渋谷区や東急などが出資する株式会社・シブヤスタートアップス社長の渡部志保氏。
撮影:横山耕太郎
渋谷区や東急などが出資し、国内外のスタートアップの育成を目指すシブヤスタートアップスが、支援プログラムの採択企業を初公開した。
計14カ国のスタートアップから応募があったといい、国内外の11社の支援を決めた。
支援先に決まった企業はアメリカやスウェーデン、韓国などに本社を置く、アーリースタートアップ(創業から数年の初期成長段階)だ。
なぜこれらの企業を選んだのか? モルガン・スタンレー証券、グーグルカリフォルニア本社、メルカリなどで勤務経験のあるシブヤスタートアップス社長の渡部志保氏に聞いた。
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米エイジテック企業などを支援
渋谷区が支援を決めたアメリカ企業・Camino Roboticsのウェブページ。
撮影:横山耕太郎
支援企業に決まったのは、電動歩行補助や自動ブレーキがついたAIを駆使した歩行器を開発するアメリカ企業・Camino Roboticsや、高齢者の健康状態をモニタリングする壁掛けのAIデバイスを手掛けるアメリカ企業・Tellus You Careなど、エイジテック(高齢者を対象にした新しい技術)に関する2社。
加えて、K-POPアーティストとファンをつなぐプラットフォームを手掛ける韓国の企業・STAYGE Labs、AIを活用してテキスト情報から静止画・動画を生成するアプリを提供するアメリカ企業・8glabsなどだ。
渋谷から日本展開のインスピレーション
シブヤスタートアップスが支援を決めた企業LogcastのCEOレニ・アンドロニコス氏。
撮影:横山耕太郎
11企業のうちの1つ、音声プラットフォームを運営するLogcastのCEOレニ・アンドロニコス氏が2023年9月に来日し、次のように語った。
「渋谷は新しい事業のインスピレーションをもらった場所。数年前に来日したときに(育成ゲームなどで知られる)『アイドルマスター』やアイドグループのイベントに参加し、推し活の熱量に触れたことが日本展開のきっかけです」
Logcastは2020年、スウェーデン・ストックホルムで創業。歌手やプロスポーツ選手が自分の声をファンに向けて投稿できるプラットフォームで、アメリカやスウェーデンを中心とした60カ国のクリエイターがLogcastを活用しているという。
LogcastのYouTubeを編集部キャプチャ。
無料での音声コンテンツの配信だけでなく、NFTの技術を生かしてコンテンツごとに金額を決めて有料販売ができる。
「音楽のストリーミング再生が主流になったことで、アーティストが配信プラットフォームから利益を得ることが難しくなりました。
一方でLogcastであれば、例え数人であっても応援してくれるファンがいれば課金して応援してもらえます。アーティストやクリエーターの収益化に協力できるサービスになる」(レニ・アンドロニコス氏)
日本では「oshi」という名前で展開している。現在バンダイナムコやワーナーミュージック・ジャパンと提携し実証実験を進めている。VTuberや声優、アニメキャラクターなどの新たな音声AIサービスのローンチを目論んでおり、提携先の獲得を進める。
渡部氏も「VTuberの7割以上が日本にいると言われている。さらなる世界市場への急速な拡大が見込まれるVTuber市場こそ注目したい」と話す。
渋谷区が4割出資の株式会社
株式会社の形を取るシブヤスタートアップスは資本金1億7000万円のうち、渋谷区が約41%を出資。ほか、東急、東急不動産がそれぞれ約24%、GMOグループが約12%を出資し、2023年2月に設立された。
渋谷区から出資を受けているため公共性も求められており、「官民連携でしかできないスタートアップエコシステムの形成」を目指している。
支援先が多国籍であることからも分かる通り、国内企業に限定しているわけではない。外国人起業家が日本で事業を始める場合に、ビザ発行のサポートや銀行口座開設サポートに加え、日本市場にどう進出するか、いわゆるGo To Market(GTM)の支援にも関わる。支援を決めた企業と日本の大企業との引き合わせや、日本における製品・サービス展開への助言、PR支援もしたという。
「Google時代にはアジア太平洋地域全域やヨーロッパ、アフリカ、北米でGTM及びマーケティング業務を担当していました。これまでの知見も活かしながら、海外のスタートアップの日本市場参入も応援したい。
世界的なスタートアップエコシステムを構築することをゴールに、世界中からスタートアップが集まるコミュニティーを渋谷に作りたいと思っています」(渡部氏)
「渋谷への還元」は未知数
来日したレニ・アンドロニコス氏(左)と渡部氏。
撮影:横山耕太郎
ただ、今回の支援がすぐに実を結ぶかどうかは未知数だ。
支援先の企業はアーリーステージスタートアップであり、日本での事業化について「計画段階」の企業もある。そのため短期的な「渋谷への還元」が必ずしも確約できないのが現状だ。
ただ渡部氏は「世界で活躍しうる企業と早い段階で接点を持つことが大事」と強調する。
「本国で事業が軌道に乗ってから次の市場として日本を考えるのでは、長い時間がかかってしまう。最初の段階から日本を見てもらうことで、将来的には日本支店ができるかもしれない。
日本の企業にとっても、初期段階から事業を共にすることで、共同生産、共同事業の拡大、エクイティなどさまざまな面でベネフィットを作れる可能性がある」
いま、支援企業として渡部氏が特に期待をかけている分野の一つが、エイジテックの分野だ。
「日本は先進国の中でも高齢化が進んでいる、海外のエイジテック企業が注目する市場。実証実験のニーズも高い。
日本の将来を悲観する論調が多い。でも高齢化など見方によってはネガティブな面にこそ注目したい。渋谷から日本のネガティブを世界のポジティブに変えていきたいと思っています」