ディズニーのボブ・アイガーCEO(左)とアップルのティム・クックCEO。
Drew Angerer/Getty Images
ボブ・アイガー(Bob Iger)氏がディズニー(Disney)のCEOに返り咲いてから1年が経過し、この巨大メディアに関する自身の計画を明らかにし始めた。
彼は最近、ABCやFX、ナショナル・ジオグラフィック(National Geographic)などのケーブルネットワークを含む自社のリニアTVの資産を売却する方針を固めたほか、ESPNを消費者に直接届けるのを後押しするコンテンツパートナーまたは配信パートナーを探していると語っている。
こうした動きによってディズニーが自社の全部または一部をアップル(Apple)に売却するという見方が再浮上している。アイガー氏の最終目標は、ディズニーを映画スタジオやストリーミング事業などを買い手にとって最も魅力的に見えるように分割することだと考える人もいる。
一部のアナリストは、アップルこそディズニーの全部または一部を買収するに最もふさわしいと見ている。両社はともに輝かしい名声を得ている。アイガー氏はスティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)氏との間に良好な関係を築き、その結果としてディズニーはジョブズ氏からピクサー(Pixar)を買収し、アイガー氏は2019年までアップルの取締役も務めた。この関係はアップルのティム・クック(Tim Cook)CEOの下でも続いている。2023年6月には、ディズニーがアップルの複合現実ヘッドセット「Vision Pro」向けのコンテンツを制作すると発表した。
アップルには欲しい分だけディズニーを買収する余裕があるはずだ。アップルは現金と現金同等物で620億ドル(約9兆1800億円、1ドル=148円換算)を持ち、株式の時価総額が2兆8000億ドル(約414兆4000億円)であるのに対して、ディズニーの時価総額は1510億ドル(約22兆3500億円)なのだから。
この予想に反論する人たちもいる。自社文化を強硬に守ろうとするアップルは過去に大きな買収をしたことはなく、それでうまくやってきたのだと。さらに、ディズニーとアップルが組めばバイデン政権によって規制当局の監視下に置かれるだろう。同政権はこれまで大企業の合併を歓迎していない。
「大きな買収をしてこなかったことは関係ありません。壊れていなければ直すな、ということです」
インベストメント・パートナーズ・アセット・マネジメント(Investment Partners Asset Management)のグレッグ・アベラ(Gregg Abella)CEOはこう語る。
さらに、契約交渉やオファーが報道されているリニアTV資産以外に、ディズニーが売却するものはあるのかということもある。アイガー氏は映画スタジオ、ストリーミング事業、テーマパーク事業(同社は今後10年で600億ドル、約8兆8800億円を投資する計画を最近策定した)が最も価値が高いと考えていると語っている。
そこで、これらの事業を1つひとつ考えてみると、ディズニーがそのいずれかを売却するのは考えにくい。この3つの事業は同社を象徴する知的財産(IP)を通して切っても切れない関係にあるからだ。テーマパークやストリーミング事業の原動力である人気のフランチャイズを所有せずにそれらを運営するのは想像しがたい。
ディズニーの莫大な遺産であるIPとともにスター・ウォーズ(Star Wars)やマーベル(Marvel)までを内包するテーマパークとスタジオは「ディズニーの歴史の真の中核」だと、コロンビア大学ビジネススクールの教授であり『The Digital Transformational Roadmap』の著者であるデビッド・ロジャース(David Rogers)はInsiderに語る。
「それに、テーマパークは利益を生んでいる」
アップルにとって、テーマパークやクルーズラインの買収は大きな戦略的転換をもたらすだろう。言うまでもなく、驚くほどのカルチャーショックでもある。同社はこれまでスタジオの買収には関心を示してこなかった。同社のストリーミングサービスであるApple TV+の増強にはより多くのコンテンツ、特にディズニーが所有している価値の高いIPが必要であると考えられているにもかかわらずだ。そして言うまでもなく、ディズニーの死に体のリニアTV事業の買収候補の一覧にアップルを挙げている人はいない。
だが、アップルが関心を持ちそうな資産が1つ残っている。そしてディズニーはすでにその選択肢を前向きに検討する姿勢を示している。それはスポーツ専門チャンネルのESPNだ。
ディズニーはESPNのストリーミング版の開始を計画している。だがそのためには、配信とマーケティングに投資する必要がある。そうした投資があればこそ、視聴者や広告主から十分な収益を上げ、同プラットフォームの原動力であるスポーツの高額な放映権料の支払いを続けることができる。
同社はすでに大規模な配信能力を持つ提携候補と交渉している。報道によると、候補にはベライゾン(Verizon)やアマゾン(Amazon)が含まれている。
ここでアップルの出番だ。Apple TV+はストリーミングプレイヤーとしてはいまだ小規模だが、近ごろではライブスポーツの提供を増強している。アンテナ(Antenna)のデータによると、メッシが加入したメジャーリーグサッカー(MLS)との提携によってApple TV+の契約数が急増したという。
AppleTV+はストリーミング・ビデオ・プラットフォームでは最下位に近い。
Insider Intelligence/EMarketer
ESPNはApple TV+の視聴率とサブスクリプション数の増加に貢献する可能性がある。Apple TV+はアップルのサービス事業の成長を促進するユニットの1つであり、主力デバイスの好調な売上にも貢献している。
ウェドブッシュ証券(Wedbush Securities)のアナリストであるダン・アイブス(Dan Ives)氏は、アップルの長年の強気筋であり、最近、アップルのESPN買収に賛成する記事を執筆した。アイブス氏はスポーツこそクックCEOが巨大IT企業のストリーミングの未来を切り拓くための手段だと考えている。アップルが独自のスポーツ放映権の取得を続けていく可能性もあるが、多くは何年もの縛りがあり、ESPNとの提携はワンストップショップになる可能性がある。
アイブス氏はアップルがESPNのコンテンツと試合放送の独占的アクセス権を購入し、それがやがて買収につながると予想している。ESPNの買収にアップルは約500億ドル(約7兆4000億円)の費用を要するだろうとアイブス氏は見積もっている。
ESPNがアップルにもたらす可能性がある利益から考えれば、やはり関心を持っていると予想されるITの競合他社にアップルがESPNを引き渡すとは思わない、とアイブス氏は見る。
「グーグル(Google)やメタ(Meta)もライブスポーツコンテンツに注目している。
アマゾンはPrimeのメンバーシップのせいで、連邦取引委員会(FTC)の監視がより厳しくなるだろう。だが結局のところ、真剣に入札をするのはアップルだけだと思う。アップルはあらゆる条件を満たしている。そしてライブスポーツコンテンツを欲しがっている。ライブスポーツは大きな成長の原動力となるだろう。問題はアップルがESPNを買収するかどうかではなく、いつ買収するかだと私は考えている」