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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
世界興行収入が14億ドル(約2000億円)を突破し、2023年最大のヒット映画となりそうな『バービー』。この映画はバービー人形の製造元であるマテル社が全面協力しており、その意味では、コンテンツに自社の商品を登場させる「プロダクト・プレイスメント(PP)広告」という見方ができます。近年注目を集めるこの手法、活用事例が増えているのはなぜでしょうか?
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コンテンツそのものに自社の商品を登場させる手法
こんにちは、入山章栄です。
映画『バービー』が世界的なヒットを記録中です。実はこの映画では「プロダクト・プレイスメント(PP)広告」という、ちょっと変わった広告が使われているのだとか。一体どういうことでしょうか。
BIJ編集部・常盤
入山先生、映画『バービー』はご覧になりましたか?
いえ、まだですよ。この連載の第167回で取り上げた『君たちはどう生きるか』ですら、まだ観ていないんですから(笑)。
BIJ編集部・荒幡
『バービー』、私は観ました。面白かったですよ。宣伝材料を見る限り「バービー人形の世界観が実写化されたのね」としか思いませんが、フタを開けてみると、意外にもフェミニズムなど社会的なメッセージ性の強い映画でした。
BIJ編集部・常盤
私も最初はバービー人形を製造しているマテル社が宣伝のためにつくった映画なのかと思っていましたが、そうではないと聞いて、俄然、観にいきたくなりました。
一方で『バービー』は、マテル社が映画の製作会社と組み、自社の商品を映画やドラマなどのソフトコンテンツに登場させる「プロダクト・プレイスメント(PP)広告」という手法を使った作品だという見方もできます。このPP広告は今後、主流になるのでしょうか?
「プロダクト・プレイスメント(PP)広告」というのは、ドラマや映画の中に企業が宣伝したい商品を登場させる手法ですね。例えば、かつてテレビアニメ『サザエさん』では、磯野家の台所には必ず東芝の冷蔵庫が置いてあった。東芝がスポンサーだったからです。このように、コンテンツの中にさりげなく商品が出てくるので、視聴者はいつの間にか商品の情報を何度も目にすることになる。
この手法は昔からありますが、確かに最近、目立って増えているかもしれませんね。僕は『VIVANT』というTBSのドラマに死ぬほどハマっていたんですが、あれもスポンサーであるSUBARU(スバル)自動車のクルマがロゴを強調して出てきますからね。
バービーの場合は、それがさらにわかりやすく、映画の主人公がある意味企業の商品そのものを体現しているわけですね。
さて、僕の考えでは、PP広告が増えている理由は3つあります。解説しましょう。
第一に、いま、みんなが「普通の広告を見たがらなくなっている」ということ。普通の広告って、「コンテンツの直前」にありますよね。例えば僕はYouTubeのプレミアム会員ですが、それは動画を見るたびに、その直前に再生される広告がうっとうしいから。こっちは早くコンテンツを見たいのに、まずは広告を見ないといけないのでイライラするわけです。
お金を出してプレミアム会員になると、この広告がなくなるわけですね。逆に言えば、コンテンツ前の広告は見るとイライラするので、むしろ視聴者へのイメージは悪くなってしまうかもしれない。広告を出稿する企業側にとってもこれでは本末転倒ですよね。
テレビも状況は同じですよね。最近はYoutubeやNetflixに慣れてしまったので、テレビCMをとにかく飛ばしたい人が多い印象です。
逆に言えば、PP広告は「コンテンツの中」に入っているものなので、このイライラがないわけです。そう考えると、企業は通常の広告よりもPP広告を使いたがりますよね。
第二の理由は、そもそも、いま「どのメディアも広告をとるのが難しくなっている」ことです。昔はメディアといえばテレビ、ラジオ、雑誌くらいしかなかったので、広告はそこに集中しており、メディアは広告がとりやすかった。しかし、今はインターネットなどが台頭してきたことで、企業が広告を出稿する先がものすごく増えた。広告予算は限りがあるので、「もうおたくには広告を出しません」とクライアントに言われるメディアも多い。そうなると従来型のメディアは広告の単価も下げざるを得ない。
しかし今回取り上げているPP広告であれば、従来の広告とは違う効果が見込めるので、広告の単価を維持したり、むしろ上げたりすることができるのではないでしょうか。
例えば、最近のテレビで特に増えているのが、俗に「企業案件」と呼ばれる番組です。これもPP広告の一種と言えます。例えば『ジョブチューン』などのバラエティ番組では、「デニーズのメニューTOP10」とか、「芸人のだれそれが餃子の王将のメニューを全部食べまくる」というような内容がよくありますよね。1時間まるまる1つの企業について取り上げて、それを全国区で流すわけですから、CMを打つ以上に宣伝効果があるのは間違いないでしょう。
第三に、PP広告では、企業が単純な商品の紹介だけでなく、会社の大きな方針とか、思想などの、メッセージ性の高い広告を出せるということではないでしょうか。例えば先ほどのジョブチューンでは、その番組に企業の従業員が出ることで、いかに真摯にメニュー開発に取り組んでいるか、などのメッセージや企業の思想、従業員の思いなどをアピールできるわけです。それが、映画ならよりメッセージ性をもってできる、ということなのではないでしょうか。
たとえば先の『バービー』は、昔のような単純にかわいいバービーではなくて、フェミニズムや人権問題をストーリーの中核に据えている、ということでしたよね。おそらくこれはマテル社の思想であり戦略なわけです。これだけ多様性が叫ばれる世界の中で、単純に「金髪で青い目のかわいい女の子」というバービーは時代にそぐわなくなってきている。
きっと以前はマテル社もいろいろと悩んだのではないでしょうか。その中で、近年は時代に合わせた「フェミニズムや人権を我が社もしっかりと考えていますよ、その文脈の中でバービーを展開していきます」という思想やストーリーを伝えたいと考えるようになってきた。すると単にCMを流すよりも、映画という物語の中で、実際にバービーをそこで活躍させる方が、絶対に効果的ですよね。
BIJ編集部・常盤
なるほど。確かに15秒のスポットCMよりも、PP広告のほうが、明らかに企業もストーリーをじっくり語れますよね。それを可能にする器として、PP広告が注目されているという面もあるのでしょうね。
はい。やはり人はストーリーにこそ共感しますからね。実際、いまはご存じのように多くの大手企業が、顧客とのエンゲージメント(信頼関係づくり)で悩んでいます。テレビは幅広い人に届ける力は大きい。しかし15秒のスポットCMでは製品のよさは伝えられても、「会社が何を目指しているか」とか「社員がどういう思いで働いているのか」までは伝えられませんから。
企業の姿勢を伝えるのにPP広告はぴったり
BIJ編集部・常盤
私は小さいころバービー人形で遊ばなかったので、バービーには何の思い入れもなかったんです。でも、この映画の主題の一つが「バービー人形は女の子をエンパワーしたのか、それともフェミニズムを退行させたのか」という問いにあると知って、自社製品を使ってこうした問題提起を許容するマテル社が好きになりました。
私のような人が世界中にいると考えると、普通の広告に何億円もかけるより、よほど効果があるのではないかと思います。
BIJ編集部・荒幡
ちなみに、『バービー』にはビルケンシュトックというサンダルも出てきます。バービーの生きる道として「ハイヒールか、ビルケンシュトックか」という選択をするシーンがあるんです。
面白いですね。いまの企業、特にBtoCの企業は、思想性というか、「われわれはこういう考えを持っている」ということを明らかにしたうえで積極的に発信していかないと、消費者にファンになってもらえません。その点、映画にはストーリーがあるので、いささか複雑なメッセージでも届けられる。
抑圧された女性の象徴であるハイヒールに対して、ビルケンシュトックは自由と快適さの象徴である、というようなイメージを商品に付加できるわけです。こう考えると、これからの時代、PP広告にはまだまだ可能性がありそうですね。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。