生まれ変わったApple Watch Hermèsの新バンド。アップルは環境保全に注力している。
撮影:石野純也
iPhone、Apple Watch、AirPodsと新製品を一挙に発売したアップルだが、2023年は製品そのもの以上に大きく進んだ取り組みもあった。
2030年のカーボンニュートラルを宣言したのが、それだ。
例年以上に力の入っていた環境対策。ティム・クックCEOまで巻き込んだ寸劇は、発表会の見どころの1つだ。
出典:アップル
発表イベントの基調講演では、「Mother Nature(母なる自然)」という自然を擬人化した女性に対し、アップル幹部が進捗状況を報告する寸劇を流すなど、見せ方にもこだわっていた。同社のTim Cook(ティム・クック)CEOの「名演」はイベントの見どころの1つと言っていいだろう。
一部のApple Watchでカーボンニュートラルを実現
2030年に7年先駆ける形でカーボンニュートラルを実現したのが、「Apple Watch」だ。
アップルによると、「Apple Watch Series 9」とスポーツバンドの組み合わせや、「Apple Watch Ultra 2」とアルパインループなどの組み合わせで、これを達成した。
再生素材の採用比率を高めつつ、生産に必要な電力にクリーンエネルギーを使い、かつパッケージを見直し、海上や陸上輸送を増やすことでカーボンフットプリントを削減していったという。
Apple Watch Series 9とスポーツバンドなど、一部の組み合わせでカーボンニュートラルを達成。該当する製品には、このロゴが付与される。
出典:アップル
その一環として、Apple Watchのバンドを含むすべてのアクセサリーで、レザーの採用を見送ることも決まった。筆者が衝撃を受けたのは、この部分だ。
新型Apple Watchのアルミニウムモデルには、化粧箱側面に「カーボンニュートラル対応製品」であることを示す緑のロゴマークが印刷されるようになった。
撮影:Business Insider Japan
同社が環境への取り組みを以前から進めていたのは周知の事実だが、時計でもあるApple Watchのバンドはある種の例外だと考えていた。
質感が高く、フォーマルな場面にも適したレザーバンドは、Apple Watchを「時計」として捉えたときの必需品だからだ。
ところが、アップルは原点が馬具メーカーだったラグジュアリーブランドHermès(エルメス)とのコラボレーションで生まれた「Apple Watch Hermès」からも、レザーバンドを排除してしまった。
アップルは、それぞれの素材を「マテリアルインパクトプロファイル」という方法で評価し、環境や社会にどのような影響を与えているかを分析しているが、レザーはどうしてもその基準を満たせなかったようだ。
代わりに、アップルは「ファインウーブン」と呼ばれるスウェードのような素材を開発。iPhoneのケースやApple Watchのバンドに採用している。ファインウーブンは再生素材を68%使用しており、環境負荷が低いという。
スウェードのような質感のファインウーブンを開発。レザーの代替素材として、これをバンドに採用した。
出典:アップル
Apple Watch Hermès用のバンドも、ラバーを使った「キリム」や、ニット素材の「ブリドン」、コットンキャンバスの「トワルH」といった非レザー素材のバンドを一挙に発売した。
Apple Watch Hermèsの本体とセットで購入できるほか、バンド単体でも販売されている。コラボモデルも含め、オンライン、オフライン双方のApple Storeから、完全にレザーバンドが排除された格好だ。
Hermèsの新バンドを購入してみた
Apple Watch Hermèsのレザーバンドまで販売を終了させた。代わりに、ラバーやニット、コットンキャンバスなどを素材にした新しいバンドをラインナップに加えている。
出典:アップル
その実力を確かめるべく、筆者もApple Watch Hermèsの新バンドであるキリムを購入した。
素材こそラバーだが、Hermèsの「H」をモチーフにしたパーツが重層的に組み合わさっており、同じラバーのスポーツバンドやソロループとは一線を画した高級感がある。
高級な時計でも、スポーティーな雰囲気のあるモデルには凝ったラバーバンドが採用されることがあるが、こうした製品に近い印象を受けた。
Apple Watch Hermèsの新バンドのひとつであるキリム。パーツが複雑に組み合わさることで、高級感を醸し出している。
撮影:石野純也
金属部分の光沢感も強く、スポーツ用の一般的なラバーバンドとは一線を画した質感だ。
撮影:石野純也
余談にはなるが、率直に言ってレザーバンドは耐久性には難がある。水に弱く、特に夏場は汗をかくため、汚れが目立つ。
ケアも大変で、Hermèsのバンドは繊細なぶん扱いが難しい。以前は1年を通して着用していたが、シミが目立つうえにボロボロになってしまい、買い替えたこともある。
以降、5月から10月はアップル純正のミラネーゼループに付け替えているが、Apple Watch Hermès「らしさ」には欠けていたのは事実だ。
その点、キリムは素材からして耐久性が高い。高温多湿な日本にも向いたバンドで、これならレザーにこだわる必要はないのかもしれないと感じた。
エルメスのショップでは実は「革バンドも単体で購入」できる
また、あまり知られていないが、Hermèsは、従来どおり、レザーバンドをセットにしたApple Watch Hermèsを継続販売している。バンドは単体購入も可能だ。
やや大きめのラグに、細いレザーバンドを取り付けた新作の「アトラージュ」も発売した。
意地悪な見方をすれば、Hermèsぶんのカーボンフットプリントは“ノーカウント”と言えるが、レザーバンドを求めていた人にとっては朗報だ。自社の方針を無理に押しつけず、パートナーの意向を尊重しているアップルの姿勢には好感も持てる。
Hermèsでは、レザーバンドを含めたApple Watch Hermèsの販売を継続している。画像は同社のECサイト。
出典:エルメス
ラグジュアリーブランドの中には、環境保護だけでなく、動物福祉(アニマルウェルフェア)の観点でもレザーの採用を減らしていく動きがある。
アップルは、あくまで前者に焦点を合わせ、レザーの使用をストップしたようだ。
一方で、環境負荷を軽減する観点なら、レザーの製造方法を見直すこともできる。
実際、ファッションブランドの中には、レザーの製造方法を見直すことで、レザーを採用し続けている会社もある。
ただ、ファッションブランドや時計メーカーとの決定的な違いは、なにより「アップルである」ということだ。同社自身の販路に乗って製品が販売されれば、その数量はケタが1つや2つは変わってくる。
調査会社カウンターポイント・テクノロジー・マーケット・リサーチによると、Apple Watchの年間出荷台数は2022年で5000万台を突破しており、スマートウォッチ市場では34.1%のシェアを獲得し、首位を維持している。
すでにスイス全体の時計出荷台数を大きく上回っており、それだけに環境に与えるインパクトも絶大になる。
カウンターポイントの調査によると、2022年にApple Watchはシェア34.1%を獲得。年間出荷台数は初めて5000万台を突破したという。
出典:カウンターポイント
バンド別の出荷台数は開示されていないため、何とも言えない部分ではあるが、アップルの規模感を満たしながら環境負荷の低いレザーを採用するのは、実現が不可能なほど高いハードルだったことは想像にかたくない。
素材の採用に必要な、サプライヤーの協力が得られない可能性が高い。発表イベントで「レザーは人気の高いアクセサリー用素材だが」と前置きしていたように、アップルにとっても、レザーの全面廃止は苦渋の選択だったことがうかがえる。
アップルも、レザーは人気の素材だったことを認めている。カーボンニュートラル達成のための苦渋の選択だったようだ。
出典:アップル
「バンドなしのApple Watch」は未だ実現せず
とは言え、Apple Watchにバンドを含めず、本体だけで販売すればより環境に優しいのではないか……といった疑問もわいてくる。
冒頭に挙げたMother Natureも、この点をスルーしていたのが気になるところだ。パッケージも小型化でき、輸送による環境負荷も下がるだろう。
Apple Watchを何度か機種変更しているユーザーの中には、バンドが2本、3本と増えている人も少なくないはずだ。バンドの付け替えがしやすいのはApple Watchの利点だが、同じものを使い続けたいユーザーのニーズにはこたえられていない。
アップルにとっても、バンドをカウントしなければ、カーボンニュートラルを達成しやすくなる。
一方で、Apple Watchは、現時点でも販売数の3分の2を新規ユーザーが占めているという。こうしたユーザーにはバンドが必須になるため、初代からの販売方法を継続しているようだ。
とは言え、iPhoneと同様、Apple Watchも新規ユーザーの比率は徐々に下がっていく。買い替えないのがもっとも環境負荷が低いことを踏まえれば、30年までの間に本体の単独販売が始まっても不思議ではない。価格を抑える観点でも、「バンドなし販売」のような取り組みが始まることを期待したい。