2021年12月8日、アメリカ下院金融サービス委員会での公聴会で証言するFTXのサム・バンクマン-フリード氏。
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アドテクのスタートアップ、Otis AIの創業者であるミゲル・ゲレーロ(Miguel Guerrero)氏は、2023年初めに自社のシリーズAの資金調達を始めたとき、これから何が起こるかをよくわかっていなかった。2021年が好景気だったこと、タームシートが1回のZoom会議で提示されること、デューデリジェンスが数週間ではなく数時間で終わることは話に聞いていた。そして、自分の場合もそうなるだろうとゲレーロ氏は楽観していた。
そのため、ニューヨークを拠点とするベンチャーキャピタル(VC)との初回ビデオ会議が終わる間際に、日々の取引データ、顧客情報、財務状況、収益予測など、事実上彼のビジネスのあらゆる側面を完全に把握できる詳細なデータを大量に提供するように求められたときには驚いた。
「そうやって秘密をさらけ出すのは少し緊張しました。でも、それが今のマーケットなんだと思います」
彼だけではない。アーリーステージのスタートアップのファウンダー6人がInsiderに語ったところによると、良いアイデアと派手なピッチデックさえあればディールをまとめることができた時代は終わったという。VCは、FTXやIRLのような耳目を集めた大失敗でひどい目に遭っていることから、数字の裏付けがある確実な投資をますます求めるようになっている。
AIを活用した資産管理スタートアップ、Rangeの共同創業者で、2022年末にシリーズA資金調達ラウンドを終了したファハド・ハッサン(Fahad Hassan)氏は「財務内容はさらに精査されるようになるだろう」と語る。ハッサン氏は過去20年にわたり、さまざまなスタートアップで数百万ドルを調達してきたほか、VCであるアクティバント・キャピタル(Activant Capital)の投資家として自らも資本を投下してきた。
ハッサン氏によれば、Rangeの直近の資金調達ラウンドでは、早い段階からユニットエコノミクス、パフォーマンス指標、財務予測などについての質問が出始めたことに衝撃を受けたという。これは2020年と2021年にテック業界を席巻した不合理な高揚感からの揺り戻しだ、と彼は見ている。当時、バリュエーションはあり得ないほどに高騰し、投資家は躍起になって人気のディールに資金を注ぎ込んでいた。
「経験ゼロのスタンフォード大学の学生たちが、アイデアとピッチデックだけで、1000万ドル(約14億5000万円、1ドル=145円換算)のバリュエーションで100万ドル(約1億4500万円)のタームシートを手渡されるのを目の当たりにしましたが、やはりあれはおかしかったんです」
ハッサン氏によれば、投資家は今、投資決定の妥当性を判断するために、具体的かつ定量化可能なものを求めるようになっているという。
アーリーステージのファウンダーの資金調達を支援するCartaのプロダクトディレクター、ケイヴァン・フィルージ(Keyvan Firouzi)氏は、ファウンダーは会社のステージやセクターに応じて異なる資料を求められることが予想される、と話す。
フィルージ氏によると、アーリーステージの企業は初期の牽引力を示す必要があるため、消費者向けブランドならトラフィック、コンバージョン、リテンションといった指標を、エンタープライズ向けソフトウェアベンダーであれば収益、リテンション、新規顧客獲得コストなどを提示することになるだろうという。
もう少し成長段階が進んだスタートアップなら、持続可能なユニットエコノミクスで、収益やユーザー数の伸びが加速していることを示さなければならない、とフィルージ氏は言う。
ディールメイキングのペースが落ち、投資家がディールを検討する時間が増えるにつれて、監視の目は厳しくなっている。パンデミックに煽られたバブル期には、ディールを逃したくないがためにデューデリジェンスを電話で済ませる投資家もいたと、ある独立系ベンチャーキャピタリストは語る。
投資家たちはその後、その会社がどうなるか、固唾をのんで見守ることになった。「以前はよくあったことだ」とその独立系キャピタリストは話す。
テック業界系投資家のジェイソン・カラカニス(Jason Calacanis)氏も、自身のポッドキャスト「This Week in Startups」で「業界としての売り込みを信じて、パフォーマンスには目を向けなかったという点で、我々は少し寛大すぎたのかもしれない」と言い、こう語っている。
「今はまったく逆の方向に進んでいます。誰もがパフォーマンスを知りたがっている。我々も顧客数や解約率を知りたいので、すぐに本題に入ります。過剰反応だと言う人もいるかもしれませんが、私は現場で勝負するしかないと思っています」
最近、リーガルテックのスタートアップ、Kaveatのシードラウンドで資金調達したドロシー・グラント(Dorothee Grant)氏は、投資家と話していると鶏が先か卵が先かというような状況にたびたび陥ると話す。
「創業してまだ9カ月しか経っていないのに、彼らは12カ月分のデータを出せと言うんです」
イベントプラットフォーム、Poshの創業者であるアバンテ・プライス(Avante Price)氏は、2022年にシードラウンドで資金調達をした際のことを語ってくれた。投資家はいきなり会社のStripeアカウントへのアクセスを求め、パフォーマンス指標、顧客行動、財務予測に関する詳細な情報も要求してきたという。さらに何度も電話でデータについて質問攻めにされた挙げ句、Poshはその会社独自のアルゴリズムに当てはまらなかったので見送ることにした、と告げられたという。
「先方の話では、生のデータを検証するモデルが社内にあるんだそうです。で、我々の最初の2年間の軌跡を、ユニコーンになった企業の軌跡と一致させたいとのことでした」
彼らは「アーリーステージのスタートアップに投資するための黄金戦略」を探しているのだ、とプライス氏は表現した。
しかし、AI企業に10年以上投資しているシードステージのVCファンド、ブルームバーグBETA(Bloomberg Beta)のパートナー、ジェームス・チャム(James Cham)氏によると、データを使って確実なアーリーステージへの賭けを見つけようとするのは「実に愚か」だという。
「最初の頃は追いかけるべき数字がそれほど多くなく、スカートの裾のように上がったり下がったりします。ですから、何でもかんでも文書にして示せというのはあまり意味がないと思います」
Rangeのハッサン氏は、投資家が慎重に資金を投じるようになってきたのはいいことかもしれないが、こうしたデータはどれも基本的に不確実な試みなのにあたかも確実であるかのような幻想を生んでいる可能性があると話す。アーリーステージの企業にベンチャー投資をするということは、定義上、これまでに試みられたことのないクレイジーなアイデアに賭けるということだからだ。
「それじゃただの下手くそなシード投資家、シリーズA投資家でしかないですよ。創業1年のテック企業のファウンダーに、5年後の予測を聞くなんて馬鹿げています」
ハッサン氏は、潜在的な投資家と話すとき、彼らが財務やデータに執着するのは危険信号と考えていると言う。
「私は、先見の明のあるVCとしか話したくありませんね」