イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。読者の方にこちらの応募フォームからお寄せいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう。
アメリカテック企業の厳しい環境の中で働き、3年前にシンガポールに転籍して、APAC(アジア太平洋)をまとめるセールスオペレーションのマネージャー職に就くことができました。
ですが、他に実現したいことがなくなってしまい、時差のための夜の会議や月一の出張、アジア15カ国をまとめる大変さに、辛さを感じることが増えてしまいました。
シンガポール自体はとても快適で日本に帰りたくはないのですが、子どもが2人おり、外国人は公立に通うことがかなり難しいため(実際挑戦したが落ちてしまいました)、年間500万円ほどの学費がかかるインターナショナルスクールに通わせています。さらには、家賃は東京の倍ほどします。
現地での転職も考えてみましたが、一カ国を対象するにするような仕事では、収入が生活にかかる固定費の半分にも満たず、結局アメリカテック企業でAPAC全体を見る仕事が必要となってしまい、今とあまり変わらないのではと考えております。
シンガポールで働き続けることは諦めて日本で仕事をするか、残って今のような仕事を続けるか、またはオーストラリアなどに移住するか(子どもが公立に行けるため、給与水準を下げられ、仕事の選択肢が増えるかもしれない)、などの選択肢を考えておりますが、代替案があるのかどうか含めて相談させていただきたいです。
(ヤマウチ、30代後半、女性、会社員)
すでに赤信号に近い黄色信号
シマオ:ヤマウチさん、お便りありがとうございます! 相談文から、かなり高度に専門的なお仕事をされていることが伝わってきます。
ちなみにセールスオペレーションという仕事は、営業部において継続的に売り上げを伸ばしていく戦略を練ったり、効率化のためのツール導入やマーケットの予測をしたりする部署のようですね。
佐藤さん:この方のこれまでのキャリアを考えると、日本に戻るべきではないと思います。
シマオ:どうしてでしょうか?
佐藤さん:外資系の実力主義的な環境で仕事をしてきて、合理的な人事評価システムと高収入に慣れているはずだからです。
そんなエリート層の人からしたら、日本的な人事風習や人間関係の煩雑さ、そして給与の低さには、相当なフラストレーションが溜まるのではないかと思います。
シマオ:なるほど。ご本人もシンガポールでの生活自体は快適で、日本に戻りたくないとおっしゃっていますね。
佐藤さん:お子さんがおいくつかは分かりませんが、ヤマウチさんが30代後半ということから考えると、小学生か、大きくても中学生くらいでしょう。
日本の場合は、これから中学受験や高校受験となると、子どもの教育にかなり時間を取られることになります。現在のような仕事との両立は難しくなるかもしれません。
シマオ:そうなると選択肢としてはシンガポールで転職するか、それともヤマウチさんの言うようにオーストラリアのような別の国に移住して、まったく新しい環境で仕事をするか、ということになりますね。
でも、ヤマウチさんのようなお仕事がそうそうあるものなのでしょうか? 15カ国を対象にしたセールスオペレーションというのもすごく特殊な感じがしますが……。
佐藤さん:いえいえ、いまや普通にある仕事だと思いますよ。日本の企業でもシンガポールに進出しているところでは、それくらいのオペレーションをしています。
シマオ:そうなんですね! 知らなかったです。
佐藤さん:ただ、ご本人も言うように、シンガポール内で転職しても、結局物価水準や教育費を考えると生活水準を維持するにはAPAC担当のようなハードな職種にならざるをえないはずです。それでは転職の意味がない。
そもそも、ヤマウチさん自身が現在の仕事に辛さを感じているというのが問題です。辛いと感じているということは、かなり赤信号に近い黄色信号が出ていると考えた方がいいでしょう。
シマオ:いわゆる「バーンアウト」のようなものになってしまう危険性があるということでしょうか?
佐藤さん:そうなる可能性も排除できないと思います。最悪、うつ病のような精神的疾患になる可能性もある。そうなると、今度は転職が一気に難しくなります。
そうならないうちに転職するならする、あるいはどこか別の国で仕事を見つけるなら見つける。早めに決断しなければなりません。
シマオ:ヤマウチさんとしては仕事の選択肢を増やすことには抵抗はないようですね。
佐藤さん:テック企業にこだわらず、さらにAPACの複数の国の企業を相手にする仕事でなくてもいいということなら、経済が右肩上がりの国の優良企業に就職することを狙うということも考えられます。例えばインドネシアとかベトナムなど。
シマオ:これからまさに伸びてくる国ですね!
佐藤さん:ベトナムは知的集約産業が有望ですし、インドネシアなら資源があり、人口が多いですから、これから経済が一気に成長する。そういう国の勢いに乗っかって仕事をするというのは一つの選択肢でしょう。
ただ、こうした国では家族が犠牲になる部分があります。教育水準は現在に比べれば、どうしても劣ってしまいますからね。
オーストラリア移住が最適解
イラスト:iziz
佐藤さん:なので、私の結論を言うならばオーストラリアに移住して仕事をするのが一番いいと思います。
シマオ:オーストラリアへの移住には、どんな良さがあるのでしょうか?
佐藤さん:まず、オーストラリアならばシンガポールほどではないにしても、それなりに高収入の仕事に就くことが可能だと思います。ヤマウチさんほどの経験があれば、さまざまな選択肢があるでしょう。
その上、『Expatistan』という物価の比較サイトによると、シドニーの生活費はシンガポールに比べて3割ほど下がります。東京での生活費と比べても、3割増し程度です。
シマオ:つまり、生活費は東京<シドニー<シンガポール、という感じなんですね。
佐藤さん:その通りです。シンガポールと同じくらいかかるのは食費と衣類だけで、その他は軒並み下がる。教育費については州や学校によってまちまちなので一概には言えないのですが、シドニー日本人会のホームページによると、ある州の公立校では年間50〜60万円程度とのことです。
シマオ:シンガポールのインターナショナル・スクールの年間学費が500万円ということでしたから、それに比べればかなり下がりますね!
佐藤さん:しかも英語ベースでの教育が受けられて、教育水準もかなり高い。OECDの教育総合ランキング(41カ国)によると、オーストラリアはフィンランドに次いで世界第2位。ちなみに日本は14位です。
シマオ:それはお子さんのためにもいいですね!
佐藤さん:それでいて、国の雰囲気として全体的にのんびりしている。そんなにガチガチの競争社会ではありません。
アメリカは環太平洋政策として日本、韓国、台湾、シンガポールを共通の経済圏として見ています。それに対応する企業の側にも、当然、アメリカ流の新自由主義的な流れが広がっていく。
でも、オーストラリアはアメリカの枠組みからは少し外れているんです。新自由主義の洗礼をそれほど被っていませんから、全体的にもっとのんびりしていて、ギスギスした感じがあまりありません。
シマオ:ちょっと疲れを感じているヤマウチさんのような人にとっては、いい環境かもしれませんね!
佐藤さん:そういう意味では隣のニュージーランドもおすすめです。物価はもっと安いし、教育費もオーストラリアほどはかかりません。教育水準はオーストラリアほどではないにしても、先ほどのOECDのランキングでは21位と、アメリカに続いています。
一昔前なら香港もよかったでしょう。ただ、いまは北京政府の力が強くなっているので、かつてに比べて自由度がなく、カントリーリスクも高まっているので、移住するにはちょっと難しいのです。
価値観が多様な国を選ぼう
佐藤さん:この相談からは離れてしまいますが、外資系企業のエリート職として働いている人には、シングルマザーもたくさんいます。そういう人にとっても、オーストラリアやニュージーランドは住みやすい国です。
シマオ:そうなんですね。でも、どうしてシングルマザーという話が出てきたんですか?
佐藤さん:オーストラリアやニュージーランドはそれこそ価値観の多様性を尊重する文化が根付いているので、シングルだけでなく同性婚カップルなども普通にいるからです。そういった生き方への偏見が少ないのも特徴です。
シマオ:その点、閉鎖的な社会もあるわけですね?
佐藤さん:とくに儒教文化圏はそのような偏見が強い傾向があります。韓国、日本、台湾などの東アジアと呼ばれる地域ですね。ずいぶん自由になったとはいえ、まだまだ独身者や同性愛者などに対する偏見は強いでしょう。
シマオ:確かにそうですね……。僕は30代半ばで独身なので、飲み会や親と会う時には結婚プレッシャーをひしひしと感じます。
佐藤さん:ヤマウチさんのように自立している人は、本来の自分として生きやすい社会を選択したほうが、幸せに生きられる可能性が高くなると思いますよ。
シマオ:その点でも、やはりオーストラリアが狙い目ということですね。
ヤマウチさんいかがでしたでしょうか? 働きやすさや収入、教育費や教育水準など、考えるポイントはいくつもあるようですが、一番よい選択ができることを願っております!
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。それではまた!