からない新規事業をやるよりいいよね」という経営判断になりがちですし、実際にそうでした。。
今メルカリのマーケットプレイスはGMV(流通取引総額)は年間10%の成長率です。これをさらに15%から20%に伸ばしていこうとしてるんですけど、そうやって本業が成熟して、ちゃんと成長もさせていけるという状態になった。
だからこそ「新規事業にもチャレンジして、オポチュニティ(好機)取ったほうがいよね」と考えられるようになったし、実際にそれができる体力が組織についたのが、大きな変化だと思います。
新サービスを一気に民主化できる面白さ
メルカリの年間平均給与は968万円(賞与・基準外賃金含む)(2021年7月〜2022年6月)。株式報酬も積極的に活用し、新株予約権(SO)や譲渡制限株式ユニット(RSU)を、役員だけでなく従業員にも広く付与してきた。
—— 「ベンチャー精神」とよく言われますが、従業員が数千人規模になったときに、そういう貪欲さを組織として持ち続けるのは、相当大変だろうなとも思います。そのあたりはインセンティブも含めてどう考えていますか。
スタートアップのいいところって、ゼロからできることだと思うんですけど、一方で今のメルカリは、一定の規模のユーザー基盤やシステムがあるからこそ新しく始められることがあります。
メルペイでは初期からコンビニと一緒にキャンペーンをすることができましたし、メルコインは利用者の約8割が暗号資産取引の経験が無い人です。
新しいサービスやテクノロジーをローンチして、一気に世の中の動きを変えていける。その影響力の大きさや、民主化できる面白さをスピード感を伴った形で提供できるのは、この規模の組織ならではじゃないでしょうか。
報酬などのアップサイド(編注:上振れ余地)を作るという意味でも、株式報酬などは結構アグレッシブにやってるつもりです。会社の規模としては、これからまだ5倍10倍にしたいと思っているので、アップサイドを取ってほしいなとは思っているし、果実を分け合うというコンセプトでやっています。
ただやっぱり報酬だけじゃなくて、ここ(メルカリ)で何ができて、どれくらい成長できるのかなど、そういうところが重要だろうと。
いい仕事が生まれて、オポチュニティ(好機)をきっちり追っていける環境をつくることは常に意識しています。
(後編に続く)