2022年7月、ビズリーチ社長に就任した酒井哲也氏。
撮影:横山耕太郎
転職を検討している人に対して、企業が直接アプローチできるダイレクトリクルーティング。
今では当たり前になった転職の手段だが、日本でこの手法を根付かせたのがテレビCMでお馴染みのビズリーチだ。
新型コロナによって一時的に冷え込んだ転職市場だが、今や転職サービスは活況が続く。
ビズリーチを傘下に持つビジョナルが2023年9月14日に発表した2023年7月期通期決算では、売上高が前年比28%増の562億7300万円、純利益が前年比69%増の99億2800万円。ビズリーチの好調が成長を牽引している。
ビズリーチは約1年前の2022年7月、突然の社長交代を迫られた。前社長の多田洋祐氏が心不全のため、40歳という若さで逝去。当時副社長だった酒井哲也氏が新社長に就任することになったからだ。
ビズリーチの激動の1年について酒井氏に聞いた。
創業者・南氏「多田さんがいなければ今はない」
「酒井さんは酒井さんだから、多田さんと同じようにやる必要はないよと、(創業社長の)南からは言われていました」(酒井氏)
ビズリーチは2009年、モルガン・スタンレー証券出身で、楽天イーグルス創業メンバーだった南壮一郎氏が起業。2020年2月に経営体制を刷新し、産業のDXを柱とするビジョナルグループ体制に移行、南氏はビジョナル社長に、そしてビズリーチの社長に就任したのが多田氏だった。
南氏は、多田氏の死去に際し、次のような文書をnoteで発表した。
「多田さんが入社した時(2012年7月期)に売上高7億円だった会社は、10年あまりの間に、売上高436億円、営業利益80億円(2022年7月期)を見込む規模へと拡大しました。従業員も、40人から1500人を超えるまでに増えました。
この成長は、創業メンバーを中心とした経営チームから、多田さんを軸とした新経営体制へと権限移譲できたからこそです。多田さんがいなければ、今のビズリーチ、並びにVisionalグループの姿はなかったでしょう」
リクルート営業出身、2015年ビズリーチに
ビズリーチのCMでおなじみの吉谷彩子さん。2023年7月、ビズリーチの記者会見で撮影。
撮影:横山耕太郎
新社長に就任した酒井氏は、慶應義塾大学卒業後、スポーツライセンスを扱うスタートアップを経て、リクルートキャリアで営業部門長を経験。2015年にビズリーチに入社した。
副社長から社長へ、突然の就任について酒井氏は「もちろん実務面で大変なこともたくさんありました。でも、いい人ぶるわけじゃないですが、状況を理解してくれた仲間・社員に支えてもらった」と振り返る。
社長交代の時期は、ビズリーチにとって大変革の時期でもあった。
好調のダイレクトリクルーティングに加えて、採用管理や人材データベース管理の活用サービス「ハーモス」事業、就活生向けのOB/OG訪問サービス「ビズリーチ・キャンパス」なども、既存の事業の拡大を目指し、積極的な採用を進めていた。
グループ全体で2020年度に1370人だった従業員数は、2022年度では1821人に拡大。それに伴い社員の平均年齢も上がり、コロナ禍ではリモートワークも定着し劇的な変化を迎えていた(2023年4月からは週3日出社制を採用している)。
「これまでのビズリーチにはいなかったような多様な人材が増えた。その中でビズリーチとして、ここはこだわろうと思っていた部分が薄まった部分もあったとおもう」(酒井氏)
新社長に就任した酒井氏は、社員に向けて「7つのプロフェッショナリズム」を定めた。「好奇心から全てがはじまる」「何事も当事者意識」「走りながら考える」などの項目が並ぶが、7項目のうち1つ目が「向き不向きより前向きに」だった。
酒井社長が社員に示した「7つのプロフェッショナリズム」。
提供:ビズリーチ
「私自身、未だに社長が向いているとは思っていません。ただ社長の役割は、登る山の頂上は同じでも、どう登っていくのかを示すことだと思っています。
『ここだけはこだわってほしい』と思って7つにまとめましたが、こだわりを明確にして進めていくのは、南や多田の社長像とはちょっと違う部分かもしれません」
「成長率はいずれ鈍化する」
新社長のもとで、ビズリーチはどこに向かうのか?
2023年7月期通期決算によると、ビズリーチ単体の通期売上高は491億6000万円(前年比30%増)と好調を維持している。
一方で2023年7月期第3四半期の決算資料には「定常時成長率15-20%に向けて、成長率は収れんしていく」と書かれているように、これまでの急激な成長から、次の成長フェーズにも差しかかっている。
「成長率はいずれ鈍化すると考えています。これまではサービスを使ってもらうことに焦点を当てていましたが、今後の成長のためには、使い続けてもらうことが不可欠になってくる」
ビズリーチの売上高の推移。
出典:ビジョナル「2023年7月期通期決算説明資料」
転職サービスは、転職する時だけ登録して、転職が決まってしまえばもう開かないというのが一般的だ。そこでビズリーチが目指すのが「キャリアを考えるプラットフォーム」になることだという。
ビズリーチのテレビCMでは「登録したよ。今すぐ転職って訳じゃないけどね」「キャリアの健康診断みたいなもんだよね」というセリフが登場するが、転職後でも継続しての利用をターゲットに据える。
実際に1度目の転職をビズリーチで決めたユーザーが、2度目の転職でもビズリーチで転職先を決めた割合も、詳細は非公表ながら増加傾向にあるという。
「中長期で、持続的にキャリアを考える場になるため、転職後にすぐに退会せずに、転職後もビズリーチに接しているかを一つのKPIにしている」(酒井氏)
具体的にはオウンドメディアで、転職後のスキル開発や、成功体験も含めたコンテンツ提供にここ1〜2年は特に注力しているという。
リクルートも攻勢強める
ビズリーチが主戦場とするダイレクトリクルーティングだが、リクルートを含め、他の大手人材サービスの参入も進み競争は激しさを増している。
「競合環境は厳しい。ですが、長期的な視点で見るとダイレクトリクルーティングが広がることをポジティブに捉えたほうがいいと思っています」
ビズリーチが成長の可能性を感じているのが、法人利用の拡大だ。
これまでは人事部の採用担当者だけが転職希望者のデータベースにアクセスしてスカウトメールを送るのが一般的だったが、ビズリーチでは部署ごとにアカウントを作り、人事部を介さずにスカウトメールを送れる仕組みを打ち出す。
食品大手・味の素では約35部門が、ビズリーチを使い部門主導での採用を実施しているという。中途採用におけるビズリーチの利用シェアは56%だったという(2022年4月〜2023年3月の入社者での実績)。
こうした採用の背景にあるのが「新規事業に必要な人材を外部から獲得したいというニーズ」の増加だ。
「既存の技術を横展開して新規事業を始めようとする企業が多く、専門的な知識・アイデアを持つ人材の採用を進める例が増えています。
専門性がある人物を評価するには、人事部ではなくその部署でなければわからない事も多い。特に大企業には、まだまだ伸びしろがあるとみている」(酒井氏)
ビズリーチのプラットフォーム利用料は、スタンダードタイプで1社、6カ月で85万円。また転職が決まった際に理論年収の15%を成功報酬として得られるため、ビズリーチにとってもマッチングの質を高めることが利益に直結しているとも言える。
生成AIの利用、カギは「人の力」
AIによって生成された職務経歴書。
撮影:横山耕太郎
もう一つ、ビズリーチが成長のエンジンとして期待するのが「データとAI」の活用だ。
ビズリーチは2023年7月、AIを使って職務経歴書を作成できるサービス「GPTモデルのレジュメ自動作成機能」をローンチした。
このサービスを使えば、職種、ポジション、ミッション、業務領域の4項目について入力するだけですぐに職務経歴書が作成できる。
ビズリーチが東京大学・小島武仁教授と実施した検証では、AIを使って作成した職務経歴書を使った場合には、企業からのスカウトの受信率が40%上昇したと発表している。
「AIの時代だからこそ、営業の力も問われる」
酒井氏はもともとリクルート出身。リクルート時代、部下の結婚式に参加した時に、ビズリーチの創業者・南氏と話したことがビズリーチへの転職のきっかけとなった。
撮影:横山耕太郎
ただAIの時代だからこそ「営業の力も問われる」と、酒井氏は指摘する。
マッチングの精度を上げるためには、その求人に求められるスキルを的確に定義し求人票を作る必要があるが、人の力に頼る部分が大きい。
「テクノロジーはエンジニアの世界の話と思いがちだが、活用するのは営業も一緒。蓄積されたデータとテクノロジーを組み合わせ、会社が一丸となって求人を創出していけるかどうかが重要だ」
政府もリスキリングやジョブ型賃金の導入により、成長産業への労働移動を進める政策を打ち出すが、酒井氏は「結果的に働く側と仕事がマッチングしないと意味はない」と語る。
「スキルが広がったからこんな仕事ができる、給与が上がる、企業が成長する、そして日本のGDPも増える。ここまでいかないと意味がありません。その意味では、私達が日本の成長を担っている。
大げさかもしれませんが、そのくらいの気概をもってやらないと面白くないと思っています」