メルカリの山田進太郎CEO。
撮影:竹井俊晴
メルカリCEO山田進太郎氏が語る「組織論」。
後編は、スタートアップから大企業になる過程でいかに社員のモチベーションを維持するか、ダイバーシティーある組織に必要なのは「数値目標ではなく機会の平等」、海外でのフィンテック展開計画など、これまでの10年を振り返りつつ、次の10年間でメルカリは何を目指すのか聞いた。
(聞き手 伊藤有、文・構成 竹下郁子、撮影 竹井俊晴)
参考記事:メルカリCEO山田進太郎「僕は臆病すぎた」。新経営体制で意識し始めた「後継者」
やる気は会社の成長につながってこそ
撮影:竹井俊晴
メルカリといえば、卵子凍結費用補助をいち早く取り入れたり、出社かフルリモートかを社員自身が選べ、月15万円(上限)の交通費を支給するなど、手厚い福利厚生や柔軟な働き方で知られる。
そんなメルカリでは3カ月に1度、従業員サーベイを実施している。
従業員エンゲージメントが高い企業ほど、ROE(自己資本利益率)やROIC(投下資本利益率)、PBR(株価純資産倍率)が高いことが分かっており、社員にやる気を持たせることは、経営の視点、特に株主との目線合わせが重要視される昨今にあたっては大きな課題だろう。
—— 日本には「モチベーションは低くても、ともかく社員であることにしがみつく」という働き方をする人もいて、「プロ社員」というような言葉を使う人もいます。
経営側として、社員のエンゲージメントを高く保つために何を意識していますか。大きな組織になればなるほど難しいと思うのですが。
会社はミッションを達成するためにあると思っているので、そこ(ミッション)に共感してもらうのが大前提かなと。なので経営陣には「まず旗を立てよう」と言っています。
旗の下に集ってきてくれたのなら、それはモチベーションがある状態だと思いますし、その中で、プロダクトをたくさんのお客さまが使ってくれたりして成果が出て、従業員自身も成長実感を得られたら、モチベーションが高い状態はおのずと作れるんじゃないかと。
ただ一番重要なのは、会社が成長することです。従業員みんながやりたいことをやっても、組織として結果が出せずに会社が傾いてしまったら、全員が不幸になってしまう。
従業員のモチベーションやエンゲージメントも重要ですが、成果を出すことこそが大事だというのはかなり意識して伝えてます。それこそ「マネージャーの仕事は結果を出すこと」だと言い切っていますし。
新しいことに挑戦する機会を提供し続ける
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「今はここを目指しています」と会社が提示して、「“今この瞬間”、やりたい」と思って入社してもらっても、やっぱり違うことがやりたいという考えに変わったら、うちに所属し続ける必要はない。
だって、別の会社のミッションに共感したとか、こんないいアイデアを思いついたから起業するとか、すごくイイじゃないですか。
個人としてやりたいことは分かるけれど、それがもし会社が目指す方向に合っていなければ、うちにいる必要はないかもねと。結構そこは僕自身もそうですけど、組織全体として割り切ってるかなと思います。
—— 組織として従業員エンゲージメントを上げるために施策を打つというより、「この会社でこのプロジェクトにコミットしたい、期間は別にしても」と思ってもらえるような新しいことをやり続けていく、機会を提供することが、結果的にエンゲージメントの向上につながるんじゃないかと。
新規事業じゃなくても、その人にとって新しいことってたくさんありますよね。たとえば、エンジニアをやっていた人が人事をやったりとか。そうした機会を作っていくのは、意識してやっています。
なので、本人が希望していることでなくとも、このプロジェクトはきっと向いているんじゃないかと上司が判断して、アサインすることもあります。人事異動なんかもそうです。
自分の適正って、必ずしも本人だけが分かっているわけではないと思うんです。
僕もそうですけど、自分がやりたいことだけやってても面白くないじゃないですか。人に誘われて行ったら、苦手だと思っていたバーベキューもキャンプも楽しかった、みたいなことってたくさんあるので。
「日本人男性」だけで世界で勝つサービスが作れますか?
メルカリではダイバーシティにも力を入れている。採用や管理職登用の際は、候補者のジェンダーや国籍が偏らないようKPIを設け、2020年からサステナビリティレポートを発行、2021年にはCEO直轄の社内委員会「D&I Council」を設置した。
現在、全社員に占める女性は32%、女性管理職22%、女性役員25%。東京オフィスに勤務する社員の国籍は、50カ国を超える。
山田氏個人も「山田進太郎D&I財団」を立ち上げ、STEM進学を目指す女子学生を金銭面でサポートしている。
—— 組織といえば、女性や外国人の登用などのダイバーシティーをどう確保するかが、日本社会全体の大きな課題です。約半数が「女性管理職ゼロ」企業で、しかも足を引っ張っているのは大企業という調査結果も出ています。ダイバーシティーある組織にするには、どうしていけばいいんでしょうか。
例えばメルカリでは、グローバルで成功するマーケットプレイスを目指しています。でも「それって日本人男性だけでできるんですか?」という話で。
外国籍のエンジニアを採用し始めたのは、そもそも日本人だけではエンジニアの数が少なすぎるし、グローバルでやっていくんだったら日本語が話せなくたって別にいいじゃん、という感じでした。でもやっぱりそうすると、ダイバーシティも広がるし、サービスにも新しい発想がたくさん生まれて。
日本のIT企業でここまで大きくなったところはほとんどありません。この規模の組織をマネージメントする能力は、グローバル組織じゃないとなかなか持てない。グーグルなどビッグテックの出身者がベストプラクティスを持ち込んで、大規模開発はどうやるのかなど、インクルージョンしていったんです。
とはいえVP(執行役員)以上の外国人社員はまだまだ少ないし、課題はありますね。
採用候補のジェンダーにKPI、大切なのは「機会の平等」
(一方で)ジェンダーに関しては、できていないことがまだまだ本当に多くて。
エンジニアについては構造的な問題で、日本の理系やコンピュータサイエンスには女性がそもそも不足しています。なので海外から採用したり、本当に時間をかけて、私が財団でやってるように教育から影響を及ぼしていくしかないと思っています。
もちろんエンジニア以外でも課題は山積みです。アンコンシャスバイアスなど、いろいろレガシーな問題が積み重なっていて、ここを解決したら全てが解決するという特効薬はなく、それぞれの場所で努力して解決していく必要がありますよね。
やり方としては、よくある女性管理職などの数値目標は置かず、採用時の候補者のジェンダー比率など、プロセスでのKPIを設けています。「結果の平等ではなく、機会の平等を」というコンセプトです。
もちろん、進み方が遅いという社内の声もありますが、そんなに一朝一夕にできないと思っていますし、でもちゃんと進んでるよなんて強弁するつもりもなくて。
どうしたらいいんだろう、あれできないかこれできないかと、いろんな会社さんと情報交換しながら、やっています。
—— 結果ではなく、採用などのプロセスでKPIを設けているのはなぜでしょう。
数値目標を掲げるのは弊害も大きいんじゃないかと懸念しています。女性管理職を30%にすると言ったら、登用された本人も周りも「30%のための数合わせでは」という風に感じて、やりづらいこともあるんじゃないかと。
採用における「人材プール」ではかなりドライブしたKPIを設けて、最後は能力で選ぶ。そうすることで、その後もそれぞれが働きやすい、実力を発揮できる環境をつくっているつもりです。
研修は受けて終わりじゃなく、その後に議論を
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——例えばどんなKPIがありますか。
具体的な数字は言えないのですが、どんな比率がいいのか議論をしていく中で、ダイバーシティーある人材によってサービスも会社も良くなる、働きやすくなって結果も出やすくなる、というコンセンサスが社内に出来上がったり、ポジティブな変化がありました。
人の意識ってすぐに変わらないじゃないですか。
実は僕自身もそうでした。ダイバーシティー施策について、社内有志のプレゼンを受けたときもあまりピンときてなかったし、小泉さん(会長兼鹿島アントラーズ・エフ・シー社長)が「サステナビリティーレポートを出しましょう」と提案したときも、そういうトレンドなんですかね、くらいの感覚で。
そこから意識をアップデートしてきました。
「目標はこれだ」と数値を置いて、そこに向かって走るのに向いている会社もありますが、メルカリはそうじゃない。みんなで議論しながら、少しずつ変化していくほうが向いていると思います。
アンコンシャスバイアストレーニングも実施していますが、研修を受けて終わりではなく、その後で皆で議論する場を設けています。話すことで、変わっていく部分があると信じているからです。
組織のあらゆるところで議論を起こす仕組みを提供することで、個人の意識を変え、組織全体のバイアスをなくしていきたい。
メルカリは国内MAU4000万を目指す
—— 最後に事業の話を。2023年は守りに入りすぎたとのことでしたが、2024年はどうしていきますか。
景気悪化の影響もあって世の中の消費行動が変わり、リユースショップや中古品買取など業界全体が盛り上がっていて、メルカリにもいい事業環境ですよね。
日本国内と海外で状況が異なるので、まずは国内から。国内のMAU(月間アクティブユーザー)は2260万人ほどなのですが、ここはまだ伸びしろがあります。特に若い人の間では、メルカリに限らずセカンドハンド(編注:中古品)なものが、サステナビリティの観点を超えて、当たり前になってきている。この流れはさらに広がっていくと見ています。MAUは3000万、4000万を目指していきたい。
成長余地がある取り引きカテゴリーも見えていますし、越境ECはさらに伸びていくと見ているのでので、そこは着実にやっていきたいですね。
フィンテックも引き続き注力します。メルペイを始めたときは賛否両論ありましたが、メルペイがあったからこそ、フリマアプリがここまで大きくなれたと思っています。マーケットプレイスにとってシナジーが強いサービスを付け加えていくことは、これからもやっていきます。
海外でも決済事業を。シナジーで脱マイナス成長へ
出典:2023年6月期メルカリ決算説明会資料
海外ではアメリカはマイナス成長ですが(2023年6月期(通期)のUSのGMVは昨対比11%減、MAUは3%減)、今後10年20年という単位で見ると、欧米で二次流通やセカンドハンドの業界はかなり成長するという予測結果があらゆる調査で出ています。
特にヨーロッパは2022年にフランス・ベルギーでベビー・キッズ用品専用のフリマアプリを展開する「Beebs SAS」に出資したこともあって、最近いろいろな国を訪問しているのですが、サステナビリティの意識も高く、国によって商習慣もかなり違って、そこは勉強中です。
自分たちで進出するのか、現地企業を買収するのか、出資するのかなど、あらゆる選択肢を検討しながら、引き続きグローバルでも勝負していきたい。
加えて「メルカリとメルペイ」のようなビジネスモデルを、海外でも展開したいと考えています。
マーケットプレイスを伸ばすには、やはり決済、フィンテックが重要。USではBNPL(後払い決済)はサードパーティーを入れてやっているので、このあたりももっと磨き込んでいきます。