Matthias Bein/Reuters
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
すかいらーくグループなどで導入が進む猫型配膳ロボット「BellaBot」。ビールをこぼしても「かわいいから、まあいいか」と客に思わせてしまう不思議な魅力がSNSでも話題です。この「かわいい」という要素を掛け合わせることで、これまで人間にしかこなせないと考えられてきた感情労働をロボットが代替できる可能性がある、と入山先生は指摘します。
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ロボットのとらえ方は日米で大きく違う
こんにちは、入山章栄です。
最近、飲食店でできあがった食事をテーブルまで運んでくれるロボットが登場してきています。ロボットに給仕してもらうなんて、いかにも味気ないようですが、そのロボットが「ネコ型」となると、急にほっこりした気持ちになるのが不思議ですよね。この「かわいい」の持つパワーはいったい何なのか、一緒に考えてみましょう。
BIJ編集部・野田
ガストなど、すかいらーくグループで導入されているネコ型配膳ロボット「BellaBot」は、そのかわいらしい見た目で導入直後からSNSで話題を呼んでいます。
先日は、ビールをぶちまけても「ドヤ顔」で店の中を動き回る姿が「むしろかわいい」とバズっていました。失敗したのに怒られないどころか、むしろかわいがられるなんて、うらやましすぎます。「かわいい」とビジネスの掛け合わせは、今後、重要な要素になるのでしょうか?
これは面白いポイントですね。僕はまだこのロボットを見たことがないのですが、モニターに猫の顔が出てきて、表情が変わったりするんですね。
まずそもそも、日本では「キティちゃん」や最近では「すみっコぐらし」など、「かわいい」コンテンツ的がビジネス的にもヒットしやすい。そこへ「かわいいロボット」が登場した。この配膳ロボットは中国深圳のPUDUロボティックスが開発したものです。その意味では、「かわいい」は世界的な概念になりつつあるとも言えます。
とはいえ、僕の個人的結論を言うと、この「かわいいロボット」では、その導入や開発においても、特に日本が世界をリードする可能性があると思います。
林要さんという方の書いた『温かいテクノロジー』という本があります。林さんはLAVOT(ラボット)という癒し系ロボットを開発した人なんですよ。
BIJ編集部・野田
LAVOTはかわいいですよね。以前、あるNPO法人の事務所にお邪魔したとき、LAVOTが2体ありました。ただ動き回っているだけなんですけど、すごくかわいかった。抱きしめるとあったかいんですよ。
林さんはもともとソフトバンクでペッパー(Pepper)くんの開発に携わっていた人です。でも正直に言うと、申し訳ないのですが、ペッパーくんはそれほどかわいくなかったでしょう(笑)。日本は世界に冠たるロボット大国ですけれど、ペッパーくんやホンダのASIMOは、かわいさよりも機能性を重視していたので親しみを抱くところまではいかなかった。
ところが最近は、日本を中心にLAVOTのようなかわいいロボットが出てきている。それは僕の理解では、日本人はロボットを擬人化して友達のようにとらえるリテラシーが、世界で最も高い国民だからです。
なぜそういうリテラシーが高いかといえば、もうお分かりのように、日本では『ドラえもん』をはじめ『がんばれ!!ロボコン』『鉄腕アトム』など、ロボットが活躍する子ども向けの漫画やアニメが、かつてたくさんつくられたからです。だからわれわれは幼少期からの刷り込みで、ロボットに親しみを感じるようになっている。
ちなみにアメリカにはそういう文化が弱いと僕は理解しています。映画『トランスフォーマー』のように、あくまで「ロボットは人間が支配する道具」というイメージ。だからアメリカのボストン・ダイナミクスが開発した四足歩行ロボットは、動きがちょっと気色悪いでしょう。
BIJ編集部・野田
人間が四足歩行ロボットを蹴って、それでも立ち上がれるかどうかを試す動画がありましたね。あれは日本人からすると「何するんだよ、かわいそう!」という感覚です。
われわれがあの動画を見ると、まるで生き物を奴隷扱いしているような印象を受けますよね。機械に対してこんなウェットな見方をするのは、おそらく日本人に特に強い傾向なのではないでしょうか。だからこそ、「かわいいロボットをつくる、一緒に働く」という点で、日本は先進国になれる可能性があります。
かわいいロボットは「感情労働」をこなせる
2つめのポイントは、かわいいロボットは感情労働の働き手になれるかもしれないということです。
ロイヤルホスト、てんや、リッチモンドホテルなどを経営しているロイヤルホールディングスの菊地唯夫さんという会長がいます。僕が尊敬する素晴らしい経営者ですが、その菊地さんがこんなことをおっしゃっていました。
いわく、人類の仕事はまず肉体労働から始まった。でもこれはもうあらかた機械化されたので、人類はもう肉体労働をしなくてよくなった。次に頭脳労働の時代が長く続いたけれど、こちらもAIに取って代わられつつある。
残る労働は何かというと、自分の感情をコントロールすることで価値を生み出す「感情労働」だ、というのが菊地さんの持論です。例えばいつもにこやかにしている接客業などは、感情労働の代表的な例ですね。これは人間にしかできない働き方です。
でも、かわいいロボットなら、この感情労働もある程度はできてしまうのではないでしょうか。例えば先ほどの、ビールをぶちまけたのがネコ型ロボットじゃなくて、ペッパーくんだったらどうでしょう。ペッパーくんにドヤ顔をされたら?
BIJ編集部・野田
イラッとしますね(笑)。
でもこのネコちゃんの顔だと、「かわいいから、しょうがないか」となる。これはある意味、一種の感情労働ですよね。もちろん人間の代替はできないけれど、撫でるとくすぐったそうに反応してくれたらどうでしょう。「かわいいものとふれ合いたい」という欲求を満たす、一種の感情労働を提供しているということですね。
今後はますます感情労働が重要になってくるし、ご存じのようにいまの日本は人手不足ですから、ますますロボットが導入されるでしょう。ということは、今後、ロボットの「かわいさ」の表現はものすごく重要になってくるはず。
さらには、おそらく数年も経たないうちに、ChatGPTなどの進化によって、ロボットと人間との会話もスムーズにできるようになるでしょう。そんなときはドスの効いたおっさんの声よりも、かわいい子どもやネコのような声のほうがいいに決まっています。
BIJ編集部・野田
そうですね。会話ができるようになれば、なおさら「かわいさ」は重要になる気がします。
「かわいい=未熟だけどがんばってる」
というわけで、いまのわれわれはビールをぶちまけてドヤ顔しているロボットをかわいいと感じるけれど、今後はどうなるか分かりませんよ。この「かわいい」にも意外な落とし穴があるのです。
それは、ロボットの技術が発達したら、かわいく思わなくなるかもしれない、ということです。
そもそも人間はどういうものに「かわいさ」を感じるかというと、自分よりも目下とはいわないけれど、自分より能力が低い人ががんばっていると、かわいいと思いませんか?
BIJ編集部・野田
確かに、未熟なものが一生懸命にがんばっていると、けなげさを感じます。
「まだバイトに入って3日目です」みたいな高校生が「すみません、ビールをこぼしちゃいました」と言えば「仕方ない、許そう」と思いますが、この道20年のベテランがビールをこぼしたら「なにやってんだ」と思うでしょう。
つまり、かわいさには「未熟だけどがんばってる」という側面がある。ということは、今のわれわれは、配膳ロボットはまだ不完全だと認識しているわけですね。だから「ビールをこぼしても、応援してあげたい」となる。
でも、これがあと何年かして配膳ロボットの機能が進化し、基本的には100%失敗しなくなったとしても、同じようにかわいさを感じるかどうかは疑問だと僕は思います。
BIJ編集部・常盤
なるほど。われわれ日本人は相手が人間だと、たとえ相手がバイトでも完璧なサービスやオペレーションを求めますが、ロボットはまだ不完全と思われているから、失敗するのが逆にかわいいわけですね。
「ビジネス」と「かわいい」の掛け合わせには、ほかにもいろいろな可能性がありそうです。そういう目で街を観察してみたいと思います。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。