マイクロソフト(Microsoft)の最高製品責任者(CPO)を退任したパノス・パネイ氏。
REUTERS/Lucas Jackson
マイクロソフト(Microsoft)在籍20年、ノート/タブレットPC「Surface(サーフェス)」シリーズの生みの親の一人として知られるパノス・パネイ最高製品責任者(CPO)が退社し、アマゾン(Amazon)に移籍する模様だ。
内情に詳しい関係者にInsiderが取材したところ、マイクロソフトはパネイ氏の統括する部門の予算と人員を削減、進行中の製品開発計画の一部を中止するなどの措置を断行。再編成に関する検討が行われている最中に、同氏の退社が決まったという。
パネイ氏は9月21日にニューヨークで開催されるイベントでSurfaceシリーズの新製品を自ら発表する予定だったが、そのわずか数日前に突然の退社が判明した形だ。
マイクロソフト社内でパネイ氏の退社が発表された直後、ブルームバーグ(9月19日付)は同氏がアマゾン(Amazon)に移籍するとの記事を公開した。8月に年内リタイアの意向を表明したシニアバイスプレジデント(デバイス&サービス担当)のデイビッド・リンプ氏からその職責を引き継ぐという。
他のメディアもブルームバーグ報道を後追いした記事を発表しているが、マイクロソフト、アマゾン、パネイ氏本人、いずれもコメントを発表していない。
今回の退社発表は(少なくとも外部からは)あまりに突然の出来事のように感じられたが、パネイ氏と業務上深い関係にある関係者によれば、実情は異なる模様だ。
同関係者は匿名を条件にInsiderの取材に応じ、パネイ氏が自ら統括する部門の変化に不満を抱き、アマゾンへの移籍を真剣に考えているとの「噂(うわさ)が以前から社内で語られていた」と証言した。
パネイ氏は約20年という長期にわたるマイクロソフト在籍期間の多くを、Surfaceハードウェアの開発部門責任者として過ごした。
2008年にSurfaceハードウェア担当のゼネラルマネージャーに就任、13年に同担当のコーポレートバイスプレジデントに昇格。18年には最高製品責任者(CPO)を兼務し、20年にコーポレートバイスプレジデントとしての担当が「Windows+デバイス」部門に変わった。
翌21年にエグゼクティブバイスプレジデントに昇格、マイクロソフト最高幹部の仲間入りを果たした。ただし、Insiderが独自ルートで確認した最近の社内組織図によれば、パネイ氏の直属の上司はサティア・ナデラ最高経営責任者(CEO)ではなく、同じエグゼクティブバイスプレジデントのラジェシュ・ジャーとなっている。
内情に詳しい複数の関係者の証言によれば、パネイ氏の統括する部門が手がけるWindowsライセンス事業やハードウェア事業は財務計画を下回るパフォーマンスが続いており、マイクロソフトはそうした事態への対応策として同部門の大幅縮小に踏み切った模様だ。
そうした対応策の柱の一つが、パネイ氏の経歴に華を添えるSurface事業の整理・効率化で、次世代Surfaceヘッドフォンの開発中止など思い切った措置が行われた。
一時的に収益をもたらした実験的デバイスに目を奪われることなく、マイクロソフトらしい王道のヒット製品に注力する狙いがある、と同関係者は説明してくれた。
パネイ氏は逆に、同部門を増員して自らの権限を拡大する方向での再編成を提案していたが、それは受け入れられなかったようだ。
こうした変革の煽(あお)りを食っているのはパネイ氏の部門だけではない。
マイクロソフトは近ごろ、人工知能(AI)分野での成功を最優先するスタンスを鮮明にし、その影響で他の(AIとの関わりの薄い)部門を統括する多くの経営幹部たちが矢面に立って、大幅な人員削減を陣頭指揮する役回りを担わされている。
パノス・パネイ氏の人物像
パネイ氏は「注文の多い」リーダーとして知られ、あらゆる製品に「ホワイト・グローブ・サービス」、すなわち特別な配慮と最新の注意を払ったプレミアムな体験を実現するよう要求したと、ある関係者は語る。
また、彼に近いポジションで働いた経験を持つ関係者はこう証言する。
「端から端まで美学が貫かれた、高い水準の(製品)体験を求められるので、本当に対応するのが大変でした」
別の関係者はより率直にこう表現する。
「彼には自分本位で扱いにくい面がありました」
そうした厳しい要求に辟易する従業員がいた一方で、基本的には人気のあるリーダーだったようだ。パネイ氏は10年以上にわたって彼に仕える直属のチームを抱えていた(一般的に、長く仕える部下を持つことは優れたマネジメント能力の証左とされるが、同社は競合他社に比べて従業員の勤続年数が長いので、こうしたケースは少なくない)。
パネイ氏のアマゾン移籍は確かに衝撃的な事件ではあるものの、彼が持てる全ての情熱をコンシューマー製品に注いできたことを知る人々にとっては、特段の驚きはないだろうとある関係者は語る。
移籍先のアマゾンは、電子書籍リーダー「キンドル(Kindle)」や音声アシスタント「アレクサ(Alexa)」並びにAlexa搭載スマートホームデバイス、スマートホームセキュリティカメラ「ブリンク(Blink)」など、数々のコンシューマー向けデバイスを世に送り出し、ユーザーから一定の支持を受けてきた。
パネイ氏にとって、またとない活躍の舞台が用意されたと言っても過言ではない。
ただし、アマゾンのデバイス部門は近年苦戦を強いられており、パネイ氏がそこでどのような役割を果たすのか、果たせるのか、現時点ではまだ不透明だ。ある関係者は「マイクロソフト時代のような厚遇を受けることはないのでは」と指摘する。
Insiderは過去記事で、アマゾンが2022年末にアレクサ部門およびデバイス部門で2000人弱の従業員を解雇したことを報じている。
その後、アンディ・ジャシーCEOは2023会計年度第1四半期(1〜3月)の決算説明会で、不振が続くアレクサのアップグレードが進行中であることを公にした。
「アマゾンは世界中で1億台以上のアレクサ搭載デバイスを販売してきました。新たな大規模言語モデルの開発は『世界最高のパーソナルアシスタントになる』という当社のビジョンの実現を急速に加速させるでしょう。そして、当社は画期的なビジネスモデルを構築することになると思います」(ジャシーCEO)
実際、9月20日に開催された新製品ハードウェアの発表会では、生成AIを活用したアレクサの新機能が披露されている(近日中にアメリカではプレビュー版を無料公開)。
アマゾンのアレクサおよびデバイス部門は今まさに反撃を開始する転換点を迎えており、パネイ氏の加入がどんな効果をもたらすか注目される。
なお、パネイ氏の移籍後はその前任者となるシニアバイスプレジデントのデイビッド・リンプ氏は、アマゾンの最終決定機関もしくはCEOの社内諮問機関と位置づけられる「Sチーム」のメンバーだが、パネイ氏がその限られたポジションまで引き継ぐかどうかは不明だ。