中国ではHuaweiの新機種とiPhone 15が前後して発売された。アップルの販売への影響は避けられないとの見方が強い。
Jonathan Raa/Reuters
この原稿の執筆にとりかかった17日土曜日の朝、通信機器大手のファーウェイ社員から連絡が入った。同社は9月20日から業界関係者やアナリストに取り組みを紹介する年次イベント「Huawei Connect」を開催するが、直前になって、海外のメディア関係者には非公開とすることが決まったという。
あまりにも唐突な方針転換の理由は明かされなかったが、最近発売されたスマートフォン新機種「Huawei Mate 60」 が関係しているのは想像に難くない。9月は例年、iPhoneの新機種発表で大いに盛り上がるが、iPhoneにぶつけるように発売されたMate 60シリーズが高速通信規格「5G」相当の通信に対応していることが判明し、アメリカでは動揺が走っている。
サイレント発売でアメリカ動揺
ファーウェイは8月29日、Mate 60シリーズの上位版「Pro」の販売を中国の一部店舗やネットで始め、30日にはMate 60の通常版の限定販売も開始した。9月8日には最上位版「Pro+」と折り畳み型「Mate X5」も予約販売を始めた。世界初の衛星通話機能を謳った「Mate 60 Pro」は6999元(約14万円、1元=20円換算)と高額だが、初回出荷分は即完売した。
Mate 60の販売にはいくつかのサプライズがある。発表会はおろか事前予告が一切なかったサイレント発売だったのが一つ。もう一つは同シリーズが5Gに相当する通信に対応しているとみられる点だ。
「みられる」としか表現できないのは、ファーウェイが製品に搭載された半導体や通信規格について説明していないからだ。ただしブルームバーグなどの報道によると、カナダの調査会社・テックインサイツはProを解析した結果、ファーウェイが自社開発し、中国の製造受託会社、中芯国際集成電路製造(SMIC)が製造した5G相当の通信に対応する7ナノメートルの半導体チップが搭載されていると結論づけた。
このニュースにアメリカは動揺している。トランプ政権(当時)は2019年にファーウェイへの半導体の輸出を厳格に規制した。同社は5Gに対応する高性能スマホの量産が困難になり、大きな打撃を受けた。SMICもファーウェイと同様にアメリカの禁輸リストに入っている。
ファーウェイはスマホ生産から撤退せず、定期的に新機種を発表しているものの、グーグルのOSや5Gチップの搭載を封じられ、スマートフォン市場でのシェアは2019年までの世界2位から、2022年は5位以下に後退している。
ファーウェイが自力で5Gに対応するチップを調達できるようになったのであれば、現在の規制の実効性は大きくそがれる。
年次イベント、直前で海外メディア排除
Mate 60シリーズの発売以降、ファーウェイの店舗は客でにぎわっている。9月4日、上海市で撮影。
Reuter
ファーウェイは14日、25日午後2時半(現地時間)に新商品の発表会を開催すると公表した。発表会ではMate 60シリーズの詳細が正式発表されると見られている。
5G相当の通信に対応するMate 60の発売がアメリカを刺激するのは覚悟の上だろうが、衝突をできるだけ先延ばししたいというファーウェイの思いは、随所に表れている。
ファーウェイはコロナ禍前、世界からメディアを招きパリやロンドンで派手にスマホの発表会を行っていた。アメリカの規制後はAndroidのOSが搭載できなくなり、海外での販売も阻害されているが、中国では大々的にマーケティング活動を実施していた。今回のように発売予告を一切しないのは異例中の異例だ。
創業者・任正非CEOの長女で輪番会長の孟晩舟氏ら幹部が一堂に会する20~22日の年次イベントも、直前になって海外メディアの参加を拒否した。Mate 60発表後にアメリカ政府が調査を開始し、米連邦議会ではファーウェイとSMICへの技術の輸出を全面的に禁じるべきだとの強硬論が高まっていることを受けた措置としか思えない。
孟氏が2018年12月にカナダで拘束され、翌2019年にアメリカ政府に規制を発動されて以降、ファーウェイはそれまでメディアの前に出ることがなかった任CEOが取材に対応するなど、透明性の高いグローバル企業であることをアピールしてきた。それが一転、海外メディアをシャットアウトすることは、長期的にはファーウェイに利をもたらすとも思えないが、アメリカの動きにそれだけ神経をとがらせているのだろう。
iPhoneの「快適な時間」終わるか
Mate 60シリーズがファーウェイのスマホ事業にどの程度「復権」の機会をもたらすかも注目されている。ファーウェイが近く自前で5Gチップを調達できるかもしれないという噂は、今年年夏ごろから流れていた。スマホ業界に詳しいアナリストも、ファーウェイの出荷台数の予測を上方修正していた。
ファーウェイが沈黙を守っている中、同社がスマホ向けチップの大量生産にこぎつけたかは明らかでなく、現在は「初期の少量生産」段階だとの分析もあるが、ファーウェイの戦線復帰に中国はお祭り騒ぎになっている。
2022年秋に発売されたMate 50シリーズの累計出荷台数は1000万台弱だったが、天風国際証券のアナリスト郭明錤(ミンチー・クオ)氏は、Mate 60 Proの出荷台数は年内に550万〜600万台に達し、1年後の累計出荷台数は1200万台を超えると予測する。
クオ氏は、「Mate 60 Proの需要と市場に対する影響力は大きく、非商業的リスクを考慮しなければ、ファーウェイの2023年のスマホ出荷台数は前年比65%増の3800万台、2024年は少なくとも6000万台に拡大する可能性がある」との見通しを示した。Mate 60シリーズの販売の強さが伝えられるにつれ、中国の半導体関連企業の株価も急騰している。
Mate 60シリーズがiPhoneの販売に与える影響も気になるところだ。
米ウォール・ストリート・ジャーナルの報道によると、米投資銀行アナリストのマーティン・ヤン(Martin Yang)氏は、Mate 60シリーズの登場によって、アップルのiPhone出荷台数は2024年に1000万台減少する可能性があると分析した。
12日(米東部時間)に発表されたiPhone 15シリーズは中国でも15日に予約受付が始まり、アリババのECサイト「Tmall(天猫)」ではiPhone 15 ProとiPhone 15 Pro Maxの初回分が1分で品切れになった。「驚きがない」「熱狂とは程遠い」との評価が多かったiPhone 15だが、固定ファンは健在で大コケは考えにくい。
だが、中国のSNS上の話題性ではMate 60がiPhone 15を上回っており、25日の新製品発表会後にファーウェイのマーケティングが本格化すれば、「愛国」買いの追い風も受けて勢いが増すかもしれない。
郭明錤氏はX(旧Twitter)で「ファーウェイの復帰は消費者にとっては良いことだ。アップルは快適な場所から出て、より積極的にイノベーションを発揮するよう迫られることになる」と投稿した。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。